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時には悩んで


 「はい? 寝坊ですって? とにかく急いでこっちに来なさい!」


 撮影の準備が整い、1人を除いて演者が揃って演技プランの打ち合わせをしたり、雑談をしている中、聞こえて来たのはスーツ姿のサトーさんより年上であろう、おばさんの悲鳴と怒鳴り声が混ぜ合わされたような声だった。

 その声にびっくりして、少し離れたところで遊んでいた子役たちがちょっと飛び上がった。

 小動物みたいで面白い。


 この場に来ていないのは、子供探偵物語のメイン子供をまとめるお兄さん役の俳優だ。

 若いが演技力が高く、格好いいと評判の俳優。

 最近ひとり暮らしを始めたとかネットの記事で読んだな。

 1通り共演者の情報は漁った情報を思いだしながらぼんやりそのおばさんマネージャーの様子を眺める。

 地団駄踏んだり、一定の距離を行ったり来たりを繰り返したり、ため息ついたりしてとても面白い。

 あれは相当怒ってるね。

 普通寝坊なんて理由で遅れたりしたらそうなるか。

 私はアラームとママ、サトーさんの3段構えで寝坊対策しているからこれまで遅刻はない。


 「あの、紗那さま。もしかして機嫌悪いの?」


 おばさんマネージャーを眺めていると横からそんな声が聞こえた。


 「ううん。そんなことより、のあちゃんもう様付けなんてやめてよ」

 

 今日は、のあちゃんと共演である。


 「それは無理だよ。なく演技の時に紗那さまのあの時の演技を浮かべると、すぐ泣けるからお世話になってるもん」


 もともと高い演技力を持ったダイヤの原石だったのあちゃんは、唯一の弱点だった泣く演技を克服したおかげで、業界トップ子役と呼ばれるまでになった。

 小学生以下の子役の中では大注目の子役であるというのが雑誌に書かれていた。


 その涙の秘訣が、まさかトラウマからくるものだと知ったら、これまでのあちゃんに、泣く演技指導をしてきた人達が知ったらと思うとなんだか複雑な気分になる。

 

 「でもほら、のあちゃんが様付で呼ぶせいで他の子達との距離がさ、ね?」


 私の周りには、のあちゃん以外いない。

 あのトップ子役に様付で呼ばせるなんて、機嫌を損ねたら干されるという勘違いを誰かの親がして、それが他の親達にも伝播したらしく、子供に近づかないように言含めたおかげで、こんな状態なのだ。

 それで、こうして何度か辞めるように言っているが、全然効果がない。

 この現場は3回目だけど、どんどん他の子役達との距離が遠くなってる気がする。



 のあちゃんと会話している間に、おばさんマネージャーは、スタッフ、演者に謝りを入れていた。


 メインが遅刻なると、1時間ほど開く事になるのか。子供だけで出歩くわけにも行かないし、そもそもロケ地は川の近くで、道路以外ほぼ何もない。

 さてと、何をしたもんかな。

 私はその俳優の出るシーンに出番があるので、来ないことには私の出番もない。


 「それじゃあ仕方ありません。時間もったいないんで、先に撮れてところとっちゃいましょう。エキストラに指示出して来て」


 そんな心配知らなかったみたいだな。

 まぁ先週撮れてなかったわけだし時間無駄にできないか。



 「それじゃあ1の1のテイク1」


 カチンコが鳴らされてる。

 私はこのシーンには出ないのでカメラの後ろで見る事になる。

 人の演技を見るのも勉強だ。

 

