Turn05 ジゼル/6
「索敵――居た……! 見えました! 四……いや、五隻! 砲撃開始しま――」
ラグナが上空でそう言って、質量火砲を構えようとした時、渓谷の方から一隻の骨格艦クロムナインが轟音と共に飛び出した。
「やらせるかよッ!」
「対応が早いッ! アトマ、飛べッ!」
エルハサルは対地砲撃の為に両手が塞がっている。跳躍突撃を喰らったら防御が出来ず、そのまま撃破される危険性があった。
戦術的には先制を取りやすく多用される戦術だが、飛び道具装備と言うのは隙が大きい。セラにも何度も言われたことだが、今更後悔しても遅い。
跳躍突撃するクロムナインに真下から、ジルヴァラが迫る。
「ホーミング任せる!」
【あいよ】
アトマは軽く返事をするが、音速で飛翔する敵骨格艦の軌道を予測して、自艦の上昇角を調整している。お陰でカノエは攻撃に集中することが出来た。
「間に合えッ!」
エルハサルの眼前で、黒鉄と銀紫の暴風が交差した。
ジルヴァラの可動式格納庫から抜き放たれた鍛錬鋼刃が、蒼い閃光と共にクロムナインの胸部居住区に食い込んで斬り上がり、そのまま頭部艦橋を両断。
「――……あ」
――視界の端に一瞬、紅い花が咲いた。
胸部居住区と頭部艦橋を両断されたクロムナインは、跳躍突撃の慣性に乗って放物線を描き、ラーン上空を飛び越えて向こうの山へ落ちる。
あの紅い花がなんだったのか。それに気づいたカノエは、しばし放心していた。
「た、助かりましたミクモ殿」
エルハサルのラグナが、間一髪を救ったカノエに興奮気味に礼を言ったが、カノエの心中はざわついていた。
「いえ、僕の読みが甘かったです。すいません」
カノエは自分の至らなさに後悔し、そして、初めて人を“殺めた”事を痛感していた。
【脈拍高いよ。落ち着いて】
「はあ、はあ、はあ」
自分の耳に聞こえるほど呼吸が荒い。耳鳴りがして、口の中に鉄の味が広がる。
逃げ出したい気分と、暴れ出したい気分に苛まれ、カノエは心を必死に押さえ込もうとしていた。
「やるじゃないか少年ッ!」
疲弊したカノエの耳朶を、あの声が打った。
赤い眼から光を曳きながら、ナスカ渓谷の谷間から黒鉄の骨格艦が飛び出し、地上で待ち構えていたエルハサルを斬りつけ、そしてそのまま力任せに突き飛ばした。
地に構えた骨格艦が宙に浮くほどの斬撃。
吹き飛ばされて姿勢の崩れたエルハサルの隙を逃さず、シュタルメラーラは、艦上曲刀をその頭部艦橋に叩きつけて粉砕する。
「アレは……」
「おうとも! 赤眼のジゼルだ。今一度、名乗れ少年!」
ジゼルが場を確保すると、三隻の骨格艦が谷間から飛び出し、シュタルメラーラに付き従うように陣を敷いた。
ラグナのエルハサルと共にジルヴァラをゆっくりと降下させると、声が震えないよう気を付けながら、
「ミクモ、ミクモ=カノエ」
と答えた。
互いに一隻ずつ失い、三対四。不利だが、まだ戦える。とカノエは心の中で念じる。手の震えが止まらない。悟られるな。
「骨格艦を風船にして索敵をやるのは良くある手だが、質量火砲を持たせて囮にしたのは面白い。お陰で一隻、まんまとしてやられた。アレはお前の策か?」
シュタルメラーラが艦上曲刀を指し棒代わりに、ジルヴァラへと向ける。
「……そう……だ!」
マズい、と思った時にはもう遅かった。そもそも囮のつもりは無かったし、紅い花の動揺から立ち直れて居ないカノエの言葉は、上ずって流れた。
「ん……? なんだお前……人を斬ったのは初めてか?」
「ばッ……!」
カノエの動悸が一層酷くなった。
【君、呼吸を整えて。脈が早いし、血圧も上がってる】
「くはは――今さっき、お前が斬ったのはヴォルトと云う奴だ」
ジゼルが楽しそうに囁く。聞くな、集中しろ。
だが、その声は染み込むようにカノエの耳朶を震わせた。
「気のいい男だったよ。胸から頭部艦橋を真っ二つ。重力刃に裂かれて、肉片一つ残って居まい」
ジゼルが胸元を挑発的に指差し、斬撃の軌道をなぞるように顔に滑らせる。垣間見えた赤い瞳が、カノエの心を掴もうと忍び寄った。
悪魔の笑みが囁く。
「――お前が斬った」