生意気な先輩の末路
「すいません紗那さん。妹が失礼な事を」
ももさんが帰ってすぐ、サトーさんは申し訳なさそうに頭を下げた。
こんな子供に頭を下げなければならないなんてマネージャーも結構大変なのかもしれないな。
「いえ、気にしないでください。妹さんはいつもああなんですか?」
私はこれでも転生者で、精神年齢は、ももさんの3倍近く生きているので、むかつきはするが、引きずるほどではない。
身体はまだ4歳だから決してチビだと決まったわけじゃないはずだ。
「はい。猫被りの激しい妹で正直困っています。母に頼まれて、仕方なくオーディションにねじ込んだら社長にあっさり気に入られて調子に乗っていると言いますか、勘違いしてしまったようで、態度も大きくなってしまって……悪い子ではないんですが」
人の悪口を言わないサトーさんがここまではっきり言うなんてももさんは相当らしい。
私が出会ってきた業界人ってだいたいあんな性格の人のばかりなんだけど、本当にこの業界大丈夫なのか? 激しく不安になって来たんだけど。
不安を取り除くために、それとなく聞いてみよう。
「ほんとに気にしていないですから。この業界の人ってみんな性格悪いんですか?」
「まぁこの世界は変人しかいないですから早めに慣れる事をおすすめします」
ダメだ。より不安になった。
慣れる事をおすすめするって本格的に危険な香りがするじゃん。
「そ、そうですか」
「さてと、雑談はここまでにして、オーディション合格のための戦略を練りましょう。紗那さんには合格して、妹の天狗になっている鼻をへし折ってもらいたいです。年下に負ければ少しは態度を改めるでしょうし」
「姉としていいんですか? それで」
「紗那さん、私はあなたのマネージャーです。担当の子の方を優先するのは当然のことです。それに地味でモテないなどと腹の立つ事を言われても会社の子役ですし直接、手を下せませんし」
もし手を下せる状態にあったらこの人、何を仕出かすつもりだったんだろう。
怖くて聞けないけど、間違いなく警察沙汰になる予感がする。
万が一にも、サトーさんが犯罪者にならないようにしっかりももさんの天狗の鼻はへし折っておいた方がいいかもしれない。
会社の評判は、私やママにも影響するし。
「まぁ、それでいいならいいですけど。私も目の前の仕事を全力でこなすだけですから」
オーディションに合格しつつ、ももさんの鼻をへし折る。
今回のお仕事は難易度が高そうだ。
夕方までオーディション対策を練り、サトーさんに自宅に送り届けてもらい、ママと夕食をとる。
今日のメニューは、白米、味噌汁、焼き魚にサラダだ。
「紗那ちゃん。初の打ち合わせはどうだったの?」
既に小骨まで取り除かれたほぐし身をご飯と一緒に口に放り込み味わっていると、ママがそう話を振ってきた。
「うーん、大変だったよ。打ち合わせの途中で、櫻井ももさんって人が入ってきて。その人と同じオーディション受ける事になったんだけどママしってる?」
ついでなので情報収集もしておこうと、話題にももさんを上げる。
ママは売れっ子だし、もしかしたらどこかの現場で一緒になっているかも。
「櫻井もも? いくつぐらいの人だったの?」
「多分、私より年上の小学生ぐらい。そういえばサトーさんの妹だって言ってたよ」
「あー、あの子ね。礼儀正しくてしていい子よね」
礼儀正しくていい子? あれがか? どっちかっていうと悪役にいそうな子だし、悪い子だと思うが? いやこれがサトーさんの言っていた激しい猫被りってやつか。
「………………」
考えるために黙りこんだ私を心配したのかママが声をかけてくる。
「あれ? 紗那ちゃんどうして不機嫌になるの? ママ今日のおかずに紗那ちゃんの嫌いなものなにか入れちゃった? そうなら食べなくてもいいからママを嫌いにならないで。紗那ちゃんに嫌われたママ生きてる意味がわからなくなるから」
おっと、ママが重度の親バカの症状が出てしまっている。
何か反応してあげねば。
「別に何も。ももさんって本当に礼儀正しくていい子なの?」
「そうねぇー。挨拶もしっかりしてくれたし、小さいのに敬語も使えていたいもの。紗那ちゃんが大きくなったらこんな感じになるんじゃないかしら」
「それはないよ」
ほぼ条件反射で否定する。
流石に私は子ギャルモドキ進化するつもりはない。
なんかギャルって怖くて、頭の緩そうなイメージあるし。
「え? もしかして反抗期の宣言? ママまだ心の準備出来てないから小学生3年生になるまで待ってちょうだい」
「違うから。私が大きくなってああはならないってこと」
ママがアホな事を言い出したので、はっきりわかりやすく否定しておく。
重ねていうが私は天狗系子ギャルにはならない。
「じゃあ不良になるって宣言? 喧嘩なんてだめよ。紗那ちゃんの可愛い顔に傷なんて付いたらママがおかしくなっちゃう」
不良イコール喧嘩っていつの時代の話だよとか、ママはもう既におかしいとか色々ツッコミたいこともあるけど、そんなことよりも重大な事に気がついてしまった。
「もういいやごちそうさま」
「ちょっと紗那ちゃん? 本当に反抗期かしら?」
どうやら、ももさんの猫かぶりは演技に厳しいママすらも欺く代物らしい。
ママは中途半端な演技をしようものならどんな人の演技でもはっきり酷評する。
もちろんその場でいうと現場の空気が悪くなるので、家に帰って来てから愚痴として吐き出す程度だが。
