服を片付けて
「サトーさん、一応聞きますけど、普段掃除は?」
掃除をすると息巻いて見たものの、5歳の幼女にやれることなんてたかがしれている。
あくまでお手伝いする程度の力しかないので、サトーさんに頑張ってもらおうと、普段どれだけ掃除をしているかを聞いてみたけれど、予想通りの答えが返ってきた。
この家の惨状を見たらわかるよ。普段掃除をやる人じゃないことぐらい。
「入居してからまだ1度も。……ですがほとんど使ってないので大丈夫だと思います!」
確かママとの会話の中で3年前からここに住んでいるとか言ってたし、そこまで酷い事にはなっていないと信じたい。
「とりあえず、この床1面の服を整理しますか」
「とりあえず、邪魔にならないようにここのスペースに押し込めばいいんですね」
ほぼ同時にややニュアンスの違う言葉か発せられる。
「よけるだけじゃ片付けって言わないでしょ!」
サトーさんの発言に敬語を忘れて思わず突っ込みを入れる。
全く何を言ってるのやら、それじゃあ服の移動をしただけじゃないか。
「ですが紗那さん。今やるべき事は効率よく生活スペースを確保する事です」
それらしい言葉を使って私を説得しようと考えているのか、自信満々に突きつけながらそんな妄言を吐いた。
私が、ただの綺麗好きの幼女だったならそれで納得していたかもしれないが、残念ながら私はただの幼女ではないので騙されたりしない。
しかし、どうしてここまで片付けをしたがらないんだろう?
頑なに片付けを拒む姿を見て一つの仮説が頭に浮かんだ。
「サトーさん……もしかして片付け出来ないんですか? 普段あんなにきっちりスケジュール管理してるのに」
サトーさんはマネージャーとしてはほぼ完璧と言える。
無駄のないスケジュール管理に、ステップアップにつながる仕事を見極めるセンス。
寝坊したりしない、きっちりした自己管理。
他にも褒めればきりがない。
ロリコンでさえなければパーフェクトマネージャーだったかもしれなかったのに、さらに弱点が見つかってしまった。
「スケジュール管理と片付けは、全く関係ないじゃないですか! そもそも家なんてある程度会社に近くて、寝られれば問題ないって私の新人教育係担当の皆川さんが言ってました」
うちの事務所って社畜養成所かなにかだったの?
ブラック企業でもなかなか聞かないぞ、そんな発言。
まぁ会社に泊まれば家すら必要ないと言わないだけマシなのかもしれない。
「ちなみにその人は今も事務所にいるんですか?」
社員さんの顔を名前をすべて把握しているわけじゃないので、もしも会った時にどんな人かわからないと観察出来ないのでさりげなく聞いてみる。
もしかしたら社畜の役が来た時に参考になるかもしれないし。
演技の基本は観察にある。少し前に共演したベテラン俳優さんがそんな事を話していた。
そもそも子役に社畜役は来ないって?
