ライバルキャラ?
「それで、今来ているオファーってどんなのなんですか?」
サトーさんが昼食を食べ終えるのを待って私は口を開いた。
さすがに食べながら打ち合わせっていうのはちょっと行儀が悪いし、それに私もポテチをゆっくり食べたかったから多少時間をロスする事になっても待つことにしたのだ。
「ええと、まず一つ目がテレビ番組の子役アシスタントです。毎週土曜の朝に放送するバラエティー番組で、子供らしい明るい元気な子を募集しているみたいですね」
「子役ってドラマとか映画以外にもこんなオファーもあるんですね」
真っ先にバラエティー番組のオーディションが出てくるなんて予想外だ。
子役の仕事って意外と幅が広いのかもしれないな。
まだ一つ目の候補だけどさ。
「というよりも子供は成長が早いですから、入れ替わりが激しいんですよ。特に子供向け番組は数字がある程度、低くても長く続くことが多いですから、大きくなり過ぎると、視聴者側に引っ掛かりを覚えさせることにもなりますし」
「へー、それで2個目はドラマのオファーですか?」
「そういえば紗那さんは演技を中心にお仕事するって方針でしたね。ではこのオファーは断る方向で行きましょう。えーと、2個目はドラマですが……」
オーディションの概要とか注意事項を読みながら言い淀むサトーさん。
なんだその反応は? ちょっと怖いですけど一体何が書いてあるだろう。
「合格すると役としてCDデビューする事になるみたいですね」
「はい? なんでそんな事になるですか?」
ドラマの主題歌を主演のアイドルや所属するユニットで歌うならよくある話なので理解出来るが、なぜ子役の出演オーディションで合格するとCDデビューがついて来ることになるのかさっぱりわからない。
芸能界難しい。
「このドラマは、主演キャスト3人が魔法少女になって敵を倒すみたいなよくあるドラマみたいで、女児向け番組らしく戦闘シーンの代わりに歌の力で敵を倒す設定なので、主題歌と挿入歌、エンディングを歌ってもらう事になると書いてありますね」
「サトーさん、出来れば歌はやめておきましょう」
脳裏によぎったのは、子役時代の歌を大人になってから聞かされ赤面する、子役上がりの俳優や女優の姿だ。
前世で見ていたバラエティー番組では時々デビュー当時の思い出話しを聞くために、そういう事をするがある。
小学生にまる前にやめるとしても、この先子役をやっていたことがバレたりすると歌ってよー、なんて軽く言われて恥ずかしい思いするのは避けたい。
これは引き受ければ間違いなく黒歴史になると直感が告げている。
「そうですか? 子供らしくていいと思ったんですけど。でも考えて見れば、文乃さんの教育のおかげで、あまり子供っぽくないイメージの紗那さんには、合わないかもしれませんね。時々社会人同士の会話しているのかと錯覚してしますし。まぁ、最近の子役はしっかりした子も多いですから気の所為だとは思いますが」
確かに、最初こそ警戒して子供らしい感じを頑張って演じていたけど、ママとかサトーさんとかツッコミ必要のある、ぬけてる人たちに囲まれていたせいで、最近、ほとんど素で受け答えしていたな。
誰も気にしてなかったから、最近の子供はそういうものなのかと、思っていたけど、口に出してなかっただけらしい。
もう少し成長するまでは、子供らしいを心掛けた方が良いかもしれないな。
まぁ、ママの教育のおかけでしっかりした子供と勘違いされているみたいだねけど。
「と、ところで3個目はどんなオーディションなんですか?」
あまりこの話題を続けられても心臓に悪いので、さっと軌道修正をする。
「3個目ですか? これは普通のドラマですね」
「それでどんな話なんですか?」
「霊感のある子供とその家に住み着く幽霊がメインのドラマで、その子供に幽霊が憑依して自分の死の真相を突き止めるミステリーみたいですね。大人っぽい紗那さんには意外といい役かも知れませんね。……ですが、大人っぽくと言っても設定は男の幽霊みたいですし難しいかも」
この上ないぐらい今の状況に近い設定のドラマじゃないか。
もしかしたらこの役を勝ち取ることが出来れば、今のように疑われた時も役作りと言いはれるし、これは悪くないのではないか。
そうと決まれば。
「サトーさん! そのオーディション受けましょう!!」
「えっ? は、はい。わかりました。オーディションの詳細の載っている紙を取ってきます」
かなり驚いた様子で自分のデスクに小走りでかけていくサトーさんの様子を見ていると、パーテーションの向こうからなにやら言い争う声が聞こえてきた。
打ち合わせ用のブースとブースの間はパーテーションで区切られているだけなので、それなりのボリュームでも会話が筒抜けになってしまう。
「あのさぁ、このあたしがそんな子供じみた役引き受けると思ってるわけ? 何よこの良い子の広場ってセンスの欠片もないタイトルのバラエティーは! あたしは女優なのっドラマのオファーを持ってきた来なさいよこの無能!!」
「そ、そうでよねぇー申し訳ありません」
やや幼い声がひ弱そうなおっさんを罵倒する声がただ漏れになって聞こえてくる。
性癖が性癖ならお金を払ってでも受けたい人もいるかもしれないが、美幼女となった私には、ただの迷惑な騒音でしかない。
ちなみ良い子の広場は私が、さらっと流した1個目のオファーだ。
ということは隣も子役なのかな?
