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悔しいけどママはトップ女優

 セットの準備が整い、スタッフさんから声をかけられると、そこから撮影モードに頭を切り替える。

 セットの中に上がりカメラ位置調整を兼ねたリハを1回挟んですぐに本番となった。

 どうやら位置調整はないみたいだ。

 それに特に修正指示が飛んで来ないということはこれでいいってことか。

 唇をとんがらがせているが何も言わない星川監督を顔をチラッと確認して、扉の奥に戻る。


 「シーン3の1」


 助監督さんのよく通る声が響き、カチンコが鳴らされると、台本通りにリビングから脱衣場に繋がる扉を開けて小道具のパンツを拾い上げているヤハシくんを発見する。

 そっと近づいてセリフを。


 「お兄ちゃん、それ私のパンツだけど、何してるの?」


 「いや、そのこれは、洗濯かごからたまたま落ちててさ。そういうんじゃねぇーから」


 私を押しのけて逃げるヤハシくん。

 

 「カット。チェック入ります」


 リハも挟んでいるので当然これぐらいミスなく出来るわけだが、やっぱりモニターを星川監督の表情は渋い。

 なんというか言いたいことがあるけどうまく言葉が見つからないような、そんな表情だ。

 私と白井さんに緊張した空気が流れる。

 サトーさんも言っていたけど、星川監督は役者泣かせと呼ばれるぐらい演技に厳しい人で1発OKなんてほとんど出したことのないぐらい妥協しない監督だ。

 なのにモニターを凝視するだけで何も言わないのは不気味すぎる。


 監督は何度か撮った映像見ているのかたっぷり5分ほど時間を使い、それから横にいた助監督にポツリと告げる。


 演技の研究で唇を一時期すごく観察していたことがあるので何を言っているかわかった。


 「テイク2準備」


 すぐにその意思を助監督さんが現場に伝える。


 「すいませんもう一回お願いしまーす」


 判断が下れば演者はそれに従う以外にない。

 私は扉の奥に戻り、白井さんはパンツに握り閉めて脱衣場にしゃがみこむ。

 そして再び同じようにカチンコが鳴りテイク2を行う。

 一分にも満たないやり取りを終えてまたカットがかかる。

 そしてまたモニターを渋い顔で眺める間、重苦しい雰囲気が漂う。

 明るい現場ならこの間、演者同士で雑談をすることもあるが今はそんな雰囲気ではない。

 なにか一つでも余計な音を立てようものなら殺させると思わせるぐらいに空気が張り詰めているのだ。

 また5分ほどの吟味を終えて星川監督がこちらに向かって声を発した。


 「花園さん、別のパターンでお願いします」


 私は固まった。


 少しでも演技をかじると当然自分のやり方みたいなものが出来てくる。

 例えば私ならセリフを読み込んで演じるキャラのイメージを作る。

 一言で言えばそのキャラを憑依させるというのが1番しっくりくる。

 だがこれには欠点があって、別のパターンというものがないのだ。

 自分の中の正解をというのもを降ろしているので、そもそもそんな概念はない。

 演技には正解がないとよく言われるが、自分の中の正解を見つけなければ自信を持って演じることなんて出来ないわけで、今、私はそれを否定されたのだ。

 これまではリテイクやここを強調して下さい的な微調整はあったけど、全否定は初めての経験だった。

 一切用意していないので、頭が真っ白になり、うまく動いてないのをはっきり感じる。

 ど、どうするんだ? えと、これまであざと可愛い感じて演じてたつもりだからそのえーと。


 ものすごい勢いで、頭の中の引き出しを開けて、この場を乗り切るための、最適解を探すが、自信を持ってこれだと言える答えが出てこない。

 そりゃそうだ。たった今演技だけじゃなく自信すらも否定されたようなものなのだから。

 正解を導き出せないまま無常にも撮影再開の用意が整ってしまった。


 白井さんが持ち場に戻るのを視界の端に捉えれ慌てて扉の奥に戻る。

 ひとまず、あざとい可愛いを捨てて、このまま行こう。

 そんなわけで花園さなのままセリフを言う。

 3度目のカチンコがなって演技を始める。

 自信がなくなったのが伝わったのかシーンの途中で監督からカットがかかる。


 「よし、今日の撮影は中止だ。このまま撮ってもいいシーンにならない。断言する」

 

