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爆誕、国民の妹?

 「カット! んー、何か違うんだよなぁー。自然な兄妹の感じが全然出てない」


 テイク5にカットがかかり、モニターを眺める監督の表情は渋いまま唸り声のようなもの上げながら、雑に頭を掻き毟る。

 流石にここまで、リテイクを食らうと周りの顔も険しくなり始める。

 まぁ、テイク10とかやらない限りは、般若が量産される事はないし、まだ焦るような時間じゃないさ。

 それに焦りと緊張は身体と表情を硬くさせる。つまり演技の天敵だ。

 

 川に入っている子役たちは、監督の良くない雰囲気を察して、そっと川から上がる。

 これはそろそろ休憩する感じだな。

 場数を踏んでいるであろう、子役はセリフを確認しているフリをしながらスタッフさんの休憩コールを待つ。

 流石大人に混じって現場にいるだけあって空気を読む力がすごい。

 きっと、空気を読み検定があったら二級ぐらいは貰えるに決まってる。

 一級取得にはこの他に相手を褒める能力何かも必要になる。

 

 だがのあちゃんよ、流石に助監督をガン見して急かすのは、イメージ悪いからやめておいた方がいい。


 いや、普通の子供は撮影なんて早く終わらせて帰りたりと考えるものなのかもしれない。

 だが、私は社蓄根性が抜けないので、どうすれば監督を納得させられるかしか考えていない。

 この後、場所を移しての撮影もあるし、これ以上テイク重ねるわけには行かないだろう。


 「一旦休憩にするから、2人で相談して兄と妹しっかり形にしてくれよ。まだ今日撮るべきところまで撮れてないんだから」


 「はい、すいません」


 「そんじゃあ。さなちゃん、アキ君よろしく。あっ、そうだ田中君。スタッフ何人か連れて先に公園の方で準備しておいて欲しい。そろそろあっちでの用意しておかないと間に合わなくなるかもしれない」


 なんだかよく分からんうちに休憩になってしまったようだ。

 次の撮影場所の準備も始めるみたいだし、次でしっかり決めなければならない無言のプレッシャーみたいなものを感じるぞ。

 確かアキ君とか言うメガネ君と演技の相談をして、自然は兄妹らしさを出した、ストラップの取り合いのシーンを演じなければならないんだよな。


 「あ、あの、花園さん……」


 件のアキ君 (芸歴10年のベテラン子役)が声をかけてきた。

 何故か少し怯えたように声が震えているような気がする。


 「はい」


 のあちゃんの悪ふざけというか、前に演技で

、泣かせたささやかな復讐のせいで、怖がれてしまっているのは、もうどうしようもない気がするし、気にせず返事を返す。

 全然悲しくなんてない。


 「演技の相談何だけどいいですか?」


 本当に、なぜそんなに年下に怯えるのだろう? 私怖くないよ。

 まぁそういう女ほど怖いんですけどね。

 芸歴1年に満たない子供に敬語を芸歴10年の先輩という不思議な光景を少し離れたところで見ているのあちゃん達の視線を感じながら、なるべく気にしないように頷く。

 のあちゃんめ、ちょっとにやついてるな。

 

 「ええ、あんまりリテイク重ねるわけにも行かないですし。……次の撮影の準備も始めるみたいですし」


 後ろでなにやら作業をしているスタッフさん達に一瞬視線を送り、そう答える。

 これは完全に次のテイクで決めることを期待されているな。


 「そ、それで、ここの部分なんだけどさ、あえて演技せずにやろうと思うんだけど、どうですか?」


 やはり怯えながら台本のワンシーンを指差しながら訳の分からないことを言い出すメガネ君。

 

 「演技しないって?」


 理解出来ない事に同意しても、無駄にテイクが増えるだけだし、素直に聞き返す。

 知ったかぶりをすると、余計なやり直しが増えることになるし、仮に嫌な顔をされたとしても分からないなら聞くべきだ。

 ブラック企業時代、これをせずに頑張っていたおかげで、日付を跨ぐ楽しいお仕事するはめになった。

 

 「僕はあのストラップを本気で、守り抜くつもりで防御します。だから本気で取りに来て下さい。もうセリフは頭に入っているでしょうから獲る方に集中して下さい」


 意図掴みかねている事けど、それで演技が良くなるのならやってみよう。

 それがきっと自然な兄妹ってやつを引き出せるのだろう。

 ベテランの経験からくるこう言う提案はだいたい、いい方向に行く事が多い。

 やるべき仕事があって、具体的なプランが見えているのなら、後はただこなすだけだ。

 そう、ただ全力でストラップを奪いにいく。


 私は今だけこのメガネ君のワガママな妹だ。

 演じず、演じる。

 もはや哲学みたいな感じになってるけど、気にしない。

 


