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サトーさんの自宅公開

 12時を少し過ぎた頃。

 早起きしたせいか、猛烈な眠気に襲われ、なくなくベッドに戻って、二度寝をしていた私のスマホが珍しく着信音を響かせた。

 普段、現場で鳴っては困るので基本的にサイレントモードにしているので、聞きなれない音に飛び起きた。

 枕の横の机に置いてあるスマホを手に取り表示された名前を見る。


 「はい、もしもし?」


 「紗那さん、もしかて寝起きですか?」


 張り付いた喉から出る潤っていないせいで、擦れてような声にサトーさんが少し申し訳なさそうに確認してきた。

 寝起き感を出してしまうとはこれは良くない。

 スマホを少し遠ざけ、口を抑えて軽く咳払いをして、喉の調子を整えてから返答した。


 「いえ、少し台本の読み込みをしていただけです」


 「そうですか……そろそろお昼なので迎えに行きますので、用意しておいて下さい」


 「わかりました」


 「では、失礼します」


 通話が切れて、時計を見るとどうやら2時間ちょっと寝ていたようだ。

 それでも既に3時間も台本を読んで仕事をしていた事に我ながら驚く。

 私の天職が社畜とかなのでは?


 これから人に会うからには最低限身だしなみを整えておこうと、洗面所に行き足場に登って、蛇口を上げる。

 大きな鏡に写る開ききっていない瞼の自分の顔を一瞬だけ見つめて、下を向き顔に手ですくった水をかけ、ママが愛用しているびっくりする値段の洗顔フォームを塗りたくる。

 若過ぎるので本当はまだこんなの使う必要なんてないのだが、どうにもこういうのを使わないとやった気分にならない。

 前世での習慣が抜けない数少ない部分である。

 ニキビは滅ぶべし。


 そういえばママの洗顔フォームここに置いてあるけど持って行かなかったのかな。


 泡を落とし終え一応洗顔を終えた私はいつものように横にかかってるはずのタオルに手を伸ばす。

 しかし手に空を切り続け、爪の先が壁にぶつかった。

 あれ? かかってない。

 これから1週間も開けるんだしそりゃかかってないか。

 冷静に納得すると、顔に残る水滴を手で拭って、リビングに戻る。

 確かママが荷造りしてくれたカバンにフェイスタオルが入っているはずだ。


 ポタポタを水滴を床に落としながらリビングに戻って顔を拭きカバンを閉める。


 「床、ベチャベチャになってる。拭かないとママ怒りそうだな」


 普段あんなママだが、家事の類はしっかりこなす人で、液体をこぼしたりお風呂上がりに濡れたまま歩いたりすると、怒るのだ。

 仕方なく部屋の隅にいるモップ (ママがCMをやってます)を手に取り、洗面所までの水滴を拭き取る。

 このモップは拭き掃除にオススメのモップで細かいホコリも逃さない優れものらしい。

 何でもマイクロファイバーだとかを使っているとか。

 結構掃除用具のCMをやっているしそのうち変な棒とかプロデュースするんじゃないかと思う。

 


 床を拭いて、戻って来ると再び着信着てすぐ切れた。

 これはサトーさんからの着いたという合図だ。

 いちいち通話すると時間がかかるし、車を降りてインターフォンを鳴らすのも手間なので、決めたわけじゃないが、なんとなくそういうのができたのだ。

 と言ってもスマホを買ってから1ヶ月経過してないですけどね。

 ちょっと新鮮だ。


 しっかり鍵を閉めて、エントランスに降りると、道路に見慣れたサトーさんの車が止まっていた。

 私の姿を確認した、サトーさんが降りてくる。

 その格好を見て激しく頬が引き攣った。


 「紗那さんおはようございます」


 「サトーさんその格好は?」


 「休日ですのでラフな格好を」


 サトーさんの格好は、花柄のアロハシャツを羽織り、口を大きく開けた血みどろのライオンのTシャツ。したにダメージジーンズなのだが、これがどう見ても瀕死寸前なぐらいにダメージを受けている。

 よくもまあ、こんな身につけた人を可哀想な感じにできるジーンズがあったもんだ。

 

 「なんですかそのおそろしい血だらけのライオンのシャツは? 朝……昼でも怖いんですけど。どこに行けばこんなものが売ってるですか?」


 「このアロハシャツは妹の事務所合格を記念してハワイに行った時に買ったものです。その下のシャツは……さてどこで買ったものでしたかな? すみません忘れてしまいました」


 アロハシャツよりそっちが気になっていたんだけど、なぜ忘れている?

 それとその瀕死のジーンズについては説明なしか? 何があってそうなったのか詳しく聞きたい。


 「荷物後ろに乗せるのでこちらに」


 疑問で頭がいっぱいになっている私をよそにサトーさんは車のトランクを開けてカバンを受け取るために手を出していた。

 え? もう服の話終わり?


