Turn06 フィラディルフィア/3
「目が覚めましたか?」
再び目を覚ましたカノエの目に飛び込んできたのは、ユードラの顔だった。
【起きたよ~】
何かの端末に喋りかけるアトマの姿が、視界の端に見える。
低血圧の朦朧とした頭で、ボーっと天井を見つめた。
また見覚えのない部屋だった。
「やっぱり、夢じゃなかったんだな……」
カノエは自分の手を天井の明かりにかざしながら言った。
蛍光灯でもLED照明でもない、見慣れぬ明かり。
「ええ今、目を醒まされました」
ユードラがアトマと一緒に備え付けの通信端末でどこかと喋っている。
「――カノエ様、立てますか?」
「……大丈夫そうです」
疲労で体は重いが、頭の方は随分のハッキリしていた。
靄の晴れたような清々しい気分。それとも、単なる開き直りだろうか。
【それじゃ航行指揮所にいくよ。みんなお待ちかねだし】
「航行指揮所?」
不思議に思いつつ、ユードラに手を引かれて、カノエは立ち上がった。
今度は曖昧さも、浮ついた孤独感もなく、その脚はしっかりと地を踏んだ。
通路とエレベーターはジルヴァラの中ほど狭くはなく、思っていたよりも広い。
「さ、ここがフィラディルフィアの航行指揮所です」
ユードラがタッチパネルで両開きの扉を開くと、ディスプレイの沢山並んだ薄暗い部屋だった。
「やっほー、カノエ君起きた? まだ寝ぼけてる?」
そう言ったのは、セラ――セラエノだ。
「よう。ミクモ君、お久」
「あんまり船長に迷惑かけんなよ」
続いたのはカノエも知る二人、ライゼンにユージン。
以前、遠野ミストで見た彼らより随分歳は行っているが、あの時の彼らの面影はあった。
「え、あ、ど、どうも」
しどろもどろに返事をしていると、横から声が掛かる。
「いやあ、八面六臂の大活躍でしたなミクモ殿」
豪快に笑うレイオンまでもが居た。
その向こうでは他の船員が業務の手を止めて、カノエに微笑みながら敬礼を送っている。
「ここは……?」
「私の船の中だよ」
「そうか……そういえば、ナスカ渓谷戦の後……僕は……」
カノエはおぼろげに、ジゼルとの闘いを思い出していた。
彼女の実力は、あの胡散臭い固有発現能力を持つシュタルメラーラの性能を考慮すると、セラエノのアストライア以上かもしれない。
よく勝てたものだ。
「って、あれ。じゃあ、なんでユードラさんとレイオンさんが居るの?」
正面の大きなディスプレイに映っているのは惑星レンドラ。ここがセラエノの外宇宙船ということは、レンドラの大きさから考えて衛星ファーンの軌道上というところだろう。
「私たちもアトマ様の旅に同行するからですよ」
「はい?」
思わずアトマが良くやる変な声が出る。
「私は姫様の護衛として同乗します。よろしく頼みますぞ、ミクモ殿」
そう手を差し出して続いたのはレイオンだ。
「ちょ、レンドラはどうするんです!? 領主様に騎士様でしょう?」
レイオンの握手に応えながら聞くと、答えたのはユードラだった。
「新しい代官を派遣するように、父に連絡艇を飛ばしました」
「それにしたって、新しい人来るまでは……」
「カノエ様と一緒に戦ったラグナというヘルムヘッダーが居ったでしょう」
「ラグナは家柄的にも申し分ないので、レンドラ惑星侯代行を申し付けて着ました。ナスカ渓谷戦をエルハサル隊では唯一無傷で生き残ったこともあって、民衆の支持も上々ですよ」
そういって、ユードラは荷が下りたと言わんばかりに肩を回した。
「うわぁ……」
口には出さず、遠くに浮かぶレンドラを見、一度は共に戦った戦友の苦労に思いを馳せた。急に大きな責任を押し付けられるというのは辛く面倒なものだ。カノエも他人事ではない。
「まあ、レンドラはラグナが上手くやるでしょう。そういうわけで私は無事、本業の学者に戻れたと言うわけです。よろしくお願いしますね、カノエ様」
そう言ったユードラの眼鏡の奥、翠色をした瞳は探究者の灯を帯びていた。
研究対象はまあどうせ、カノエとアトマのことだろう。