Turn04 ユードラ/8
ツァーリ恒星系第五惑星ゴウラ極天座標――
「先遣隊の報告は?」
外宇宙船ナインハーケンズの航行指揮所。一際豪奢なソファに胡坐をかいて座るジゼルが、脇に立つ副長クロウド=ラーゼンを促した。
「先達てからのクシャナ嬢の航路予測通り、アーチボルト達先遣隊は衛星ファーンの極天座標でジルヴァラを捕捉、剣戟戦の後、アーチボルト艦が中破。目標は惑星レンドラに降下したらしいですね」
クロウドが手元のタブレットに記された報告書のデータを見ながら応えた。
「アーチボルトを退けたのか? セラエノ以外にそんな腕の立つヤツ、フィラディルフィアに居たか?」
「ヒューレイ憑きの六千年級骨格艦が噂通りの性能なら、並みのヘルムヘッダーでアーチボルトの奴と渡り合えても、不思議はないんじゃないっスかね? 奴は調子にムラもあるし」
「アーチボルトはアレで迅狼剣の皆伝持ちだぞ? そういうもんかね……」
今ひとつ納得いかないジゼルだったが、後でアーチボルトを直接問い質せば済む話なので、すぐに頭を切り替える。
「ジルヴァラはいいとして、フィラディルフィアは見つからないのか?」
「転移航路を使ったジルヴァラはクシャナ様が追跡出来ましたけど、フィラディルフィアの方は外縁天体の小惑星帯に紛れて、偏向重力推進で普通に逃げられましたからね……」
クロウドがお手上げのポーズで答えた。
「チャンバラ以外、ほんと役にたたねえな、お前らは」
「まあ、赤眼の枢機卿の名で船乗り集めたら、そうなるッスね」
「あたしのせいかよ」
「船長はチャンバラで有名ッスから」
悪びれもせずクロウドが畳み掛けると、ジゼルは胡座を崩してソファに身を投げ出すと溜め息を吐く。
「結局、クシャナが頼りか」
「……ジルヴァラが惑星レンドラに降りたのなら、フィラディルフィアはそれを回収するために、まだツァーリ恒星系に潜伏している……ハズ」
唐突にボソボソと喋ったのは、ジゼルのソファの脇に特別に設えられた航海士の席にちょこんと座る、銀髪に褐色の肌をした不老種の少女だった。
その同じ鈍色の瞳がジゼルを見つめている。
「……たしか、ジルヴァラはコンテナ艦に格納されていたな」
「どういうことッスか?」
「あの時、フィラディルフィアが逃げるには、アンカーユニットの刺さったコンテナ艦を捨てるしかなかった。セラエノが時間を稼いで、ジルヴァラを単独で転移航路に放り込んだのは、後で合流する算段だったってことさ」
ジゼルはそう言うと、自分を見つめるクシャナに優しい微笑みを返した。
「航海士の勘ってヤツですか?」
「勘じゃねえ、航海士のは能力だよ。帝国大学で勉強してこい」
航海士の能力は、近年の研究で、ストラリアクターの影響を受けた突然変異であることが分かっている。
クヴァル超帝国大学では、彼らがストラコアの固有発現能力と同様、ブラフマンの大書庫へ限定的にアクセスする特殊な精神経路の持ち主であるとし、関連能力の研究が盛んに行われていた。
「船長の竜眼のこともありますし、クシャナ嬢が凄腕の航海士ってとこは、疑っちゃ居ませんがね……」
クロウドもクシャナに笑みを送ってみるが、こちらはそっぽを向かれた。
内向的でジゼルにしか懐かないが、その航海士としての実力は確かで、荒くれの多いナインハーケンズの船員達も、一目を置くほどである。
「しかし……ツァーリ恒星系の主惑星レンドラは確か、あのいけ好かない小娘が代官をやってるんだったか」
クシャナに袖にされるクロウドを見て笑いながら、肩にかかる癖のある赤毛を弄り、ジゼルは思案した。
「以前、セラエノ様の亡命を支援したとか言う?」
「シンザの田舎貴族ごときがあたしの邪魔を……」
「お陰で我らが赤眼の枢機卿は行き遅れ、ジスグリード家は大わらわ――」
クロウドの台詞は、尻を蹴られて阻まれる。
「蹴るぞ」
「蹴ってから言わんで下さい」
言葉尻と一緒に尻を蹴飛ばされたクロウドの抗議に憮然とした表情を返すと、ジゼルはそれ以上取り合わず話を進める。
「まあ、散って逃げたフィラディルフィアの連中は目立つ囮だ。ジルヴァラを追えば、フィラディルフィアは探さなくても出てくるか……よし、あたしも出るぞ」
「え、またですか?」
ジゼルの言葉に、クロウドが驚いたような、呆れたような声を上げた。いつもの事と言えば、いつもの事だった。
「アーチボルトを退けたっていう、ジルヴァラのヘルムヘッダーにも興味がある。仕掛ける前に接触してくるよ。有線通信の敷設作業と後、白兵と潜入をやれる奴を見繕ってくれ。後の船の指揮はクロウドとクシャナに任せる」
「了解しやした」