 「前回は野良猫を捕まえる仕事でしたが、今日はどんな依頼が来ているでしょうか?」


 クイッとメガネを人差し指で上げ、私が演じるヒナの兄が説明口調でセリフを言う。

 毎回、下校のシーンから始まる、このドラマのお決まりのカットだ。

 このあと探偵ポストから依頼を受けて、それを解決するのがいつもの流れだ。


 「それはもちろん派手な依頼に決まってるよ。少し前にやった空き巣を捕まえるみたいなやつ。そうに決まってるよね、しーなちゃん?」


 おっ、次は、のあちゃんのセリフか。


 「わたしは、あんまり危険なのはちょっと……」


 気の弱そうな1年生役。やっぱり上手い。


 「なんだよ、新入り! びびってたら探偵なんてできねぇーぞ!! 昨日やってたドラマじゃ拳銃持った犯人相手にこうシュ、スポーンって感じて」


 もともと幼馴染み3人で始めた子供探偵に、第2部から加わった、のあちゃん演じる天才頭脳は1年生しーなちゃんが、先輩3人に囲まれて、少し萎縮しつつも、馴染もうとする複雑な役所だ。

 その複雑な心情が伝わってくる。

 

 こう見ると私ってまだまだ主演が出来るほどじゃないんだなーって思い知らされるよ。

 


 「カット。はいチェック入りまーす」


 演技をガン見してるうちにカットがかかった。

 NGらしいNGも出さないなんてこの子達恐ろしいな。

 他の3人ものあちゃんほど注目されている子役ではないけど、それでも何本もドラマに出ている実力者だ。


 「うーん、これだと最後の方の表情がうまく撮れてない様な感じだな。セリフの途中で切って、前から撮るようにしよう」


 監督さんが、スタッフさん達になにやら意見を伝えているようだ。



 「テイク2いきまーす」


 あっという間に準備が整い、再び同じようにセリフが始まる。

 先ほどと同じ様に演技をする4人。

 セリフ噛んだりするようなこともなく、あっさり1発OKを出す。


 「カット」


 そっと監督さんたちが、見ているモニターの近くにいき盗み見ると、普段からは想像つかないほどに困った表情をしているのあちゃんが写っている。

 完璧に気の弱い女の子って感じの子だ。

 さすが天才子役だ。

 悔しいけど、今の私はのあちゃんに勝ってる部分なんて人生経験と顔ぐらいしかない。

 ただの可愛いことだけが取得の子役になりかねない。

 はぁー、十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人なんて諺があるけどこれじゃあ5歳で凡人じゃないか。

 そんな天才は、私の気も知らずにこちらにかけてくる。

 なんだかんだで仲はいいのだ。


 「紗那さま私の演技どうだった?」


 こうして擦り寄ってくる感じはどう見ても餌を欲しがる子犬だ。

 向こうがちょうど演技の話を振ってきたんだし、ちょっとコツでも聞いて見ようかな。

 

 「あのさ、のあちゃんって役作りとかどうやってるの?」


 「役作り? したことないかな」


 悩む素振りすらなく、ほぼ即答でそう答えた。


 「え?」


 あっさりし過ぎた回答に一文字の間抜けな声が漏れる。


 「だってここに書いてるもう1人の私のセリフ代わりに言うだけでしょ? 紗那さま何を言ってるの?」


 もう1人の私? はぁ? 

