初めてのお泊まり?
地方ロケというものをご存知だろうか?
芸能人なら俳優であれ、芸人であれ、モデルだろうと避けては通れない、地方と呼ばれる都会以外で撮影をするあれの事だ。
特にドラマや映画の撮影は、時間がかかり、地方のホテルやマンションを長期間借りて、演者を宿泊させながら行うことなんてざらにあるらしい。
私はまだ日帰りの範囲での仕事しかしていなのであくまでも聞いた話だがな。
なぜ、そんな話をするかと言うと。
「紗那ちゃん。本当にごめんね。ママどーしてもドラマの撮影で3日後から1週間ほど、地方に行かないと行けなくなっちゃったの」
売れっ子女優のママがとうとう地方ロケに行かなければ、ならなくなったからだ。
正確には私が子役になってから初めて地方ロケが入ったというべきだが。
それは余り重要じゃないか。
「私、都内の撮影入ってるからついていけないよ?」
そう、問題は私が子役なっておかげで、東京からあまり遠くに離れる事が出来ない状況にあるというところだ。
子役になる前は小さい事もあって連れて行かれていたらしいが、今はスケジュールの都合でそれは出来ない。
私は事務所の戦略によって得た妹イメージのおかげで、休みという概念を忘れそうになるぐらいお仕事が入ってるし、ママも流石も子供のためだけで地方ロケを断る事は出来ない。
ドラマには、多くの人が関わっているからそんな事で拒否なんてしたら、確実に舐めてると思われて干される。
そうなると、マスコミが群がってくる。そして平穏な日常がなくなる。それは良くない。
それに5歳児のひとり暮らしは、やはり親としては心配だろうし、私も現状では完璧にこなせる自信はない。
元々料理のスキルはないし、コンビニ弁当は、そればかり食べて、体調を崩して死んだから少し控えたい気持ちがあるし、それ以外にも洗濯したところで、背の大きさ的に干せない。
他にも問題を上げれば限りがない。
セキュリティー面も、オートロックだけでは完璧とは言えないし、何より私は子役の中でもひときわ可愛い部類に入る。
この前ママが持ってた子役を専門の雑誌に、1万年に1人の美少女とか書かれていたし間違いない。
もしもひとり暮らししてる幼女がいるってバレたら変態が来るかもしれない。
無理矢理に部屋に入って来たりなんてしたら、対処する方法はないし、危険だ。
「そうなのよねー。本当は1日でも離れたらママが枯れちゃうから、連れて行きたいところなんだけど、紗那ちゃんにもお仕事があるものね。うーん、どうしましょう?」
「頼れる友達とか親戚とかいないの?」
そういうば、ママの友達事情とか親戚付き合いとか全く話題に上げた事はなかった。
普通子供とするような話じゃないし、このママの親戚だと思うと怖くて聞けない。
ほら本物のロリコンぐらいいそうだしね。
下手したら逮捕者ぐらいいても不思議ではない。
「そのね。ママ、お友達作るのがすごく下手だったの。中学、高校時代の陰で女の子達に呼ばれていたあだ名が整形だったの……ごめんね」
確かママは18歳で芸能界に入ったはず、つまり中学、高校時代から美人だと思う。
となると、僻みでそういう陰口を叩かれる事ぐらい普通にある事なのかもしれない。
それにママは高校時代は他校から告白されることがよくあったってテレビ語ってたし、モテモテだったことを考えれば、同性から嫌われる事は想像に難くない。
私も入学したら気をつけよう。
まぁまだ1年ぐらいあるし、ってかあと1年しかないの? 時の流れって早いっすな。
「こっちこそごめん。嫌なことを思い出させて」
「それはいいのよ。親戚は危険だから任せられないし、本当に困ったわね」
このママが危険だと言う親戚ってなんだよ。
すごく怖いんだけど。
それならひとり暮らしをした方がましだな。
「じゃあ私ひとり暮らししてみる?」
「何いってるのよ紗那ちゃん。まだ1人でお風呂も入れないのに、無理に決まってるでしょ? というかひとり暮らしなんて許しません! 危ない」
いや、お風呂はママが1人で入らせてくれないから出来ないと思うだけでそれぐらいは出来ますが?