もしオーディションそれを上手く出されらたら私は負けるかもしれない。
初オーディションから上手く行くことは稀だとは思うが、出来れば早めに成功例をしってるおきたい気持ちはある。
というよりこの役はこの世界で誰より上手く出来る自信がある。
転生者としてのアドバンテージを活かした役なんてそうないし、今後の生活を楽に立ち回るためにも必要な役だ。
出来ればたくさん練習しておきたいところではあるけど、今回のオーディションの実技審査はその場でセリフを言われて、演技する少し変わった手法で審査する。
何でもアドリブ力をみたいらしい。
それに天狗の鼻をへし折る大事なお仕事もある。
チビと言われた借りはきっちり返す。
後、サトーさんを犯罪者にさせないためにも。
オーディション当日。
指定された控え室について私は、人の多さにびびって端の方で小さくなっていた。
ドラマのオーディションだし、ある程度までは予想していたけど、自分より大きい人ばかりで、萎縮してしまう。
「あっれー? チビじゃん。なんでそんなところで小さくなってんの?」
と、そこに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
顔を上げるとそこには。
「えっと、自称未来の天才子役さんだ!」
ももさんの顔があった。
前回みたよりもさらに悪い笑みを浮かべて、絡んで来たのでついつい本音が漏れた。
「はぁー? あたしはそうなる予定なんですけど? まぁいいや。あんまりあたしの足引っ張らないようによろしくー」
どうやら天狗の鼻はまだ伸びているみたいだな。
「私はそこまで性格悪くありませんよーだ」
余裕たっぷり去って行く背中に、舌を出して小馬鹿にする。
流石に面と向かってやるような勇気はない。
芸能界は縦社会らしいし。
出番が来て案内人の後ろを着いてオーディション会場に入ると、2つある椅子の片方に、自称未来の天才子役のももさんが隣に座っていた。
なんで? 出そうになる声をなんとか呑み込み椅子に座る。
部屋の奥側には、スーツを来た偉い雰囲気を醸し出している人と、ラフな格好の35歳ぐらいの中年のおじさんが座っている。
「では、オーディションを始めさせて頂きます。えーと、今回は演技を見たいので2人ずつ入って貰っています。右の君が櫻井ももさんでいいのかな?」
だからももさん足を引っ張るなんて言ってのか。
「はいっ。櫻井ももです。今年10歳です」
なんとあの子ギャルみたいな言葉遣いしかできないはずの口から敬語が飛び出した。
おお、信じられない。
「で、隣が花園さなさんですね」
「はいっ! 4歳です」
一応ももさんを見習って返事を返す。
サトーさんは子供らしく行ったほうがいいと言っていたので、極力心がける。
「元気があっていいね! それじゃあ早速演技審査に入らせてもらおうかな? 今からいうセリフを自由にアドリブを入れながら2人で演技して見て欲しい」
「「はい」」
指定されたシーンは子供の主人公の身体に初めて幽霊が憑依して喋るシーンだ。
もうひとりはおっさんみたいな言動に不信感を抱く友達という役割。
アドリブ力を見たいから、という理由で、誤魔化すセリフと疑うセリフは特に指定されてなく、子供らしい素朴な疑問をぶつけて欲しいとのこと。
私はあえて友達の子供役を引き受けた。
「それじゃあよーいアクション!!」
パンと手がぶつかりあい音をがなる。
カチンコの代わりらしい。
「おおっこれが生きてる身体。久しぶりの感覚だな」
ももさんが予め決められたセリフに合わせて演技を開始する。
サトーさんが言っていた通りお世辞にも上手いとは言えない。
これなら、のあちゃんの方が100倍上手だと思う。
次の私のセリフからアドリブが始まる。
さぁ、ママすらも欺く猫被り見せてもらおうじゃないか。
「真夏ちゃん (このドラマの主人公の名前)急に立ち上がって変なこと言い出してどうしたの?」
「え? いや、えーとそ、そう急に立ち上がってみたくなったんだよ。そういう時ってあるよねうんうん」
アドリブになった瞬間、表情は焦りに変わり、やたら大きな身振りで、誤魔化しにすらならないような事を言い出す。
ももさん。アドリブ力の欠けらも無いじゃん。
こんなで良くここまで調子に乗れたな。
ママも認めた演技力だと思ってたのになんだかがっかり。
せっかく気合い入れたのに。
「でも、真夏ちゃんさっきこれが生きてる身体とか、久しぶりの感覚だとか言って身体ぺたぺた触ってたよ。最近やってた男の子と、女の子が入れ替わったドラマみたいに」
「なっ、……………………」
ももさんの顔が驚いたままで固まる。
この後も大人気なく退路を断つようなセリフをさんざん出しまくり泣いて審査員さんが止めるまで続けた。
私はそのアドリブ力を評価されて、主役ではないけれど、セリフのある役をもらった。
主役は、12歳の別の事務所の女の子に決まった。
ももさんの鼻をへし折る方に力を注ぎ過ぎたらしい。
しかし、天狗の鼻が折れたももさんには大きな変化が、起きていた。
「あの、紗那様。あたしを弟子にしてください」
ももさんは私を様付で呼び、会う度に弟子入りを志願してくるようになった。
なんでこうなったのか全然わからないけど。
まぁ改心させられたならいいかな。
それと、サトーさんからも尊敬の眼差しで見られるし、もしかして今回もやり過ぎてしまったかもしれない。