 星川監督の一声で撮影は明日になった。

 確かにこれは役者泣かせだ。

 的確に弱点をついてきている。


 お通夜モードのまま着替えて、車に乗り込みサトーさんの家へと帰宅するために車を走らせる。


 「紗那さん……」


 その途中サトーさんが心配そうに声をかけてくれたが頭の中には明日までに正解を見つけなければならない、それしかなかった。

 

 夕食のためにスーパーに寄り、材料を買ってまた車に乗る。


 帰宅して夕食ができるまで私はただひたすらに台本とにらめっこする。

 暗記しているセリフだけに新しい発見もなければこれといって閃くこともなく、そろそろみっともなく泣き出しそうな心情になりつつあった。


 サトーさんが先にお風呂に入ってもらいヒントを探すために、スマホで妹を演じている動画を見始めた。

 そこからしばらくして、着信が入って動画が中断される。

 ママからだ。


 「もしもし?」


 『紗那ちゃん御機嫌斜めみたいだけどなにかあったの?』


 嘘でしょ? 普通に話していたつもりなのに。

 あっさりと見破られた事にショックを感じて間が空く。

 流石は私の母親といういうべきなのか?

 何も話さないと察したのかママは世間話を始めた。

 ホテルが思ったより広くて寂しい事とか、撮影終わりに演者の皆で居酒屋に行って騒ぎになって、タダで飲めたとか、そんな面白い、たわいもない話をポツポツと聞かせてくれた。

 

 『それでようやくテイク5でOKもらってね。もーね、大変だったのよ』


 そこから話は撮影の方に移り変わっていく。

 まぁ今私とママの共通の話題になりそうなのは演技とか現場の事しかないので当然だけど。


 「ママでもリテイクかかるんだ」


 演技派女優と呼ばれているママでも結構テイクを重ねていることに素直に驚く。

 私の記憶にいるママは露骨に噛んでNGを出したりするイメージがないし、ほかの共演者も一流揃いで、3テイク以内におさめているようなイメージが強い。


 『そりゃ当然。もう12年もやっているんだもの10000なんて余裕で超えるぐらいNG出してるわね。新人時代はセリフ噛むは演技はダメだわ怒られない日の方が少ないぐらいだったわ』


 それなら私の悩みを解決するヒントぐらいは持っているのかもしれない。

 そんな考えが頭をよぎる。

 だが、即座にそれを否定する。

 ママに安易に頼ってばかりいてはトップ子役になんて、なれないのではないかと。

 のあちゃんならきっとこれぐらい1人であっさりクリアするに決まってる。

 ママにヒントをもらった瞬間のあちゃんには永遠に届かなくなるような気がしたのだ。


 でも、そんなことより目の前を仕事をこなすことが大事なんじゃないのか?