とか言うと面倒なので言葉を飲み込む。
「ですよねー」
結局振り出しに戻り、2人で頭を悩ませていると、そこに私のスマホが震えて、サトーさんの文字がディスプレイに表示される。
「ごめんママ。私そろそろ仕事の時間みたいだから、続きは夜にしよう」
今日も朝からドラマの撮影が入ってるので、入りが少し早めだった気がする。
ほとんど夢うつつで聞いていたから確信はないけど、いつもより迎えに来るのが30分も早いし多分そうだろう。
「そうよね。遅刻したら大変だものね。片付けはママがやっておくから行ってらっしゃい。あと、続きのためにもお互い早くお仕事終わらせないといけないわね」
ママのそんな声を後ろに聞きながら、靴を履き玄関を飛びしてエレベーターに乗り込む。
一階のボタンを押して、ボタンが光ったのを確認する。
流石に5歳になったので、押しミスなんてもうしない。
「おはようございますサトーさん」
車に乗り込み挨拶をする。
「はい、おはようございます。今日は寝坊でもしたんですか?」
走り出してすぐ、そんなことを聞いてきた。
「いえ、どうしてですか?」
「寝癖が付いているので」
「そんなことより本日のスケジュールを。今日は遅れられないので」
髪についた寝癖を手で抑えつつ、スケジュール確認をする。
そういえば今日はママに寝癖を直してもらっていなかった。
寝癖ぐらい自分で直せるようにしないとな。
もう5歳だし。
今日のスケジュールは、ドラマが一本と、バラエティのロケが一本だ。
何でも話題沸騰中の妹キャラ子役の無邪気な素顔を知りたいそうだ。
アンケートに書いた今やってみたいことの中から何かを体験させて貰えるとか。
これも人気子役の特権ですかね?
まずはドラマの妹役からか。
アキ先輩のアドバイスから自分なりの演技論のようなものが出来上がったからか、セリフを噛まないかぎりテイク4以内で撮影できるようになったので、予定より撮影時間が巻く事が多くなっている。
私は未だに新人役者や人気アイドルやモデルのいる現場に当たった事がないのもその要因の1つではあると思うが。
そして今日も予定より20分も早く予定していた撮影が終わった。
「おつかれ、さすが国民の妹って呼ばれてるだけあってイイね! もう最高だね」
次の現場へ向かうためにの用意をしていると、演出家さんが声をかけてくれた。
「ありがとうございます!」
「また機会があればよろしくね」
スタッフと共演者に、挨拶を済ませると、バラエティーの撮影のために指定された集合場所に急ぐ。
何度も共演している人との会話が長引いてしまいやや押し気味だ。
現場に着いてすぐサトーさんはディレクターと軽い打ち合わせを始める。
「紗那さん今日の撮影はとにかく楽しんで、笑ってくれればそれで良いそうです」
撮影の前にどういう流れで撮影していくかを説明する時間があるのだが、まだ5歳の私には理解出来ないと思われているからか、サトーさんが一旦聞きそれを噛み砕だいたものを聞かされる。
まさか子供らしさの連想ゲームで思いついた屋内遊園地を採用してくるとはな。
まぁあまり来たことがないし、楽しみではあるが。
「本番10秒前……543」
カメラから外れたところに待機して、板付きの芸人さんを眺める。
呼ばれるまでは見ていなければならない。
2、1は指だけで合図が出されると、付き添いの芸能人さんが進行を始める。
演技を優先でいたはずの私も、気がつけばバラエティもこなす人気子役になってしまっている。
国民の妹という不名誉すぎるあだ名は私のウリの1つなってしまったようだ。
まさか親子揃ってあだ名に苦しめられるとはな。
バラエティの撮影は、カンペにしたがって進めて行けばいいので、多少のミスはあっても和やかに楽しいロケになっていてあっという間に締めのコメント撮りになったいた。
「さなちゃん。遊園地楽しかったかな?」
芸人さんがカンペを読みながら聞いてくる。
「はい。特にゴーカートが楽しかったです」
「さなちゃんすっごく夢中だったもんね」
競争しようなんて言われなければそこまで熱くなることはなかったんだよ。
と内心は愚痴りながら、笑顔を見せる。
私も器用になったものだ。
オレのエスコートは何点だった?
