サトーさんだって覚醒します
スマホで調べた情報にしたがって車で最寄りのゲームセンターに到着すると、テンションが上がって来たのを感じた。
流石大都会。
検索しただけでも20件近く出てきた。
今日はその中から口コミで取れやすいと評判のゲームセンターにやってきたのだ。
クレーンゲームの倉庫。
名前から想像できる通りクレーンゲームの筐体のみをしかないゲームセンターで、3階建ての建物内に200を超える筐体があるんだとか。
変わった景品が多く置かれているらしく、ケーキが絶品だとか、口コミには書いてあった。
クレーンゲームとケーキが全くもって繋がらないが、この目で確認してみればいいだけの話だ。
身体が幼女なせいか、心までわくわくと、たかぶってきている。
駐車場に車を止めて、車を降りると、サトーさんが横に並び歩幅を合わせて歩きはじめる。
「紗那さん、さっきテレビでやっていた技ちゃんと覚えますか?」
「もちろんです。これでも記憶力には自信があるので」
台本を暗記しているうちに記憶力が鍛えられたのか、脳が若いからなのかはわからないが、暗記は大得意だ。
当然さっきのテレビの内容もしっかり覚えている。
なんなら暗唱だってできる。
まぁ完璧に技を使いこなせるかどうかは全くもって別の話なんだけどさ。
油が足りてないのか妙に高い金属同士の擦れる不快な音を鳴らしながら自動ドアが開くと、ものすごい雑音が耳を掻き乱してきた。
この雑音こそゲームセンターに来たって感じにさせてくれる。
なんとも素晴らしい。
「確かゲームセンターにはいったら最初にやることは、取れそうな景品を見極めるでしたよね?」
「ええ、そう言ってましたね」
先ほど見ていた再放送の番組か頭に浮かぶ。
『えーまずね、最初ね、やるべき事はですね、欲しい景品ではなく取れる景品を狙うべしですね』
胡散臭い無駄に語尾が鬱陶しい甲高い声が脳裏に浮かぶ。
クレーンゲームで景品をとるためには取れる景品を見極める。
最初にこれを聞いた時何言ってんだ的な表情をした覚えがあるけど、こういうので散財主な原因は人気の景品を狙ってしまうことにあるというのがつかむさんの持論だ。
全部思い出していると、あの鬱陶しい語尾も甲高い声をまた脳内に浮かべる事になるので、ざっくりとまとめると、出たての人気の景品は取れづらい設定になっているので、避けた方がいいんだとか。
その理屈にしたがって、いくつか筐体を見て回り、とある筐体の前でピタリと足が止まった。
「例の理論でいくとキラパラのぬいぐるみは避けた方がいいのかな?」
キラパラのキャラがデフォルメされ二頭身サイズのぬいぐるみなっている景品で、それが土台のように敷き詰められている。
その上に3種類ほどキラパラのぬいぐるみが寝ている状態で乗っけられている設定。
筐体の奥に貼ってある手作りのポップには新登場と主人公のきららのイラスト共に大きく書かれている。
当然、理論通りに行くのなら出たての景品は避けるべきだ。
「いえ、紗那さん。裏技があるじゃないですか」
後ろからそっとついて来ていたサトーさんが、私の独り言に反応して、悪そうな笑顔を向けた。
つかむさんは、実践的な攻略法としていくつか撮影で使ったゲームセンターの店員さんを引き攣った笑いにさせるような、店泣かせの攻略法をいくつか紹介していた。
「でもあれ、ほんとに外道みたいな攻略法じゃないですか」
「紗那さん。ここは心を鬼にしてでも景品を毟り取るべきです。あんな話を聞いてしまっては、慈悲なんてどこかに吹き飛びましたよ。学生時代あれだけつぎ込んで取れなかったのはすべて……」
番組の中で、いくつか言っていいの? みたいなぎりぎりの情報が紹介され、それをすべて見終えたサトーさんは珍しく怒っていた。