いやいや、万が一って事があるし。
「いえ、確か私が27の時だから……36歳で過労死しましたね。突然心不全を起こして自宅へ帰る道の途中でぽっくりと逝きましたね」
「やっぱり、ダメじゃんその考え」
私以外に社畜で過労死する人ってそんなにいないと思っていたんだけど事務所にいたのか。
「いえ、そんなことはありません。皆川さんが見出した俳優さん達は今も一線で活躍している人達ばかりですから、マネージャーとしては大成功ですよ。私も紗那さんを事務所の看板女優にするつもりですからその姿勢は見習うべきだと思っています」
もしも小学校入学までのつもりでやってる事を知ったらサトーさん心不全を起こしてしまうんじゃないだろうか。
完全に子役から女優に転身することを考えているみたいだし。
サトーさんの仕事への情熱を知ってなんだか辞めにくく感じた私は、誤魔化すように掃除へと話題を戻す。
「それまで死なないように、まずは自分の家ぐらい綺麗にしておいた方がいいと思います。家が綺麗だと仕事が捗るったママ言ってましたし」
寝る場所の環境が良くないと疲れが取れない。
それは前世の私が証明したことだ。
そして早死した。
サトーさんにはそうなって欲しくないので、ここは心を鬼にしてでも環境を改善すべきだ。
これはサトーさんのためで、私が服の上やサトーさんと一緒にベッドで寝るのを阻止するためではない。
「文乃さんが……わかりました。そこまで言うなら掃除やりますよ」
やっとサトーさんがやる気になってくれた。
掃除をするなら服が汚れては困ると、サトーさんは、どこからか取り出して頭巾とエプロンを持ってきて私に装備させた。
どうやら、ももが泊まりに来ることがあるので、いくつか荷物を置いていっているらしい。
子供用エプロンがあったのはサトーさんの趣味というわけではなくて、もも用だ。
サトーさんはそう早口で説明してくれた。
私は優しいので、ももにはサイズがあってないとか、私のはまってるアニメ、キラパラのライブ衣装を模して作られた1週間前に発売されたエプロンだとかそう言う野暮なツッコミはしない。
あくまでも、もものために前からあったエプロンなのだから。
「それじゃ、まず要るものと要らないものにわけてしまいましょう」
「なんだかエプロンしていると、幼妻みたいですね。こっち向いてポーズをお願いします」
私のセリフを完全に無視してスマホのカメラを向けるサトーさん。
なんとなくこれを着けた頃からそうなるんだろうなと思ってたけど、これじゃあ家にいる時と全然変わらないじゃないか。
そういえば、よく考えなくてもママとサトーさんは同じカテゴリーの人だったな。
ロリコンと親ばかの違いはあるけど、両方同じように私におかしな情熱を向けるところは変わらない。
レンズに向かって反射的にポーズを決め、笑顔を浮かべる自分の無駄に磨かれたプロ根性に微妙な気持ちになりながら、突然始まった撮影会を淡々こなす。
こういう仕事 (今回は違うけど)はあえて何も考えてない方が自然な表情が出やすい。
まぁあくまでも私のやり方なので参考する人はいないだろうけど。
「って、ちがーう。サトーさん連写はもういいですから早く掃除してハンバーガーたべましょうよ」
途切れることのないシャッター音に限界を迎えてポーズをやめてスマホを奪いとる。
そうすることでようやくサトーさんは正気に戻った。
「そうですね、冷静に考えてみたらここで食事はないですよね」
サトーさんは普段家でご飯を食べないのか。
夕食どうなるのだろう。
今更ながらそんな不安が頭によぎった。
「これは使うかもしれないですし残しておきましょう。次はあー、貰い物ですし捨てるのはなんだか良くない気がします。これも残しで」
「………………」
片付け前の仕分けを開始してからそろそろ半分ほどの服が仕分けにかけられたのだが、未だに不要に仕分けられたものは出ていない。
片付けられない人間の典型的な例を見ていると、なんだか珍獣に会ったような気分になってくる。
「なんですか紗那さん? その残念な生物を見るような目は」
仕分けを中断してこちらに向き直ったサトーさんがじっと見られていた事が恥ずかしくかったのか、少し顔を赤くしながら問いかけきた。
「サトーさん何のために仕分けしてるかわかっているんですか?」
「それは要らない服と要る服を分けるためですよ」
「で、現状は?」
「全部要るという結論になってますね」
「やり直しで」
「紗那さん、この服達は大切なものです。簡単に捨てられるようなものではありません」
「床1面に脱ぎ散らかしていたのに?」
「………………」
サトーさんは何故かそこから一言も発せず、黙々と服を不要の方に仕分けていった。
あっ、血だらけの口開け動物シリーズのシャツだけは残したようだ。
ほんとどこに売ってるのか教えてほしいものだ。