 10分ほどの短い休憩が終わって、監督が先ほどの位置に座り直すと、他の子役達が川の近くに集まり始める。

 スタッフさんがストラップを水に入れカメラの前からの離れると、助監督さんがカチンコを持って現れた。


 そうすると、示し合わせたように全員が川の中に入る。

 さすがの判断力だな。

 少し送れて私とメガネ君も先程の位置に戻る。

 シーンは橋の下からなのでカメラが回ればすぐに取り合いだ。


 運命のカチンコが鳴らさせる。

 

 川の中に手を突っ込み、ストラップを探す。

 するとしばらくして。


 「見つけました」


 台本通りメガネ君がストラップを掲げて見つけたアピールをした。

 さぁ、妹タイム? だな。


 「お兄ちゃん、わたしにそれ持たせてよ」


 メガネ君の手からストラップを取ろうと近づき、手を伸ばす。

 しかし、ひょいとそれを躱すメガネ君。


 「なんで避けるの?」


 アドリブが自然と口からこぼれた。


 「ダメです。これは大事ものですから」


 「いいじゃん、ケチ」


 手を伸ばしては避けられ、時には絶対手が届かないように高い位置に上げたりしながら、攻防戦を繰り広げる。


 「ケチとかそういう問題ではありません。ヒナこれは、依頼主に無傷で返さなければならないものなのです」


 「でも、持たせてくれるぐらいいいじゃん」


 「だからダメです。それに、これを見つけたのは僕ですから」


 「むぅー。いいから持たせてよ」


 「では、取れたらいいですよ」


 喧嘩はセリフがしっかり決まっているわけではないので、ほぼアドリブだけど、不思議と詰まるような事がなく、人生で初めて撮影中に、カメラを忘れて、夢中でストラップ攻防戦を行った。

 その光景は、カメラを意識しない自然な兄妹の演技になっていた。


 「えいっ」

 何度かのジャンプで、背伸びして、高い位置で固定されていたストラップに手が届いた。

 一瞬、取ろうとした力が強すぎて、ストラップを勢い余って吹き飛ばしてしまう。


 「「あっ」」


 予定道理流れるストラップを見送る。


 「急いで捕まえろ」


 予定通り、ここから追いかけていき、まとめ役のお兄ちゃんが獲り、監督からカットの声がかかる。


 「アキ君、さなちゃん今のは素晴らしい!! もう、本当の兄弟みたいだったよ!!」


 「ありがとうございます」


 演じず演じる。

 なんとなくだけどわかった気がする。

 それと、のあちゃんの言ってた役作りをしないの意味も。

 下手に役を作り込んでしまっては、いろいろと、凝り固まって作品から、浮いてしまうってことなんだろう。

 実際さっきの演技では、ストラップを奪うことしか考えてなかったわけだがあの気難しそうな監督から拍手と変態みたいな犯罪級の笑顔をもらったし。

 ちなみにそれがこの監督の最大級の褒める時の反応らしい。


 その後の撮影は何かが掴めたおかげか、セリフを噛むぐらいのよくあるミスのみで、演技で首を捻られるようなことはなく、とても順調に終える事ができた。

 アキ君とやら、きみは演技を教える才能があるよ。

 あの刺身の講師に教えられていた時よりずっと伸びたような気がする。

 奴はクビになって正解だったな。



 そして、これがオンエアされて以来。


 「ママそこの醤油取って」


 「じゃあ、取ってごらん」


 ことある事にママがこのドラマの再現をさせてくるようになった。

 とても解せぬ。


 「そういう意地悪はいいから。今日朝から打ち合わで、午後から撮影何だから」


 「国民の妹は忙しいみたいね。紗那ちゃんが人気になってくれてママ嬉しい。」


 「それもやめてよママ。私、妹じゃないから」


 「えぇ、紗那ちゃんの妹役、ママを鼻血出過ぎちゃって貧血気味になるぐらいハマってるのに?」


 それと、その時のヒナの時の演技が可愛いとか妹にしたいとかって話題に上がったせいで、そんな不名誉な渾名と共に妹系の役が爆発的増えました。

 だって私、一人っ子なんですよ。不名誉にもほどあるじゃん。

 それに長女なんで、なるとしても姉なんです。

 事務所の意向で、これと似たような発言は禁止だそうだ。

 イメージ戦略とっても大事。

 芸能人はイメージが命。

 社畜の私は、嫌ではあるけど黙ってそれを受け入れる事になった。

 

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