最近のクレーンゲームは、アームのパワーから可動範囲まで細かく設定できるらしく、店が本気を出せば絶対取れない鬼畜設定を作る事もできるらしい。
最新のクレーンゲームなのでサトーさんがたくさんつぎ込んで、取れなかった景品はただ下手なだけのような気もするんだけど、サトーさん的にはその設定のせいにしたいらしい。
サトーさん正確な年齢を知らないので、決めつけは良くないとも思うけど、絶対この人40はいってると思う。
確実にママよりは年上だ。
「ええと、まず100円を入れて、最初に置かれた位置から動かせばいいんでしたよね」
横移動、奥移動とボタンを押して順番に操作してアームが降りる。
ぬいぐるみの頭の部分に降りると、アームを閉じて上昇していく。
ぬいぐるみを少し持ち上げたが、完全に持ち上げる前にぬいぐるみが落ちて、落とし口と真逆の方にバウンドして行った。
「さぁ、紗那これで用意が整いましたね」
つかむ式景品のとり方術その2。
とにかく店員に話しかけて、取りやすい位置まで景品を寄せてもらうべし。
何度も何度も話しかけて来ると、店員さんは面倒になって成功率が高くなるという補足もしていた。
ね? 攻略法とは呼べないでしょ? むしろ嫌な客だよね。
今回は完全に、明後日の方向に欲しい景品が飛んで言ってしまったので、置き直してもらうためにで店員さんを探す。
どうしてこういう時に限って近くに店員さんはいないんだろう?
しばらく探し回りようやく小太りの坊主を見つけた。
「あの、すいません。景品が遠くに行ったので……」
「どこかな?」
この手の対応は慣れっこらしく、言い終える前に場所を聞いてくる坊主店員。
探しているうちにキラパラのぬいぐるみから遠ざかってしまったので、少し歩いて、案内する。
筐体のまで来ると、鍵を開けてガラスをズラして、きららのぬいぐるみを、なぜか初期位置ではなく落とし口ぎりぎりのところに置いて去って行った。
100円しか入れていないのになぜだ?
素朴な疑問が頭に浮かび、硬直する。
前世ではこういう時問答無用で初期位置に戻されて、学生時代に友人達と愚痴りあった覚えがある。
「どうしたのですか紗那さん。せっかく取りやすい位置に置いてくれたのですからサクッと景品をとって次の台に行きましょう?」
そんな私の様子を見てサトーさんが背中を押して急かす。
どうやら私がうまく技を使い景品をとるところまで行ったから自分も実践してみたいらしい。
なんだか悪いことをしているような気がして、あたりを見回すと、小太りの坊主が影からそっと応援してくれていた。
釈然としないながらも正面に向き直り100円を入れるガラスを凝視しながらボタンを操作すると、見慣れた自分の顔がうっすらガラスに映った。
そういえば私、幼女でしたね。
そりゃ店員さんも優しい対応するよな。
基本的に子供なんて資金が少ないものだし、取れないと泣く。
泣かれると店内にいる他の客からのイメージが悪くなるから優しくしてくれたのかもしれない。
まぁ、私は自分で稼いでいるので財布にはそこそこの金額が入っている。
ママがせっかくのオフなんだし遊ぶならこれぐらい持っていきなさいと、自分の財布の中身の半分ぐらい私の財布にねじ込んでくれた。
なので半年ぐらい前から使う機会がなくて溜まり続けているお小遣いと合わせて5歳児にはとても相応しくないような金額が入っている。
ママはお金持ちのくせにカードが嫌いで常に100万から500万ぐらい持ち歩いていたりする。
何でも昔カード払いにはまっていた時期に、カード払い出来ない店で買い物しようとして恥をかいたんだとか。
景品を獲得したことを知らせるファンファーレみたいな明るい曲が鳴り、きららのぬいぐるみが取り出し口に落ちてくる。
「と、取れましまね。なんだかズルした気分ですけど」
とは言ったもののやはり取れたら嬉しいもので、ぬいぐるみを抱き抱えて、サトーさんにピースしてみる。
