反省と決意
オフなんだがオフじゃないんだか分からない2日間が過ぎ去り、お仕事が再開した。
講師に演技させられ、サトーさんと料理をして、冷蔵庫を買う約束をさせたり、昨日充電がきれてそのままにしていたスマホの電源を入れ直して来てたママの不在着信の数にドン引きしたり、一緒にお風呂に入ろうとするサトーさんをなだめてたり、それもう夜も盛りだくさんだった。
一つ付け加えておくと、お風呂上がりにママから電話が来て、なんで電話に出なかったか問い詰められて疲れて寝てしまったと答えると、なぜか嬉しいそうな声になって電話をきってしまった。
釈然しないままエゴサーチをして眠ったのだ。
サトーさんの家での生活3日目。
今日から3日間、異能少年ヤハシ君の撮影がびっちり入っている。
今日からしっかり気合を入れ直して、仕事に向き合わなければ。
私の出演するシーンは3話、6話、9話の3回で
、しかも家の中での勘違いスケベのみなので、スタジオにセットを組んでまとめて撮影してしまうんだとか。
それだけなら1日で終わりそうなのだが、なぜだか3日もスケジュールを取ってあるというのはなんだか怖い。
なにか不測の自体が起こった時用に予備日が1日あるのはわかるが、それにしても、あと1日何に使うんですかね?
いつものように車の中でスケジュールを聞かされた私はその謎の1日について考えていた。
「険しい顔をしていますが、お腹でも空きましたか?」
赤信号に捕まったタイミングでサトーさんとミラー越しに目が合った。
「その、撮影って今日1日で終わるぐらいの量じゃないですか、なのになんで3日もスケジュール押さえられてるのかなと」
「あぁ、それですか。実はまだ公式発表すらされていないんですけどね、来年実写映画を公開するらしくてですね、映画版の撮影もそのままやってしまうと、……まだ非公開の情報なので情報保護のため、今日の現場で正式に台本を渡すと聞かされています。ドラマと並行して撮れるところを撮るらしいので、一応3日ほどスケジュールを押さえておいてくれとの指示がありました」
それってただ脚本が出来上がってなかっただけでは?
冷静に考えれば既に映画をやる情報はマネージャーに伝えられているわけだから、情報を保護しきれてないように思う。
大人はこういう嘘を良くつくものだ。
前世でも自称浮気の達人だった課長は、残業だと嫁にいいながら私達部下には愛人のところに行くことをよく自慢していたし、私も家族からの電話によく眠れているし、ご飯も作って食べてるから心配ないって嘘をついていたわけだし、これも多分その類だと思われる。
ドラマの台本はオファーを受けてすぐ手元にくるのが普通だし。
「これ映画もやるんですか? 妹のセリフかなり危険なのばっかりなんですけど? それに当日に台本ってバラエティ番組でもなかなかないのでは?」
直接聞かずにぼかしつつ疑問をぶつける事にする。
そもそもこれ炎上しない要素がないのに映画ってどんだけ責めの姿勢を貫く気なんだ制作陣よ?
それともこれが炎上商法ってやつなの?
まさかこれ結構人気があったりするのかな?
「星川監督さんは型破りな人ですから。裏では役者泣かせなんて呼ばれてますし。まぁそれでも星川さんに認められれば、役者として、成功できるなんてジンクスがあるので。ちなみに文乃さんも星川監督に認められて成功出来た役者の1人ですよ」
ママを出してくるとはサトーさんもなかなかいい性格をしている。
普段はただの親バカだが、演技に関しては一流で1度だけアドバイスをもらったこともある。
そのおかげで今のそこそこ売れてる子役の地位にいるわけだし、それを聞かされると、負けられない気持ちになってくる。
ママに出来て娘の私に出来ないわけがないと。
それに私はまだ、のあちゃんにも勝てていないし。
きっと今頃のあちゃんは初主演の映画の撮影に勤しんでいるだろう。
夜に見たネットによると、世間的には私ものあちゃんも同時に出た奇跡の天才子役という事でよく記事が出ているけど、のあちゃんは演技を私は容姿を褒められている。
世間的には私は天才的に可愛くて、そこそこ演技ができる子役で、のあちゃんは演技の天才でそこそこ可愛い子役なのだ。
ええ、国民の妹と呼ばれた時なんかよりも不本意ですよ?
