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乙女の世界

彼女の話を要約すると、こうだった。


自分が転生者であることに気付いたのは半年ほど前。

その頃には病弱な姫に変わって、既にゲームの主人公が影武者として王室を出入りしていた。

そしてその破天荒な振る舞いと、人情味あふれる性格で周囲の人々をひきつけ、すっかりと王宮のアイドルとなり……


「あたしが邪魔をすればするほど、あの娘の好感度が上がって行ったのよ」

――まあ、そこらへんはゲームの進行と同じだ。


「気付いてから、なにか特別な対策は取ったのか?」


問題はそこだろう。ゲームの内容と違う部分が存在するなら、そこを加味して計画を修正せねばなるまい。


「そ、そうね……

政治的な駆け引きとしては、お父様に違法な事はやめてってお願いしたわ。

そしたら、ちゃんと約束を守ってくれて。

――かえって立場が危うくなってる」


「良い人すぎる公爵だな!

まあいい、その方が後々リカバーしやすいかもしれん。

それ以外には?」


「あと、あの娘への嫌がらせは……

服を破くのは可哀想だから、カブトムシをスカートに付けたり。

階段から背中を押して突き落とす代わりに、カブトムシを背中に付けたり」


「なんだその微妙な嫌がらせは!

それから、カブトムシに何か思い入れでもあるのか?」


「裏の森にたくさんいるの。

アレはアレで可愛いから…… あたし何匹か飼ってるのよ。

後で見る? 昨日また新種っぽいの見つけたんだけど」


「……カブトムシのことは分かった。

しかしそれは、嫌がらせとして成立したのか?」


「取り巻きの娘たちは、キャーキャー言ってたけど。

本人は、ケロッとしてたわね。むしろ喜んでたみたい。

なんだか趣味が合いそうな感じよ。

問題は後で取り巻きにバレて……

――あたしの立場が悪くなったことぐらいね」


いかん…… こいつ、思った以上にポンコツだ。


計画は思った以上にハードになるな。

そうなるとゲームオーバーの期限を確認して……

逆算でスケジュールを追い込むしかないか。


「それで、病弱のふりをしてるお姫様……

魔王の復活までは、あとどれぐらいなんだ?」


「態度はムカつくけど、さすがね。

今の状態で、あのお姫様がホントは封印された魔王だって知ってるの、転生してるあたしぐらいだと思ってたんだけど。

――ねえ、あなた何者なの? 悪魔じゃないって言ってたけど。

その感じからすると、吸血鬼の神祖とか……

ひょっとして凄いチートを授かった転生者とか」


「私か? お前たち風に言えば移転者だが、チートなど持っていない。

通りすがりの、 ――大学教授だ。

まあ私の頭脳をもってすれば、悪魔も神祖もチートも、敵ではないな」


私が胸を張って、自己紹介してやると。

ポッチャリ悪役令嬢は、ポカーンと口を開け。


「生贄をケチったから、こんなムカつくおっさんが出てきちゃったのかな?」

クマのぬいぐるみを抱きかかえて、そう呟いた。


「失礼な! 私はまだ31歳だ。

厚生労働省の定義でも34歳までが若年層だし、心理学の定義でも同じだ。

医学では39歳までを若年者と呼んでいる!」


「あ、おっさんの方に反応して怒ってるんだ。

――なんか、それはそれでムカつくけど。

ここも譲れないよね……

10代のあたしから見たら、31は立派なおっさんよ!」


「そんな主観的でどうでも良い意見など知らん!

おい、ポッチャリ・ポンコツ娘。

自分の立場を理解してるのか? そんなことを言ってると助けてやらんぞ!」


「ぽぽぽ、ぽっちゃり!?

おっさん、身体的な特徴を口に出して言っちゃダメって。

学校で習わなかったの?

それに、やたら自信ありそうだけど! ホントになんとかできるの!!」



我々はおっさんと言う呼称の定義や、女性の容姿に対する表現について、熱い討論を交わした。

そして、お互いのプライベートや価値観の情報を交換し始めた頃……

私の身体が淡く消え始めて行った。


――ろくに計画の話はできなかったが、実りある議論であったことは間違いないだろう。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



目が覚めると、左頬にべったりとキーボードの跡がついていた。

シャワーを浴び出かける準備が整う頃には、体中の懲りもなんとかとれ。


「ふむ、おかしな夢を見たが……」

不思議と、心が弾んでいた。


「もう一度あの夢を見たいか?」と、問われたら。

――どう答えるだろう。


そんな自問自答を繰り返し、研究室の扉を開けたら。


「先生? あの、研究室の口座に変な振り込みがあったんですけど」


立花君がパソコンのモニターを指さして、首を傾げている。

覗き込むと、画面には電子口座の入金一覧が表示されていた。


【イセ)カンリケイサツチキュウシブ  金額 3,000,000】


「かんりけいさつちきゅうしぶ? って、ご存じですか。

イセの、カッコって…… なに法人の略なんでしょう?

イだけなら、医療法人なんですけど。それとも、何かのミスなのかなー」


両腕で胸を持ち上げるようなポーズで私に顔を近づけ、悩む立花君に……

それは「異世界管理警察 地球支部」だと言おうとしたら。

――ポケットのスマホが震えた。


メールの着信通知はOFFにしてある。

不審に思い、それを開けると。



<差出人>ニャー・アズナブル

<件 名>ありがとうございました


<本文>

昨夜はお疲れ様でした。

早速の接触、さすがです。

こちらで依頼した「候補者」で、対象にアクセスできたのは先生が初です。

当局といたしましても、今後のご活躍を祈ります。


尚この情報は極秘となっておりますので、他者への口外はお避け下さい。

また、サポートが必要でしたらこのメールまでご返信を。


取り急ぎ、ご報告まで(=^・^=)




どうやら私は監視されているようだ。

――うむ、面白くなってきた。


昨夜のことが急速に脳を駆け巡る。

自分を落ち着けるために小さな深呼吸をした後。


「立花君。キミは魅力的だから、そんな首の大きく空いたシャツでは目のやり場に困るよ。

もう少しおとなしい服装だと助かる」


ポンコツ娘から聞いたとおり…… そう、言ってみた。


「そ、そんな……」

顔を赤らめ、モジモジする彼女に。

あのポンコツの意見も馬鹿にできないと、再認識した。


やはり研究者たるもの、先入観は邪魔なだけだ。


「その入金は間違いない。

込み入った研究の依頼があってね。その手付金だよ」

当たり障りのない返答をしておく。


「これからその研究の準備に入らなくてはいけなくなったようだ。

午後の講義はキャンセルしておいてくれ」

そして、帰り支度を始める。


――グズグズしては、いられない。


ポンコツ娘から聞いた情報をもとに、ゲームをやり込む必要があるし。

攻略サイトの情報も、もっと必要だ。

そうそう、ダイエット・メニューの作成もしなくてはいけないな。


「先生! どちらへ?」

立花君の声に振り返って、私は返答に少し悩んだ後。



はやる気持ちを押さえながら……


「乙女の世界」

――そう答えて、研究室を後にした。

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