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ママがいない家で

 明け方と呼ぶべき時間。

 私は5歳児としては珍しく早起きしていた。

 年寄りのように意味も無く、早くに目を覚ましたわけじゃないよ?


 「これが着替えで、こっちがドラマの台本。あと充電は前の方に入れておいたから。鍵は机の上に置いてあるからしっかりかけてね。それから――」


 「ママ、そろそろ出発しないと遅れるよ?」


 荷造りしたカバンの中身を全部出しかねない勢いで、中身の解説をするママの言葉を遮ってスマホの時計を見せる。

 まだ夜明けと呼ぶには早い、薄暗い紫色が空を彩る時間だか、始発で行かなければ間に合わないと昨日愚痴を聞かされたので、そろそろ送り出してあげないとまずい。

 遅れると自腹でチケットを買い直す事になり、何より撮影に遅れる。

 それは時間もお金ももったいない。

 たくさん稼いでいるとはいえ、いつ仕事がなくなるかもしれないので、できる限り無駄は出さない方が良いに決まってる。


 「そうそう、毎日必ず夜に電話かけるからきちんと出ること」


 「私は大丈夫だから急いで」


 さらに続けるママにスーツケースを持たせる。

 マネージャーさんとは空港で待ち合わせているらしいので空港までタクシーを使うことになっている。

 10分ほど前に呼んだからそろそろ家に到着するだろう。


 「最後にサトーさんに迷惑かけない事。しっかりお礼はいうこと、あと挨拶はしっかりね」


 玄関で靴を履いている間も、さらに約束事を増やしてくるママに、呆れたようなちょっと嬉しいような微妙な気持ちで、その背中を見つめる。

 そういうちゃんとした親みたいな事も言えるじゃん。

 なんだかんだ母親やってんだなと、少し上から目線で評価してみたり。


 「挨拶は基本だし、そもそも3つも言ってたら最後じゃないじゃん」


 「じゃあ最後ついでに」


 振り返ったかと思ったらそのまま抱きつかれた。

 なんだかエネルギーを吸われているような気がする。


 「暑苦しいんだけど」


 この年でここまで直接的な愛情を注がれて少し気恥しく感じた私はそっとママを引き剥がす。

 いくら人が見ていなくてもハグは恥ずかしいけど完全拒否は可哀想だし、10秒我慢したからいいはずだ。

 その辺にいるアイドルよりサービスいいだろう?


 「それじゃ、行ってくるわ紗那ちゃん」


 早起きをものともせず、それどころかいつもよりも元気に歩いて行くママを見送り、完全に扉がしまったところで、あくびが出た。


 「そういえば今日から丸2日ほどオフもらったんだった」


 ここ二週間、午前中だけのオフとかはあったけど、まるまるオフはなくて、偉い人からサトーさんが働かせ過ぎだと小言を言われたらしい。

 この業界に労働基準法はあってないようなものだとはいえ、子供の過労死は洒落にならないとかでサトーさん共々強制オフになった。

 ちなみにサトーさんも先月からまともに休んでいなかったそうだ。

 売れれば仕事に上限がない世界だし、担当が売れっ子になればマネージャーも休めなくなるのは仕方ない事だし。

 私もサトーさんも根っからの社畜気質だから、こうなるのは必然だった。

 だけどたくさんお仕事をして怒られるとは予想外だ。

 

 「まだ6時ちょっと前か、この時間のテレビはニュースぐらいしかやってないし、二度寝しようか、それとも録画しておいたキラパラとユリキュアでも見るか悩みどころだな」

 

 サトーさんが迎えに来るのは12時過ぎだから、6時間ほどある。

 お互い疲れが溜まっているそうなので長めに休めるようにお昼からにしたのだ。

 しかし、1度完全に起きてしまうと不思議と二度寝しようという気が起きなくなる。

 となると、残った選択肢は、アニメの消化だが……。

 あっ、そういえばまだ暗記出来ていない台本があったの忘れてた。


 「そうだ、台本でも読もう」


 結局仕事を始めるあたり私はもうダメかもしれないな。


 1時間ほど声を出して台本を読み、時計が7時を指すと、流石にお腹が減ってきた。

 いつも朝ごはんを食べる時間だもんな。


 ラップのかかったご飯とおかずを電子レンジに入れ、温め直しついでにテレビでキラパラの録画を流そうとリモコンを操作する。

 いつもはテレビを見ながらご飯なんて行儀が悪いと、ママが見せてくれないけど今日は違う。

 私は元々テレビを見ながらご飯を食べるのが普通の家庭で28年ほど生きてきたので、実はどこが行儀悪いのかさっぱり理解出来ない。

 