 「はい。お願いします」



 釈然としないままトランクに着替えと台本の入ったカバンを乗せ私は後部座席に乗り込む。

 バックミラーに写る血だらけのライオンが怖い。

 

 「紗那さんはお昼もう食べましたか?」

 

 快調に道路を走っていると、サトーさんが時計をみて声をかけてきた。

 12時26分。

 昼食の時間だ。


 「まだですけど」


 朝食を食べて10時まで台本を読んでから寝てしまったので、当然食べていない。

 ママは朝食しか用意していなかったのでそもそも食べるものがなかったが。


 「コンビニとハンバーガーどっちがいいですか?」


 「うーん。ハンバーガーで」


 そういえばまだ、転生してからハンバーガーは食べてなかった事に思い至ってハンバーガーを選択した。

 

 「紗那さんならコンビニを選ぶと思いましたが意外ですね」


 「ハンバーガー食べた事ないんで、冒険です」


 「文乃さんはジャンクフードは嫌いみたいですから」


 「そうなんですか?」


 「ええ、文乃さんがデビューして少したった頃に、ハンバーガーのCMのオーディションがあって話を振ったらジャンクフードが嫌いだから嫌だと」


 「へー」


 今度さりげなく理由を聞いて見よう。


 都会の中心だけあって、すぐに見慣れた黄色い文字のハンバーガー屋のドライブスルーにはいる。


 マイクの前に来ると、店員の声が聞こえてくる。


 「いらっしゃいませ、マイクに向かってご注文をどうぞ」


 

 「紗那さん何を食べたいですか?」


 サトーさんは振り返ってそう尋ねてきた。

 ハンバーガー屋に1度も来たことのない幼女がすらすらとメニューを読むのは不自然だろう。

 ここは素直に任せておこう。


 「よくわからないので、サトーさんにお任せします」


 「では、セットにしましょう。飲み物は何にしますか?」


 「お茶で」


 「わかりました」


 「以上でよろしかったでしょうか?」


 メニュー決めをしたタイミングでマイク越しに店員の声が聞こえた。

 

 「聞かれてたみたいですね」


 日常会話を他人に聞かれていた事が少し恥ずかしくなって、品物を受け取るまでうつむいて過ごした。

 意図せず聞かれた会話って聞かれると無性に恥ずかしくなるよね。

 独り言を聞かれたような気分だ。


 ハンバーガーは家に着いてから食べる事にしたので、そこからまた少し車を走らせて、住宅街へと向かう。

 その住宅街外を奥に進み、大きなマンションの地下へと入っていく。


 「ここが私のマンションです。家賃18万円のほぼ新築です」

 

 車を止めエンジンを切ると車を降りる。

 トランクから私のカバンを取り出すと、少し自慢げに胸を張った。

 どうやら自慢したいらしい。

 お世話になってるし少しぐらい付き合ってあげよう。

 そんな優しい気持ちを持ってサトーさんの後ろをあるく。

 エレベーターに乗り5階で降りる。

 そこから2つほど扉を横切り、503号で立ち止まり鍵を差し込んだ。


 「ようこそ、私の部屋に」


 開けられた扉の先には、部屋が1つ見えていたのだが、これが衝撃だった。


 「あのー、サトーさん。この部屋に散らばっているのはインテリアか何かですか?」


 12帖ほどのワンルームにベッド、テレビとの間にテーブルがあるのは普通だし問題ない。

 床1面に乱雑に広げられた洋服が芸術的に脱ぎ散らかされ、足の踏み場をなくしている。

 とても人が住んでいるようには見えない。


 よく見ると、かろうじてベッド脇のテーブルの前に一人座れるだけのスペースがあるが、そこ以外は酷い有り様だといえる。

 これで異臭でも放っていたら完全なゴミ屋敷だ。

 サトーさんはゴミだけはしっかり捨てているのか、部屋からそういう臭いはしてこないのが唯一の救いだ。

 毎日着ているスーツだけが、ハンガーにかけられているのが逆に違和感を感じる。


 「何を言っているんですか、紗那さんこれは服ですよ。私は無駄なインテリアは置かない主義なので」

 

 「サトーさん服は畳んでしまわないと、ダメじゃないですか」


 「ベッドと机の前さえ開けておけは問題ないです。どうせ寝るだけですから」


 さっき自慢げだったのって寝る場所にお金をかける私すごいでしょって事だったの?


 「サトーさんまずは掃除から始めましょう」


 前世では似たような部屋の状況だったからわかる部分もある。

 クタクタで家に帰ってきたら何もしたくない気持ちとか共感しまくるよ。

 でも、もう服にまみれて生活するなんてありえない。

 私は迷うことなくそう言い放った。

 ママの綺麗好きが遺伝しているのかもしれないな。

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