すごく性格きつそうだし、わがままみたいだし
レッスン場で聞いたことのない声だしさては売れっ子、子役ってやつか?
「紗那さん、おまたせしました。これが詳しい審査内容です」
ちょうどサトーさんが戻って来たし聞いて見るか。
これからライバルになるかもしれないし。
「あのサトーさん。隣すごく揉めてるみたいなんですけど大丈夫ですかね?」
話を振ると、1度立ち上がって隣りのパーテーション中を確認すると、一瞬見たくないものを見てしまったような嫌な顔をして、音を立てないようにゆっくり座りなおした。
「あー、ももさんですか。大丈夫ですよきっと、それより最初の自己PRなんですけど」
軽く流すと、オーディションの話に軌道修正をしようとしてくる。
これは何かあるのか? 気になる。
「ももさんって何者なんですか?」
「そんなことはどうでも良くてですね。どういう内容でPRするのがいいか」
サトーさんにしては珍しく雑な誤魔化しをしようとするので、好奇心がめちゃくちゃ刺激される。
これが童心ってやつなのか? なんだか聞いちゃいけない感じはするけど無性に知りたい。
一瞬の葛藤の後、思い切って聞いて見ることにした。
「サトーさん? どうしてそんなに話題を逸らすですか?」
困った顔をサトーさんが口を開いたり閉じたりしながら迷っていると、横のパーテーションがズレて、見知らぬ女の子が顔を出してきた。
「やっぱりお姉ちゃんだ、打ち合わせ?」
「こら、もも。自分の打ち合わせに戻りなさい」
目の前で争うい始めるサトーさんと、隣のブースからやってきた10歳ぐらいの女の子。
その様子はなんだか知り合いのような気安さがある。それにサトーさんがいつもと口調が違う。
「もしかしてサトーさんの知り合いですか?」
「はぁ? あなた子役なのに私の事も知らないの? ふんっ、仕方ないから自己紹介してあげるわ。あたしは櫻井もも。この地味でモテないマネージャーの妹よ。それからチョー売れっ子、子役になる予定の天才よ」
サトーさんに聞いたのだが、割り込むように前に出てきて自己紹介を始めたももさん。
膨らみの欠片もない胸を反らして強調して偉そうなアピールのつもりだろうがぜんぜんカッコがついていない。
子役になってからはドラマを見るようになったけど、残念ながら櫻井ももなんて名前は見かけたことがない。
ママの現場に付き添いで何度か行ったりしてるけどそこでも1度も見かけたことがないし、確実に売れっ子ではないようだ。
売れっ子になる予定とか言ってるし。
というわけで訂正申し上げます。
「こら! 誰がモテないよ。私はただ可愛い女の子が好きで、男に興味を持ってないだけよ! それにももは私のコネで入っただけでしょう? 演技は棒だわ、そんなに可愛くないわ、生意気だわで扱いづらいで評判よ。うちの社長に気に入られてなければとっくに追い出されてるわよ。この猫被りが」
モテないマネージャーと紹介されたことがよほど腹に据えかねのか、とんでもない暴露をいくつしながら怒りを顕にするサトーさん。
ママと意気投合してた辺りからちょっと危ないかもとは思っていたけど、まさかこんなタイミングでカミングアウトするとは。
ちょっと身の危険を感じる気がするし少し距離を取らせてもらおう。
ほら、私すごい美幼女だから。自分で言うのもなんだけど天使級に可愛いから。
「ちょ、お姉ちゃんの担当の子すごく引いてるんだけど。てか、しれっと後輩への評価下げるようなことを言わないでよ」
「紗那さん。大丈夫です。私は愛でるの専門で手を出すタイプではないので」
この人、真面目だと思ってたけど、ただのやばいヤツだった。付き合い方を考える必要があるかもしれない。
普通に考えてたら、同性に上目遣い攻撃がクリティカルヒットすることなんてあるわけないじゃん。
それに自己弁護が愛でるの専門とか言い出すあたりがすごくリアルだ。
最悪マネージャーを変えて貰うことも考えなければならないかもしれない。
それにこのわがままで毒舌なそこそこの女の子がサトーさんの妹? ぜんぜん似てない。
「あのぉーももさん。まだ打ち合わせの途中ですのでー戻っていただけると……」
横のブースから声のイメージ通りのひ弱そうな男の人が申し訳なさそうに入ってきた。
「どうせ、ほかもろくでもないオファーなんだから全部拒否で、主演とか持ってきなさいよ。あっ、これいいじゃない」
サトーさんが持ってきたオーディションの詳細が書かれた紙を奪いとっても笑顔を見せるもも。
残念ながらその笑顔も魅力的からは遠い。性格の悪さがそのまま出ているようだ。
「返しなさいもも。それは紗那さんのオーディションです」
「ならあたしもこれ受けるわ。それなら文句ないでしょ? というわけでだからそこの黒髪のチビよろしく」
これは大問題な気配が。
というかチビっていうな、この微妙な顔の少女、略して微少女が。
流石に先輩みたいだから口には出さないけど。
後、ひ弱マネージャーよペコペコ頭を下げる暇があったら持って帰ってくれ。
そいつは私にとって厄病神だ。
サトーさんの知りたくもない秘密を知ることになったし、オーディションのライバルは増えるし、この数分で状況を恐ろしく悪くしてくれたし。
神社行ってお祓いでも受けようかな。




