Turn05 ジゼル/13
カノエの耳朶を明瞭に打ったのは、変わらぬあのセラの声。
単純な話だった。
カノエは寂しかったのだ。何の為に戦うのか、理屈では判っていても人はそう簡単に割り切れない。一人で戦う虚しさを。
「ああ――いっぱい任せてくれ。セラ」
それはゲーム時代は“見知った仲間と協力して戦うのは楽しい”程度のものだった。
だけど今はその信頼が力をくれる。
見知った声。背中を預ける仲間がそこに居る。ただそれだけで、カノエに宿る不屈の闘志が甦った。
カノエの晴れた心に反応するように、ジルヴァラの剣速が増す。
神速の鍛錬鋼刃がヘイトレッドを発動していたシュタルメラーラの艦上曲刀を弾き飛ばした。
「……おい」
呆気に取られたジゼルが、動揺とも感嘆とも取れる声を出しながら、一方でシュタルメラーラは意に介さずとばかりに、二本目の艦上曲刀を可動式格納庫から抜き放つ。
「コイツはどうも潮目なんだが……」
セラエノが衛星軌道上から降ってきたせいで、場の流れを一気に持っていかれた。
左腕は手首から先を損耗している。数の優位も失われ、五分の状況まで引き戻された。
ジゼルは海賊。優位な状況で強襲をかけ、手早く勝負を決めて、対価を引き出す交渉をし、さっさと撤収。それが海賊ナインハーケンズの商売手口だ。
カノエにはああ言ったが、外宇宙船ならともかく、惑星相手に古典的で強引な略奪は効率が悪い。
だから、ここはもう引き揚げ時だった。
シュタルメラーラの構えた艦上曲刀の切っ先が、迷うようにユラユラと揺れる。
理屈はそうだ。だが――
「やられっ放しは性じゃなくてねッ!」
――ゴッ――と言う、超構造体同士の鈍い激突音が戦場に響く。
左手を失ったシュタルメラーラの“左腕の打突”がジルヴァラの頭部艦橋に直撃したのだ。
掴み攻撃と同じの軌道の、その攻撃にカノエはきっちりと反応。受けに構えられた鍛錬鋼刃の重力刃が、シュタルメラーラの左腕外装甲板をガリガリと削ぎ落とす。
“ヘイトレッド”によって強化された手首から先の無い左腕は、腕部の骨格フレームで頭部艦橋を強引に打突。その威力はジルヴァラが浮き上がるほど。
「頭部艦橋をシェイクされりゃ、一溜りも無いだろ? ここで終われ少年ッ!」
赤い眼を輝かせたジゼルの咆哮が轟く。
重力を操る骨格艦は通常、加速などから艦内に発生する振動や衝撃もすべて制御しているが、激突衝撃などは戦闘制御中のストラコアには完全には抑制しきれない。
左腕が犠牲になるが、打突で揺さぶられたヘルムヘッダーの隙を強引に斬る。ジゼルの喧嘩殺法。
しかし――
「生憎こっちはアトラクションもどきのガタガタ暴れるクラウンシェル筐体で、毎日セラにボコボコにされてたんだぞッ! このくらいがどってことッ! あるかぁッ!」
衝撃に激しく揺さぶられながらもカノエは操縦桿を握り締め、吼えた。
それに応えるように、セラに勝つためにずっと積み重ねていた経験が正確無比のコマンド入力を実現。
ジルヴァラはカノエの意思によって、殴られた勢いを利用しての、残像を残すほどの速度で後退回避。
剣戟を完全に見切って着地。
シュタルメラーラの必殺の一撃は、紙一重で空を斬った。
【何これ、変なデータが……バレット……タイム? 頭が、痛い? 痛み? これは……】
頭部艦橋の目の前スレスレを“ゆっくり”と走りぬける蒼い死線をまるで意に介さず、カノエはそのまま躊躇無く最大斬撃を追加入力。
反動が骨格フレームを走り、偏向重力が練り上げ、推力に変換したジルヴァラが渾身の震脚。
鍛錬鋼刃が文字通り一閃。蒼い光が時間と空間すらも両断すべく抜き放たれる。
――ギイィンッ――
青い閃光に続いて、鋭く鈍い轟音が戦場を駆け抜けた。
「なにが……おきた……?」
あまりの出来事に呆気に取られたジゼルが、声にならない呻きをあげた。
艦上曲刀はシュタルメラーラの右前腕フレームごと吹き飛んで、クルクルと宙を舞い、一拍後れて――ストン――と荒野に突き刺さる。
エーテルシュラウドの超構造体化効果と重力刃を消失した刀身が、まるで決着を告げるように――ギイ――とひび割れて歪み鳴った。