Turn04 ユードラ/4
【交渉下手だね、君】
「僕に丸投げしたアトマに言われたくない」
【ほら。だってあたしストラコアだし、自我発現個体だし。交渉とか出来ないし】
「もうなんかそれ、体のいい言い訳にしか聞こえないんだけど」
「いざ尋常に――」
わざわざ一声かけてくる向こうも向こうで意味が判らない。が、表情は本気だ。揚句、若干楽しそうな色が見える。
「アトマ、剣戟兵装の予備は?」
アーチボルト戦で半刃半柄鉈槍は失っている。
【鍛錬鋼刃と……後……】
「鍛錬鋼刃! それでいい、急いで!」
「――参るッ!」
――フィオン――という偏向重力推進が放つ独特の、カノエにしてみればゲームで聞き慣れたサウンドエフェクトと共に、骨格艦エンディヴァーが推力突撃。
宇宙と同じでここは海上、またしても足場になるものが何もない宙空戦。
推力突撃は単純に、偏向重力推進による突撃。
ヘヴンズハースのゲーム中では、最大速度や加速が跳躍突撃に数段劣る為、致命打目的ではあまり使われないが、状況を選ばず使用出来、敵艦を追尾する等、位置、向き、間合い調整等、便利な小技として様々に多用される。
面白おにいさんもご愛用の便利な基本技。
豪快な動きだったアーチボルトの推力突撃と比べ、レイオンのエンディヴァーは正眼に片手半破砕剣を構えたまま、空を滑るように接近。
まさしく音速で移動したエンディヴァーが、慣性を偏向重力で吸収した紫電を放ちながらジルヴァラの目の前に一瞬静止すると、その緩急を使い、最短動作で、落雷のような面打ちが放たれた。
軽いフェイントからの面打ち。つまり一切の容赦なく、カノエの座る頭部艦橋を狙って来たのだ。
心臓が握りつぶされるような恐怖。
カノエのその手は、防御操作を半ば無意識に入力し、肩口に移動させた可動式格納庫から抜き放たれた鍛錬鋼刃は、片手半破砕剣の重力刃を受け止めた。
剣戟兵装に被膜された重力刃が互いに消滅し、紫電が弾ける。
「ほう……胆が据わっているとは言い難いが、反応はいい。随分と鍛えているな少年。それとも、その見慣れぬ骨格艦の性能か?」
――ギリギリ――と音を立てて、重力刃が削れ散る。
レイオンは鍔競った片手半破砕剣を捻り、偏向重力推進を衝撃波のように放ちつつ、体当たりでジルヴァラを軽く吹き飛ばすと、エンディヴァーを後方に滑らせて、一旦距離を取り直した。
「では、コレはどうだ?」
「いやほんと、ちょっと待ってくださいって!」
レイオンの眼に殺意のようなものは感じないのだが、纏う雰囲気は完全に肉食獣のそれだった。熊にでも襲われているような気分だ。
次の骨格挙動の溜めを見る限り“天地”と言う、正眼に構えたまま斬り落とした上段を返し、斬り上げに瞬時に繋ぐ二連撃の予備動作。
先に来る上段はともかくとして、そのあとに続けて襲ってくる斬り上げが非常に厄介な片手半破砕剣の基本にして主力技。
――だが、あまりに有名な攻撃であるが故に、見慣れたカノエは難なくコレをいなした。
鍛錬鋼刃を斜めに流し、丁寧に上段斬りを受け流した後、続く斬り上げは防御せずに、後退回避で躱す。
その様はまるで武術の演舞だが、ヘヴンズハースで片手半破砕剣と相対した際に、よく見られる光景だった。
とにかく片手半破砕剣相手に戦う場合、これが捌けない事には勝負にならないからだ。
「……はっはっは! “天地”も躱すかッ!」
獅子のような顔をほころばせて、レイオンは大変嬉しそうに言うが、カノエの方はそれどころではなかった。
【脈拍高いよ?】
「はあ、はあ、はあ……」
アトマの軽口に返事が出来ないほど、息が荒い。
アーチボルトと戦った時は無我夢中だったが、改めて命のやり取りと言うことを思い知らされる。
そして、カノエに命のやり取りなどと言う覚悟はまだない。目の前にあるのは、死ぬかもしれないという現実と、死にたくないという恐怖だった。
遊びなれたヘヴンズハースの経験が活きていなければ、初太刀で頭部艦橋ごと、真っ二つに割られて死んでいた。
続く“天地”にしても、今度はフェイントも何もない生撃ちで、ゲームでなら簡単に受け流せる類の攻撃なのだが、命の掛かった状態での実践となると話がまるで違う。
たった二合で、カノエはひどく消耗していた。