Turn05 ジゼル/7
【カノエッ!】
アトマが初めて名を呼んだ。
その叫びに我に帰ると、既にシュタルメラーラが間合いの中に入り込んでいた。
「どうも私の竜眼は利かないようだが、たかが人一人斬ったぐらいで動揺していては、宝の持ち腐れだなッ!」
最大斬撃。
――ガキンッ! 金属音というには響きすぎる轟音が荒野を駆ける。
「ミクモ殿ッ! くッ!」
エルハサル隊の一人が叫んで助けに動きかけたが、その出鼻を挫く様に、控えていたクロムナインが斬り込みを仕掛けた。
「ミクモ殿ッ!」
質量火砲を捨てて片手半破砕剣を抜刀したラグナのエルハサルの横を、吹き飛ばされたジルヴァラが通り過ぎた。
大地を抉りつつ着地。カノエは辛うじて防御している。
「はあ、はあ、はあ」
「一騎打ちと行こうじゃないか」
シュタルメラーラは悠然と歩を進める。
思い出したようにラグナが動こうとしたが、その機先を制するように、二隻目のクロムナインがエルハサルに斬り込みを掛けて、その動きを制した。
最後の一隻は少し引いた位置で、どの相手が逃げようとしても斬り込めるよう、待機している。狩猟の様相であった。
二隻のエルハサルはクロムナインとの接近戦に縺れ込み、手助けは期待出来ない。
ジルヴァラの間合いを意に介さず接近したシュタルメラーラは、刀剣と言うよりも、まるで丸太で殴りつけるように、左から右へ、横殴りに艦上曲刀を振るう。
再び重力刃が干渉しあう雷鳴のような轟音が轟き、ジルヴァラは半ば衝撃を受け流すように左へ飛んだ。姿勢を崩されれば、頭部艦橋を割られたエルハサル同様、斬られる。
「攻撃が……重いッ!」
「“ヘイトレッド”って云う固有発現能力さ。骨格フレームの出力を一時的に引き上げるだけの、つまらない業だけどね」
再び、重い斬撃。つまりインパクトの瞬間に骨格の出力が一気に強化され、骨格艦を吹き飛ばすほどの斬撃を発生させている。まさに力業だ。
「威力的には斬艦衝角斧並ってとこなんだけど……それが艦上曲刀の速さで振れるとか、なんてインチキ……」
固有発現能力と云う骨格艦のプロパティは、カノエの記憶には無い。
「ほう……人を斬って動揺してるかと思えば、分析は冷静だな」
「おかげさまで……」
ジゼルのお陰と言うのは、あながちウソではなかった。普通に攻撃されていたなら、案外そのまま斬られて終わっていたかもしれない。
ジルヴァラを大きく吹き飛ばすほどの斬撃を、艦上曲刀から受ける。その“在り得ない攻撃”への興味が、カノエに一時的な冷静さを取り戻させていた。
「一応聞くが、そいつをこっちに渡すか、なんだったらお前もウチの船員になるか。そうする気はないか?」
「……僕がそうすると、この星の人たちはどうなるんです?」
「そうさなぁ……まあ掠奪はするよ」
ジゼルは断じた。
「基本的にウチは金目のもの……惑星侯は人質にして身代金が要求できるな。それとストラリアクター。足りなければ住人もいくらか浚って奴隷商人に売り捌けば金になる、これは面倒だからウチはあまりやらないけどね。まあ根こそぎというのは良くないが“負けの代価”は払ってもらう」
いつもの商売をいつもの通りに。海賊はジゼルの稼業だ。カノエには理解できないが、それが彼女の“普通”なのだろう。
「でも……それじゃあ、ダメです」
正義感でも駆け引きでもなんでもなく、それは単純に、倫理観や死生観の違いから来た答えであった。
「そうかい残念だ。なら……」
再び、無造作に艦上曲刀が振るわれ、紫電と轟音が弾けた。
「――力づくと行こうかぁッ!」
「くぅッ!」
レイオンといい、ジゼルといい、この世界の人間は闘争となると活き活きし出す。命をゲームのチップのように賭けて、さも当然のように剣を振るう。
命の掛からない“安全な”ゲームしか遊んだことの無いカノエとは、まるで次元が違っていた。
多少冷静さが戻ったと云っても、依然呼吸は荒く、鼓動は早鐘のように鳴っている。
「船長。一隻片付きましたよ」
視線を流すと、左翼を守ってくれていたエルハサルが右肩に一撃を受け、右腕脱落で中破。片膝を着いた状態で、頭部艦橋に艦上曲刀を向けられていた。
「……二対四」
残っているのは右翼のラグナだけだが、彼のエルハサルもクロムナインの猛攻を受けて防戦一方。そして攻め手を欠くのは、カノエも同じだった。
「逃げてばかりか、少年ッ!」
叩きつけるような唐竹割。カノエは“ヘイトレッド”の性能を思い出し、危うい所で受けるのを止め、身をかわす。
しかし大上段から振り下ろされた艦上曲刀の一撃は、そのまま地面に叩き込まれ、土煙を撒き散らして視界を塞いだ。
「マズい、視界がッ!」
セラとの最後の対戦と同じ状況。しかし、あの時と状況が違う。メンタルと集中力は最悪だし、何よりジゼルとは初めて戦うから、癖など読めようはずもない。