現状ただの5歳児に演技力で負けていることも、少しづつ人気が出てきて浮かれていた最近の自分自身の態度も。
ママが地方ロケに行き、まとまったオフをもらうという慣れない状況にテンション上がり、素直に喜んで遊び惚けていたことにも。
何を子供らしく無邪気に遊んでいたのだ私は、そういうキャラじゃないだろ?
素直に休めてと言われて休むような性格なら過労死なんてしてない。
台本を置いてゲーセンで遊んだり、焼肉したりしてる暇なんてこれぽっちもなかったはずだ。
昨日エゴサーチをしたのは、もしかたら神様がほのぼのやってんじゃねえーぞ死ぬ気で子役の覇権を握りに行け! というお告げだったのかもしれない。
オカルトも幽霊も信じてはいないけど。
ともかくこのままでは転生者の名折れだ。
負けるぐらいなら死んだ方がマシだをリアルに1回やった社畜なんだから。
可愛くて演技も天才のパーフェクト子役になれば極めたので引退しますって展開に持っていけるかもしれないし。
小学生でやめるにしてものあちゃんに負けたままでは終われない。
休んでリフレッシュしたからには、天才子役と呼ばれる演技力を身に付けるためにも気合を入れ直して場数を踏もう、基礎は出来ているならあとは応用をどれだけできるかだ。
現場に入ると、スッと意識が花京院紗那から花園さなに切り替わる。
異能少年ヤハシくんの妹にはなぜか名前がない。
ヤハシくん以外のキャストも名字のみなのでヤハシ妹以外に表記のしようがないのだろうが見る度にちょっと笑える。
たくさん台本を読み込んできたから、セリフは完璧に頭に入っている。
スタッフさんがセットと撮影機材の準備をしている間にこっちはこっちでやることがある。
まずは衣装だ。
ただの子供役なら私服で出たりすることもあるんだけど、今回は一般家庭の女の子なので、私がいつも来ているお嬢様ぐらいしか着ることの出来ない1着で都内のそこそこマンションの家賃ほどのブランドの洋服では、設定に合わない。
なんとも子供らしい服に着替えると、そのままメイクルームへと連れて行かれる。
化粧をするわけじゃなくて、役に寄せるために髪型を変えるのだ。
普段の私の髪型はストレートだが、作中のヤハシ妹はツインテール。
髪をくくるのがあまり好きじゃないので、無表情で椅子に座る。
おっと、これじゃいかん。
例え下っ端のスタッフさんでも愛想よく。何が次の仕事につながるか分からないし、さっき気合を入れ直したばかりだ。
さすがヘアメイクさん。
特に指定のない簡単なツインテールとはいえ、似合わない人にはとことん似合わないあのツインテールを完璧に私の髪でやってのけた。
鏡に映るツインテールの自分を見て髪をくくるのも悪くないではとちょっとおしゃれに目覚めた。
「今日はよろしくね、さなちゃん」
「よろしくお願いします白井さん」
スタジオに入り、スタッフや監督などの制作陣に挨拶を済ませて、ようやく主役のヤハシくん役の白井さんと話す機会がやってきた。
今はセットの中に小物や家具などを配置してセットに生活感を持たせる作業の真っ最中で、まだ演者の出番は先だ。
ドラマの撮影では待ち時間が長くなることは多い。
「いやーやっぱりさなちゃん可愛いね! 僕見たよ子供探偵物語の妹役」
「あ、ありがとうございます」
「期待してるよ。国民の妹の天使の演技」
「もー、恥ずかしいですよ。私だって期待してますよ白井さんのカメレオンぶりを」
白井さんは去年モデルとしてデビューした新人なのだが、普通の大学生から人を平気で騙す詐欺師、そして異能少年まで幅広い役をカメレオン俳優なんて呼ばれる演技力の高い人だ。
ママや、のあちゃんとは違ったタイプの演技派だ。
だからこそ参考になる部分が必ずあるはずだ。
私がステップアップするために、その演技力の一部でも盗む。
そう決意して出番まで待機する。




