サトーさんってこんな人
事務所の打ち合わせ用のブースにて、私は渋い顔でサトーさんと向き合っていた。
「…………………………」
「紗那さん、確かにこの4つのオーディションは、同じ日に開催されますが、会場が近いので頑張ればすべて参加できます!! 時間も幅がありますし問題ないはずです」
両手を胸の前に持ってきて握り拳を作りながらサトーさんはそんな妄言を吐きつつ、熱弁をふるう。
その目には赤い炎が灯ったように萌えたぎって、なんだか部屋が暑苦しい気がする。
私は、その様子を可哀想なものを見るような目で黙って見つめつつ、どう反論したものか頭を悩ませていた。
真面目過ぎるサトーさんは、これまで私に来ていたオファーを律儀に全部保留してくれていたらしく、新規のオファーを含めると、それぐらいの無茶をしなければ、こなせない程の量になってしまっていたらしい。
そこは理解しているが、だからと言ってはいそうですね任せて下さいとはとても言えない仕事量。
前世での教訓はしっかり活かさなければ、墓に入っている社畜時代の身体に申し訳が立たない。
「落ち着いてサトーさん。これだと私、朝早くから、準備しても余裕で、日付跨ぎますよね? しかもこれ明後日締切じゃないですかっ!!」
本来は受ける受けないの話し合いをするような期間ではなく、どうすれば受かるかを打ち合わせるべき時間だ。
ぶっちゃけて、いえば準備時間が足りないのに受かるわけがないだろうという気持ちが強い。
出された仕事は基本全部やる社畜ではあるが、手抜きをするのは一番流儀に反する。
やるからには完璧にこなす。でなければ何もしていないのと結果は変わらないというのが、ブラック上司の口癖だった。
私はそれに少しだけ共感している。
まぁ、その上司は仕事を完璧に他人に丸投げしていたけどさ。
それに、今の状態で行くのは他の応募者や審査員さんにも失礼極まりない。
彼らだって時間を割いてその場を設けているのだから、中途半端で向かうのはやっぱり違う気がする。
「大丈夫です。紗那さんは講師にトラウマを植え付けられるような印象的な演技の出来る子役です。受ければだいたい受かるはずです。ぶっちゃけて子役なんてある程度の演技力があって、可愛ければ問題ありません」
こいつ、サラリと全国の子役の養成所に通わせているお母様方を敵に回す発言をしやがったぞ。
サトーさんって真面目な人だと思ってたけど、もしかして悪い意味で業界に染まってるのかも。
真面目過ぎるのも問題らしい。
それと、講師の話はやめてください。反省してるので。
「でも、演技は練習が大事ですよね? 一気に4つも練習なんてできませよ?」
初のオーディションだからこそ全力でやりたい。
意外と業界内は狭いわけだし雑にやって悪い噂がたっても困る。
「確かにそうですね。私焦り過ぎていたようです。では、半分の2個にしましょう。これなら問題ないでしょう?」
ようやく、熱が冷めてきた、サトーさんはいつもの真面目で冷静なモードに戻り、そんな提案をしてくれた。
良かったママと違って話が通じる。
「まぁ、2個なら……なんとか出来そうですけど」
「乗り気になれませんか?」
「なんか仕事を選んでるみたいでなんか嫌な感じですよね」
出された仕事は命を削ってでも完遂するのが私の流儀。
仕方のない事とはいえ、半分も仕事を捨てるのはやっぱり心苦しい。
「いえ、業界にはもっと仕事を選ぶ子役だっていますよ。例えば、ライバル事務所の女の子は、ドラマと映画の主役とCM以外は絶対やらないってオファーを全部突っぱねていますし、若手人気有名俳優だって稽古に時間がかかる舞台はNGだとか言ってますし、売れっ子はだいたいわがままです!」
「ママもわがままだったりするんですか?」
サトーさんが強い口調で断言するので、少し興味が出た私は、ついそんな事を口走った。
ママも一応売れっ子の部類に入るし、ママの仕事、事情なんてそうそう聞く機会ないからぜひ聞きたい。
「文乃さん? うーん文乃さんは、仕事のNGはなかったんですけど、その分スキャンダルがね……。熱愛発覚かと思ったら電撃結婚ですもの。私がどんだけ各方面に頭を下げて回ったか。私、全然悪くないのに、全くどうして…………」
あっ、やばいこれ地雷踏みましたね。
そろそろお昼だし、出前でもとろうかな。
サトーさんが闇から戻って来るのを注文した、お弁当を食べながら待っていると、不意にサトーさんがこっちを向いた。
「紗那さん、どうしてお弁当を?」
食べている、ハンバーグ弁当と、私の顔の間を視線で、行ったり来たりしながら、心底不思議そうな顔をする。
もしかして今まで気づいてなかったのか。
「お昼なので、デリバリーして貰っちゃいました」
大手の事務所だからなのか、打ち合わせ用のブースにはいくつかデリバリーサービスのメニュー表が置いてある。
その近くには電話まであるので、頼まない理由がない。
しかもお金は事務所持ちだった。
社員食堂がないので、出前で済ませる人が多かったらしく、ならいっそのこと提携を結んでしまえと、社長の一存で決まったらしい。
流石は大手芸能事務所だ。太っ腹。
「じーっ」
「サトーさんもお昼食べたらいいじゃないですか?」
じっと見つめられると食べにくいことこの上ない。
「そうですね。流石にこの時間から出前では遅くなってしまいますし、コンビニに行ってきます。紗那さんはここで待っていてください。すぐ戻りますので」
コンビニだって? ぜひとも行きたい。
久しぶりにポテチの一つでもつまみたい。
生まれ変わってから、ママの料理と高級な店の料理しか食べていないかったけど、元々私はコンビニ飯で社畜時代を過ごしてきたのだ、懐かしい味を堪能したいと思うのは自然な事だ。
「あの、サトーさん。私も行っていいですか? その……コンビニ? 今まで行ったことないので」
本当の事を言うとややこしくなるので、適当に嘘をでっち上げる。
まだ1人で出歩ける年齢じゃないので、こうでもしないとコンビニにはいけない。
「構いませんけど、お菓子なんて買って上げませんよ」
サトーさんはまだ子供がいないようだから知らないだろがその言葉はフラグというやつだ。
「ポテチゲットー!」
自動ドアが開いて、外に出ると、レジ袋から取り出したポテチを抱き抱えながらスキップする。
おねだり作戦は見事大成功を収めた。
前世の4歳の時は泣き喚くしかできなかったが今は違う。
使える武器は全部使う。
美幼女の上目遣いがここまで使える技だとは知らなかった。
真面目なサトーさんがたったの3秒で、一つだけですよ、と言ったんだから。
この技は乱用を避けてここぞって時だけ使えばチート呼べるものだ。
可愛く生まれて良かったぜ。
「紗那さんの将来がとても心配です」
後ろから少し沈んだ声が聞こえたが気にしない。
これを食べながら午後も打ち合わせ続きをするわけだし、気持ちを切り替えなければ。




