Turn04 ユードラ/7
「あの、そろそろ本題を……」
隙を見たカノエは意を決し、言いかけたが、その前にユードラが口を開いた。
「しかし、実際に発現した自我発現個体を見るのは私も初めてです。クヴァルに追われている理由は良くわかりました。まあそれはどうでもいいとして……本体はその骨格艦……ええっと、ジルヴァラ? ですか? 貴女の個体名は?」
なにやらユードラの瞳が、驚愕の色から情熱の色に変わり、やや興奮気味に食らい付いてくる。その視線の先にあるのはアトマだ。
【えと……アトマ、です。てへ】
急に矛先が自分に向いたせいか、珍しくしおらしい返事をする。作った表情が若干小憎たらしいのがアトマらしい。
「アトマ様――っと……」
「様……!?」
カノエとしては矛先がアトマに向いたのは有り難い展開だが、ユードラの第一印象の内、お姫様要素がどこかへ行ってしまっている。
「少し時間を下さい」
ユードラはタブレット端末を取り出すと、何かの操作を始めた。
指の動きを目で追っていると、どうも写真を取っているようで、しばらくの間――カシャカシャ――というタブレット端末の疑似的なシャッター音だけ響いた。
「あの……えと、ユードラさん?」
カノエはさっきから、剣を構えたままのエンディヴァーが気になって仕方がない。
正直、左手がアトマを摘まんで塞がっているので、今斬り込まれたら、どうにもできない。
領主なのだから偉い人という事はわかっているものの、正しい敬称などわかるはずも無く、とりあえず“さん”を付けて呼びかけてみた、のだが……
「……いい。素晴らしいわ」
ボリュームの有る長い金髪の下、眼鏡の奥で、碧眼がギラリと光ったように見えた。
「姫様?」
「レイオン、カノエ様とアトマ様を丁重にラーンまでご案内なさい。くれぐれも逃がさ……っと、丁重に、です」
「承知致しました」
その勢いにレイオンも口を挟むことなく頷く。
【んまあ……そうなるよね】
相変わらずカノエに摘まれてぶら下がったままのアトマは、全身を虚脱させて、竿に干した布団のような姿で項垂れていた。
「え? え?」
どうやら、カノエはまた“選択肢”を間違えたらしい。
しかし、これに正解はあるのだろうか。
【ちゃんと味方って分かるまでは、一応あたしのこと、伏せておいて欲しかったんだけど……まあ悪い人たちじゃあ無さそうだし、いいんじゃない?】
「そういう大事なことはちゃんと言ってくれ……おかしな雲行きになってないか?」
【惑星レンドラは環境保護指定の惑星だし、学者かなんかに見つかると、面倒くさいなぁとは思ってはいたんだけど……まさか、惑星侯ユードラ=ハインリヒその人が面倒くさい学者様だとは……】
「まさか、解剖されたりとか……」
【されないように祈ってて】
「マジですか……」
アトマを摘んだままのカノエは、空いた右手で顔を覆った。
カノエの目下の苦難は、前門の面倒くさい学者、後門の|テンションの高いおにーさん《アーチボルト》である。
一先ずは面倒くさい学者の方を選択したのだったが、選択の余地はなかったと言いたい所ではあった。
「――ていうか、僕、目が覚めてから“面倒くさい人”にしか会ってない気がするんだけど……」
もしかしたら、六千年後のこの世界には難儀な人しか居ないのではなかろうか。