Turn03 アトマ/15
アーチボルトが、偏向重力推進による推力突撃を、ほぼノリで放っているということは、経験と感覚でなんとなく判った。
推力突撃自体は単なる始動で、それで間合いを詰め、そこから連環斬撃で圧殺するのがこのアーチボルトの得意技らしい。
実力差があるか、迂闊な相手なら、反撃の暇を与えず完封できる。なるほど、実に海賊らしい攻め手だ。
艦上曲刀のリーチは短いが、連撃は速い。重力子弾を紙一重で躱しながら突撃してくる度胸で間合いを詰めて、得意のインファイト狙い。
「逃がさねえッ!」
「どっこい――しょッ!」
カノエは突撃を正面から受けず、ジルヴァラを横滑りさせつつ軸をずらし、相手を叩き落とす様に半刃半柄鉈槍を振るう。連環斬撃まで繋げられると厄介だ。
鉈槍は薙ぎ払い気味にクロムナインの肩に命中するが、ジルヴァラの船体を横に流したせいで威力が抜け、重力刃は上腕部のアームが支える肩部外装甲板に弾かれた。
「へっぴり腰がッ!」
【浅いよ】
「これで十分――」
続けて、カノエは最大斬撃を先行入力。
先行して攻撃命令を下されたアトマ――ジルヴァラのストラコアは、現在の姿勢から、要求された骨格挙動への最短動作を割り出し、振り切った半人半柄鉈槍の遠心力に逆らわず、滑らかに巻き取るように刃を引き込み、N字骨格を圧縮するように折り畳む。
渾身の震脚。
エーテルシュラウドが偏向重力を操り、勢い全てを軸足に伝達。
踏み出した脚部のシ足のような爪先と踵が、エーテルシュラウドに保護されていない表層外壁に食い込み、余剰となった星間物質が宙に紫電を飛ばす。
「――この速さならッ!」
浅いとは言え、突撃中に斬撃を浴びたクロムナインの姿勢は悪い。
その体勢を崩した船体に、放ったカノエ自身も驚く神速の左横薙ぎ、最大斬撃が一閃。
「なんだとッ! この速さはッ! 間に合わねぇッ!」
閃光の速さで半刃半柄鉈槍がクロムナインの右腕のN字を描く肘に吸い込まれ、駆逐仕様の軽量型艤装が仇となり、防御稼働した肩部外装甲板は勢いを殺しきれず破砕。
鉈槍はそのまま、肘部の骨格を切断しながら、クロムナインの胸部居住区の右側面に食い込んだところで重力刃を使い切って止まった。
その一撃で、鉈槍を振るったジルヴァラも、それが食い込んで胸部居住区が曲がり歪んだクロムナインも、すべてが静止した。
ゲームのように撃破リザルトも、エフェクトも発生しない。
「やった……のか?」
ヘヴンズハースでは散々、敵骨格艦を撃破してきたが、それとは違う感触が残った。
頭部艦橋は無傷だから、アーチボルトというヘルムヘッダーの命を奪ってしまったわけではないはずだが、何かを破壊することによって生まれた、奇妙な喪失感がカノエの体を通り過ぎた。
クロムナインは、完全に沈黙したように見える。
切断されたその右腕が、ゆっくりと回転しながら宇宙を舞っていた。
「アーチボルトッ!」
追従してきていたもう一隻の骨格艦から、等方性通信波が飛んだ。
「もう追いついてきた」
カノエは咄嗟に食い込んだままの半刃半柄鉈槍を引き抜こうとしたが、操縦桿が何かに引っかかったように途中で止まる。
見ると、クロムナインが残る左腕で食い込んだ鉈槍を抑え込んでいた。
「――うそでしょ! まだ“死んで”ない!?」
カノエの言った“死ぬ”は、ゲームで言うところのゲームオーバーのことだ。
プレイが終了した艦が動くのは、ゲームのルールではありえない。それはカノエに取っては異様な光景に見えた。
「ただで逃がすかヨ!」
【ほんと元気だねぇ、このおにーさん】
「なんで撃破したのに動いてんの」
【そりゃヘルムヘッダーの乗ってる頭部艦橋とストラリアクターが繋がってれば、骨格艦は動くでしょ】
「そ、そういやそうか、そういう設定か……いや、今はそれどころじゃない」
カノエはあっさりと半刃半柄鉈槍を手放すと、ジルヴァラでアーチボルトのクロムナインに蹴りを入れ、吹き飛ばす。
「あっ……おいッ! コラッ! 待ちやがれテメェッ!」
アーチボルトにはそれ以上取り合わず、今度は表層外壁を蹴る。
跳躍突撃の要領で再び推力を得たジルヴァラは一路、惑星レンドラへ向けて宇宙を飛翔した。
もう一隻の骨格艦は無理にジルヴァラを追おうとせず、味方の回収を優先したようだった。
「ゼルディムッ! ヤツが逃げるッ! 追えッ!」
「いや……あの方向なら予測通り惑星レンドラに降下するつもりだろ。近辺にまだフィラディルフィアの反応もない。航海士が乗ってない限りは、骨格艦で恒星間の転移航路は使えねぇから、焦るこたねよ。本隊の到着を待つぞ」
「クソッ! あの女の腐ったみたいなクソガキッ! 次は容赦しねェッ!」
「いや、ガキでも女でも端から容赦しないだろ、お前」