 28歳なのに言ってることが天才過ぎて、何一つ理解できないぞ。

 憑依させるとはちょっと違うみたいだし。


 私が持っている台本を指差しながら電波発言をしだす、のあちゃんに頭を悩ませる。

 演技のコツを聞くつもりが逆に混乱してしまったぞ。

 のあちゃんの言葉を噛み砕いてる最中に、慌ただしい声が聞こえてきた。

 件の遅刻俳優がやってたようだ。


 「す、すみません。はぁはぁ、遅くなりました」


 「急いで準備してくれ。出来次第すぐに撮るから」


 「はい」


 「それじゃあカメラを動かして。川で探しものするところ撮るから」


 私が演じる役はメガネの妹。

 ちょっと抜けているところがある設定で、このドラマにおけるトラブルメイカーだ。

 定期的に出ては事件の難易度を上げる。

 今回は川で見つけた探し物を取り合ってもう1度川に落とすそんな役割だ。

 そしてまとめ役のお兄さんが川に飛び込んで獲る。


 カチンコがなりシーンが始まる。


 「依頼主の話では、ここの川で遊んでいて大事なストラップを落としてしまったらしい。おそらくのどこかにあると思う」


 「え? それだと流されてるじゃないの?」


 「あぁ、それぐらい俺だってわかるぞ。今頃海をドンブラコに決まってる。新入りお前からも言ってやれ」


 「いえ、最近雨は降ってないですし、ここの川は、小さい子が入るのが許させるぐらい流れが緩やかで石が多いですので、近くにある可能性が高いと、思います」


 「お、おうそれぐらいわかったぜ! そうだ川の流れ緩やかなんだしドンブラコはしてねぇ!」


 「いいからさっさと探しちゃいましょうよ。ヒナちゃんもいるんだしあまんり遅くならないうちに帰るんだから」


 「僕はここでみんなを見てるから何かあったら助けに入るよ。くれぐれも溺れないようにね」


 「「「「はい」」」」


 1度カットをかけて、川にストラップをセットする。

 一応川の流れは緩やかにしてあるとはいえ、流されては困るので、ギリギリまで川に入れないらしい。


 

 再びカチンコが鳴る。

 次は水の中で探すシーンだ。


 「そういえばお前。今日は妹連れて来てるんだな」


 「どうしてもついて来るって聞かなくて、すいません」


 「全然。ヒナちゃん可愛いし、男ばっかりだとむさくるしいもの」


 「あ、あの私も一応女の子なんですけど……」


 「ごめんしーなちゃん。泣かないでー」


 「さっさと探すんじゃないのか?」


 「そうですよ、急ぎましょう。ヒナ、いいですか? お兄ちゃんの言う事を聞いて下さい。水は怖いですから」


 「はぁーい」


 メガネ君のセリフに返事をしてカットがかかる。

 メインに比べてセリフが少ないのは仕方ないけど、ほとんど印象に残らないよなこれじゃあ。

 私の心は個性と役の間で揺れ動いている。




 「どうだ? そっち何かあったか?」


 「いえ、それらしきものはないですね」


 「こっちもないよ」


 「あの先輩方あの橋の下はまだ探していませんよね? 暗くなる前にそこに場所を移して見ませんか?」


 「そうですね。暗くなってからでは探しづらいところですし」


 水の中を移動して、引き続き探すシーンだ。

 あまり長くいると風邪を引くかもしれないので、ミスなく終わらせてたいところだ。


 「見つけました」


 台本通りメガネ君がストラップを掲げて見つけたアピールをする。

 

 「お兄ちゃんわたしに持たせてよ」


 ここで私はそのストラップをメガネ君から奪うように飛び跳ねつつ、自然にそれを水に落とさなければならない。


 「ダメです。これは大事ものですから」


 「いいじゃん、ケチ」


 「ケチとかそういう問題ではありません。ヒナこれは依頼主に無傷で返さなければならないものなのです」


 「持たせてくれるぐらいいいじゃん」


 喧嘩らしく言葉の応酬しながらストラップ攻防戦を繰り広げる。

 兄妹喧嘩のセリフはアドリブやってくれと言われているので、メガネ君と探りながら喧嘩を演じる。


 そしてついにストラップに手が届いた。


 「「あっ」」


 予定通り流れるストラップを見送る。


 「急いで捕まえろ」


 本来はここから追いかけていき、まとめ役のお兄ちゃんが獲るという流れの予定だが。


 「カット! さなちゃんとアキ君のその取り合いのシーンもう少し迫力が欲しいなぁ。水飛沫上げる感じてよろしく」


 セリフに集中したおかげで、喧嘩が疎かになってしまったようだ。

 さぁテイク2だ。

 気持ちを切り替えてやらねば。

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