Turn06 フィラディルフィア/1
ジルヴァラがラーン軍港へ降り立つと、集った群衆から歓声が上がった。
皆一様に喜んでいた。歓喜に沸いて、手や帽子をジルヴァラに向けて振っている。
「え? ええ?」
その様子にカノエは困惑した。
辛うじてジゼルを退けたとは言え、指揮を任されたエルハサルは一隻が中破。もう一隻に至っては頭部艦橋を砕かれ、ヘルムヘッダーが命を落としている。
罵倒を浴びると思って覚悟していたカノエは、拍子が抜けてしまっていた。
「二隻もやられて、一人は……」
【それでも、ナインハーケンズは退けたよ?】
「大体、あの人たちが襲ってきたのだって、僕らのせいじゃないか」
そもそもジゼルの狙いはジルヴァラだった。カノエとアトマがここに逃げ込みさえしなければ、ここの人たちは戦いに巻き込まれることも無かったはずなのだ。
「君が観ていたプラネットエミュレーションは古代太陽系時代でも、特に治安が良くて平和な街が選択されていたからねぇ」
セラエノが笑みを浮べて言いながら、アストライアを隣に着陸させる。
「セラ……じゃない、セラエノ……って呼べばいいのか」
戦闘中は気づかなかったが、よく見れば、以前のセラとは雰囲気が随分違っていた。
黒髪は同じだがより深い色をしていて、丁寧に編み込んである。肌は白く、何より耳がゲームに登場するエルフのように長かった。
「ジゼルって、実はクヴァル超帝国の凄い貴族で、ナインハーケンズも帝国認可の私掠船なんだけど、ああいうのって、“庚君の”プラネットエミュレータの歴史観だとかなり古い組織形態でしょ?」
セラ――セラエノは微笑んだまま言った。こういうことには慣れているのか、アストライアが右腕を挙げて群衆に応えている。
「大航海時代とかカリブの海賊とかって十六世紀ごろ……だっけ」
それもカノエにとっては、歴史の知識ではなくゲームや映画の記憶だ。海賊や海戦がテーマのゲームは意外と多い。
「六千年の間に、戦闘の大半は外宇宙船と骨格艦の遭遇戦でしか行われてないこの銀河では、剣戟戦の勝敗は自分に直接影響する。だから、ヘルムヘッダーは命を懸けて当たり前だし、市民は贔屓チームを応援するように勝利を願うのよ」
「それでも戦争には変わらないんじゃないの? 人が死んでるんだよ?」
そう。しかも全高百mを超す巨大な骨格艦が、超構造体すら両断する重力刃を振るう。
音速の数十倍の速さで宇宙から降ってきて、その衝撃波だけで都市機能に障害が出る。怪我人や、死人も出ているだろう。
「戦って死ぬのはヘルムヘッダー。それは戦士で、無辜の市民じゃない。それに死ぬ覚悟も勝つ気もないなら、戦闘艦なんかに乗るべきではないよね?」
セラエノはそんな風に、カノエの疑問をケロリと斬って捨てた。
「――まあ、今回は都市部に流星突撃しかけたのが居たみたいだし、それに外宇宙船同士の宙空戦なんかだと、市民も兵役もへったくれもなく一般人も巻き込まれるけども」
「ん? ちょっとまてセラ――ああもう、じゃないセラエノ? それじゃあ僕が出会い頭に何回も殺されかかったアレは、仕方ないって話ですんじゃうのか!?」
「や、もうセラでいいけど」
【骨格艦に乗ってる以上、任意交戦は大体の超国家組織の憲章で認められてるんじゃ?】
セラエノが噴出して笑ってしまったので、アトマが気を利かせたのか、間をつなぐのに口を出した。
「ヘルムヘッダーは基本的に、どこの超国家組織でも最小単位の領主扱いだから、仕方ないっていうか、超法規的権力を持ってる以上、そういうのは自己責任だよ? カノエ君」
「ええー……」
【これが一般人だったら、戦った時点で君、重犯罪者だし、いいんじゃないの?】
「なんか、いろいろ責任が重すぎるんですけど……ここの人たちの命まで懸かってたなんて自覚全然ないよ?」
「これからはその力の責任を背負って生きていかなきゃならない、ってことだよ。大体君、ジルヴァラから降りてこの世界で生きていける?」
セラエノが悪い顔で囁いた。
Turn06はエピローグになります