 社畜精神は心のどこかでそう訴えているのも感じている。

 プライドか明日の撮影の成功か。

 世間話に相槌を打ちながら、揺れ動く。

 心の中に渦巻く感情は、真反対のものだ。


 ここでプライドをとってもし、正解にたどりつけなればもう1日延期になることだって考えれられる。

 そうなれば制作スタッフとサトーさんに迷惑がかかる。

 それはダメだ。

 限られた時間で成果を出しこそのプロだ。


 徐々にその均衡が崩れていく。

 分からなければ素直にわかる人に聞く私と同じくらい年の子なら誰でもやってることだ。

 恥ずかしいことなんてない。

 プライドなんて仕事をきちんとこなす、その覚悟だけあれば充分だ。

 社畜精神が心のそこからそう強く叫ぶ。

 あぁ、そうだったな。

 与えられた仕事を時間内にこなすことが1番大事だ。

 ならヒントもらう以外の選択肢はない。

 覚悟を決めると、ママの話をぶった切ってこちらから切り出す。


 「もしもさ、監督からその演技は違うってはっきり否定されたどうするの?」


 返答を待つ間に冷静が戻ってきた。

 よく考えたらここで足踏みしてる間にも、のあちゃんは先に進んでいくから、ヒントをもらって追いかける必要があった。

 私は追いかける立場だったのを忘れていた。

 それにどんな1歩も前に進む事に変わりないじゃんと。


 『うーん、難しい質問ねぇ。もしそういうリテイクがかかったら、ママなら思い切ってありえないような感じのを演じる……かな』


 「なにそれ」


 もらったヒントはもう少し説明が必要な感じだった。


 『ママが初めて現場にいた大御所俳優さんがね、別のパターン下さいって言われて困ってるママにそうアドバイスしてくれたの。固定観念の殻を破るならありえないって思う選択を選ぶとこから始めるのがいいって。ママも最初は役と噛み合わないからありえないんでしょって思ったんだけど、これが意外とうまくいくことが多いのよ』


 「へー」


 あくまでも世間話を聞いているように相槌を打つ。

 

 『以上、ママから悩める紗那ちゃんへのアドバイスでした。ママ明日も早いからそろそろ寝るから撮影頑張ってね。紗那ちゃんならきっとうまくできる!』



 通話が切れたことを告げる電子を音がスマホからなり続ける中、私はバレていた恥ずかしさと感謝を胸に抱えて演技プランを練り直していた。

 今のアドバイスを試してみたい。

 それで明日星川監督のびっくりする顔を見てみたい。


 「ありえない選択か、それなら多分これがいい」

 

 ありえないと台本を読んだ段階で即座に捨てた演じ方が浮上してきた。

 サトーさんと入れ替わるようにシャワーを浴びて眠りについた。



 そして翌日。

 昨日のシーンから。


 「押してるのでリハなしで3の1」


 昨日と同じように扉を開ける、昨日と違うのは、後ろからそっと近づきパンツを奪い取るアドリブを入れるところだ。

 兄をからかう妹。

 それが私の出した別のパターンだ。

 ここは不思議そうに首をかしげるぐらいの、可愛らしい演技を求められているものだと思っていたけど、それこそ壊すべき固定観念だったのだ。

 ここのシーンにはト書きが書かれていない。

 ヤハシくんもわざわざ私を押しのけて逃げる演技を足しているわけだしアドリブを入れる前提で書かれた脚本だったのかもしれない。


 「お兄ちゃん、これ私のパンツだけど、何してるの?」


 設定上背の低い10歳の役なので、これくらい問題ないはずだ。

 コンプライアンスなど子供なので分からないという事にしておこう。


  「いや、そのこれは、洗濯かごからたまたま落ちててさ。そういうんじゃねぇーから」


 パンツと妹を見ないようにして逃げるように去っていくヤハシくん。


 「カットぉー!!」


 テンションが上がったのか、昨日までとは打って変わって立ち上がる星川監督の姿を見て、思わずにやけ顔が出た。

 多分求めていた何かを満たすことができたんだと。


 流れに乗ると人間面白いもので、あっさりと2~3テイクで、残りのシーンもその日のうちに取り終えてしまった。

 そして渡された映画の台本ではなく、映画の告知用CMの台本。

 まだ予定だが、妹に隠された異能が目覚めて、妹も戦う事になるらしい。

 そういうわけで、その翌日、映画の告知CM撮った。


 もしかしたら私、子役として殻を一つ破れたのかもしれない。

 帰りの車でそんなことを考えていた。

 ママが帰って来るまで残り2日。

 明日は確かドラマの幼少期の撮影だったはず。

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