 「確か34話辺りから見れてなかったから……嘘っ。40話からしか残ってない。ママめ見てないのに消したな。DVD出るのまだ先の事だから、キラパラ見れないじゃないか」


 ママは私のキラパラを消してまで何を録画したのだろうか?

 しかも容量いっぱいまで録るなんてよっぽどだ。

 気になって見て見ると録画一覧には、子供探偵物語、幽霊×少女に小学校の熱血新人教員やどこかで見たタイトルのドラマが飛び飛びに1話だけ録画されている。


 「って、これ全部私の出たドラマじゃない?」


 いくつか再生して見ると、どれも私が出たシーンの後から再生されるし、多分そこだけ繰り返し見ているのだろう。

 やっぱりこの前、夜中に見てしまったあの妖怪のような笑いでテレビの前にいたのはママで間違いなかったのか。

 

 ちなみに小学校の熱血新人教員の演技から少しずつ仕事が増えたので、ちょっと思い出深かったりする。

 始めての名前付きの役だったしね。

 すごく苦労した役だけどやって良かった。

 テイク10まで取り直したドラマでもあるし忘れられるわけない。

 大人が全員般若に変わるし、そのせいで他の子役もおかしなミス始めるし、はっきりいってあれよりひどい現場はないと断言できる。


 「ユリキュアは無事みたいだ」


 さらに遡ると、なんとかユリキュアは残っていた。

 ちょうど温め終わった事を知らせる電子音がなったので、ユリキュアを再生しつつ朝食を食べる事にした。

 

 食器を洗って食器棚に戻して再び台本を持つ。

 さっき初のお仕事の事を思いだしたからか、なんだか無性にお仕事をしたくなった。

 そう私がこうして休んでる間にも、のあちゃんや他の子役は監督に泣かされながら演技をやってるだろう。

 まるまる2日何もしなければ、追いつけなくなるかもしれないし、やれることはやっておきたい。

 もう、テイク10の現場の空気は味わいたくないし。

 休みに仕事をしては行けないなんて法律はないし問題ないだろう。

 


 「お兄ちゃん、それ私のパンツだけどなにしてるの?」


 朝食前にやった台本はだいたい暗記できたので、新しいやつを手に取って自分のセリフ確認すると、最初に出てきたのがこれだった。

 おい、なんだこのセリフ? これ確か22時放送のドラマだったと思うんだけど、こんなセリフ出して大丈夫なのか?

 というかこんなの5歳に言わせて問題にならないのか?


 慌てて、台本を閉じてタイトルを確認する。

 異能少年ヤハシ君。

 これは確か原作漫画だったな。

 主人公のヤハシ君はスケベな高校生で、異能という特殊な能力が使えてそれを使って悪と戦う王道の物語。

 ヤハシ君にはかなり年下の妹がいて、よく勘違いスケベを引き起こす体質で笑いあり感動あり程よくえっちな物語として支持されているらしい。

 私にはまだ早いとサトーさんから原作を見ないように言われているので概要しか知らないが。


 このシーンは、たまたま洗濯物のパンツが籠から落ちていたのを手に取ったタイミングで妹に見られてしまうシーンらしいのだが、やっぱりダメでしょこれ。

 だが、この異能少年ヤハシ君は3話に1回のペースでこういうのが挟まってくる。

 何でも今の漫画やライトノベルではそういう勘違いスケベが、流行っているらしく、原作ファンのためにもこのシーンは外せないとか。

 放送後に問題にならない事を願うばかりだよ。

 そう願いながらお昼まで台本を読んで時間を潰した。

 直接的じゃないし大丈夫だよね?

 

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