オチ用セリフのカンペなのかスケッチブックに、そんな文字が雑にマジックで書かれた。
「今日のオレエスコートは何点ぐらいだったかな?」
芸人さんは当然それを読む。
さて、どう答えたもんかな。
これはこのVTRのオチになるわけだし、100点だなんてつまらない答えをするのはダメだろう。
かと言って0点と言うほどひどいものでもなかったしな。
「うーん、50点」
「低っ!? なんで?」
流石芸人さん。オーバーなリアクションをとりつつ、理由を聞いてくれる。
「だって、すっごくはしゃいでて、エスコートじゃなかったもん」
実際芸人さんもはしゃいでいたので嘘は言っていない。
「はいっ、OKでーす」
少し離れたところからスタッフさんの声が聞こえて、撮影終了となった。
「さなちゃん。お疲れ様さっきの返し美味しかったよ、ありがとう」
「いえ、本当はすごく楽しかったので100点でしたよ」
一応フォローを入れておこう。
次、共演した時に嫌な子役だと思われると仕事がやりにくいし。
スタッフさんに挨拶をすると、サトーさんに時計を指しながら急かす。
今日はママとの家族会議があるので遅くならないようにすると、サトーさんに伝えてあった。
「紗那さんそろそろ」
「お疲れ様でしたー」
もう1度挨拶をして、車に急ぐ。
「はぁー。今日も終わったー」
車に戻って自宅に向けて走り始めると、身体をほぐしながら息を吐いた。
これからママと話をしなければならないと思うと少し憂鬱だ。
「珍しく嬉しいそうじゃないですね? 家で何かあったのですか?」
「これから話し合いなんですよ」
「え? 文乃さんと喧嘩でもしたんですか?」
「ママが3日後から1週間地方ロケで、その間の私はどうするかの話し合いです」
「スケジュールは変更できませんよ」
鋭い視線がサトーさんからバックミラー越しに、飛んでくる。
「わかってますよそれぐらい。なのでひとり暮らしをするか誰か面倒を見てくれそうな人をママが探してくるんですよ」
スケジュールを1度無理矢理開けさせた事があるで、調整がどれだけ大変か理解しているつもりだ。
その後のしわ寄せが恐ろしい事もな。
「それなら私が1週間ぐらい面倒を見ましょうか?」
「もうすぐマンション着きますし詳しくはママに話して下さい」
「わかりました」
自宅マンションのリビングに、テーブルを挟んでサトーさんとママが座った。
部屋に流れる空気には緊張の色が濃く出ていて、まるで結婚の挨拶をしに来たような感じだ。
「文乃さん私に紗那さんを下さい」
サトーさんがいきなり頭を下げてそう言った。
「サトーさん。いくらあなたがマネージャーでも娘はあげません」
ママはピシャリと冷たく言い放つ。
まるでが取れて結婚の挨拶そのもののような雰囲気になってしまっているけど、配役が誰1人正しくない。
「あのー、サトーさん任せてが抜けてますよ。それにママそのセリフを言うのは多分パパの仕事だと思うよ」
おかしな空気を払拭すべく誤解を解き、冷静にツッコム。
どうしてこの2人が、揃うとよからぬ化学反応が起きるんだろう。
最初の代役とかさ。
「こほん。つまりわたくしの紗那ちゃんをサトーさんが預かってくれるということなのね。確かサトーさんってひとり暮らしでしたっけ?」
「はい。三年前に妹を事務所に入れることを条件にしてようやく」
「紗那ちゃんは21時には寝かせることと、お風呂上がりは髪を乾かして上げること。炭酸ジュースは飲ませないように、それから――」
すごく饒舌に私の注意事項をサトーさんに叩き込むママ。
それを必死にメモをとるサトーさん。
2人の目は恐ろしいほどに真剣で、正直ちょっと恐怖を感じる。
メモは既に4ページを超えて、ちょっとしたマニュアルになりつつある。
私は飼う難易度の高いペットかっ!
そう声を大にしてツッコミを入れたい。
「以上のすべてを守れるなら紗那ちゃんを預けることを許可します」
「任せて下さい文乃さん。私は紗那さんのマネージャーです。身の回りの世話をするのが仕事ですから」
硬い握手を交わすふたりに何も言えないまま、ママが地方ロケにいってる間、私はサトーさんの家にお世話になることになった。