「やはり紗那さんの美幼女力は恐ろしいものがありますね」
サトーさんのつぶやきはクレーンゲームの音でよく聞こえなかったが、笑っていたので問題ないだろう。
「紗那さん。これなんか取れそうではないでしょうか?」
二階に登ってすぐにある、お菓子が景品のクレーンゲームがずらっと1列並んでいるコーナーの一つにある、袋に入ったドーナツ山をサトーさんは目を輝かせて、かじりついて見ている。
チョコがかかったやつや、イチゴのクリームがかかったやつ、プレーンのドーナツまで幅広い種類のドーナツが山の中に埋もれている。
「確かに高く積まれているのでこれなら雪崩が起こせるかもしれないですね」
雪崩は、その名の通り山になった景品をアームの先を使って、上から押したりして、崩す技で高く積まれているお菓子の景品には有効なんだとか。
「そ、それでは私も初ゲットしますよ」
気合いの入った俊敏な動作で100円を入れると、アームを見ながら慎重にボタンを操作していく。
横と奥を決めてアームゆっくり降りてくる。
この筐体は少し年季が入っているので、最新やつに比べて動作がかなり遅い。
「なっ!」
ゆっくりゆっくり降りてくるアームを見ながらサトーさんが短い悲鳴を上げた。
横からアームを確認すると、降りながら少しずつねじれるように前後にアームがズレた。
狙い通りにアームが降りていないので、アームは山の頂上に降りて、何事もないように登っていった。
雪崩はアームの先で山を崩す技なので本体で押しても意味がない。
「サトーさん次頑張ろ?」
「そうですね。まだ怒るのは早いデスもんね」
あまりの凹み具合に敬語も忘れて慰めると、ややカタコト気味の返事がきた。
かなり怒りを抑えているみたいだ。
再び100円を投入してアームを動かす。
今度はねじれも計算して少し奥気味アームを下ろした。
またのろのろとアームが降りてきて、今度は山の頂上に刺さり斜面をアームが滑る。
そしてそのアームに押されるようにドーナツが3個ほど落ちてきた。
サトーさんが景品を取り出すために、しゃがんだことで後ろに貼ってある商品紹介のポスターを見ることができた。
これはっ!?
「では、早速食べましょうか」
何の疑いも無く袋からチョコドーナツを取り出して口に入れようとするサトーさんに私は笑顔で筐体を指さしてこう言った。
「あのサトーさんこれリアルドーナツストラップって商品ですよ?」
口に半分入りかけていたドーナツのストラップをゆっくりと戻して、ドーナツのストラップの匂いを嗅いでから、180度回転して先ほどまでプレイしていた筐体の方を向く。
貼られたポスターの文字を3回ほどしっかり読み、そしてようやく自体を完全に認識したのか顔が真っ赤になった。
「はぁ? なんでお菓子コーナーにこんな罠があるんですか? 私、店員に文句言ってやります」
恥ずかしさを誤魔化そうとしているのか普段なら絶対言わないようなことをいいながら一階に行こうとするサトーさんの足にしがみついて、動きを止める。
「落ち着いてくださいサトーさん。手前の方はお菓子を模して作られたキーホルダーですから」
そうこの二階の手前の方は絶対騙されるリアルお菓子ストラップシリーズのコーナーなので、ぶっちゃけ騙させるほうが悪い。
最初、私も騙されたし。
「私、決めましたこの店の景品を狩り尽します」
サトーさんは理不尽な怒りを胸に宿してしまったらしい。
そこからサトーさんは狂ったように食べられるお菓子の景品を執拗に狙い、つかむさんの技と実践で磨かれてつつある勘を活かして店員がもう二度と来ないでくださいというまで乱獲を続けた。
それからサトーさんの趣味にクレーンゲームが追加されたんだとか。
久しぶりストレスを発散できたと、帰りの車で清々しい表情でサトーさんは語っていた。




