Turn03 アトマ/11
アトマが自分の座席に納まりコンソールを操作すると――ゴウン――と、クラウンシェル筐体と同じ音と共に、座席がせり上がり始めた。
せり上がる座席に座りながら、カノエは妙な安心を感じていた。見知らぬ世界の中にあって、見知った骨格艦の操縦席。
毎日のように遠野ミストへ通った記憶が、今のカノエの、唯一の頼りだった。
「この骨格艦、剣戟兵装は何積んでるの?」
上昇する座席の上で、カノエは骨格艦のパラメータの確認を始める。専用にカスタマイズした自分の骨格艦と同じでないことが悔やまれた。
【えっと、第一メインは半刃半柄鉈槍ってヤツ。外装甲板の艤装パターンは、昔のままだから今の剣戟戦のセオリーとは合わないかもしれない、戦闘はした事無いし、疎いんだよね】
「初心者かよ。元々は船の制御システムだろストラコアって……まあ、僕も五百戦弱ぐらいしかないビギナーだけど」
【五百戦!? 冗談でしょ? いくら骨格艦の全損率は低いって言っても、五十戦も戦って生きてたら、どこかの惑星侯が大枚はたいて指南役に召抱えるクラスだよ。やっぱり、君、頭どうかしてる?】
「ヘヴンズハースでの話だって」
【そのヘヴンズハースって、プラネットエミュレータのアプリケーションか何か?】
「よく分かんないけど、多分そういう感じ――半刃半柄鉈槍か……セラに一回使わせてもらったことがあるし、なんとかなるか?」
斬艦衝角斧などの、大振りで、扱いの癖のキツい武装でなかったのは助かった。
【この際そのシミュレーターで五百戦弱に期待するしかないか……はぁ……こういうのを“ツイてない”って言うのかな】
「アトマ、敵の位置は?」
操作し始めると、いつもの調子が戻ってくるのを感じていた。すこし勝手は違うが、ゲームにはなかった細かいところは殆ど自動化されているようで、クラウンシェル筐体との操作感に、大きな差が無いのがカノエの自信に繋がっていた。
【お?】
急に指示を飛ばしたせいか、アトマがきょとんとしている。
「アトマ、“索敵”」
【あ、はいはいはい。敵艦出現位置、衛星ファーン極天座標、こちらとの距離一八○宙海里。数は三隻。真っ直ぐこっちに向ってる】
「ハイは一回。宙海里ってなに? テストモードの一グリッドぐらいのもんか……? そういえば宙空戦って、ほとんどやった事無い。足場になるものない?」
【あたしも初めてなんだから、いっぺんに言われても困るってば】
「ゲームのチュートリアルって、大事だったんだな……」
【なんの話よ】
「行き当たりばったりは止めよう、と言う話」
【敵艦、光学視認距離。見えるよ】
「方向!」
【二時方向、プラス三十度。艦種はクロムナイン】
「こっちの、ちょい上……見えた。とりあえずセオリー通り、散らして見るか」
可動式格納庫に標準搭載されている機関砲のコマンドを呼び出すと、カノエは飛来する敵艦へ向けてトリガーを引いた。
カノエの知るヘヴンズハースでも、重力子弾とは言え、纏まったダメージにならない機関砲で骨格艦の撃破はほぼ不可能だったが、エーテルシュラウドが重力刃で減衰する仕様上、接近前の被弾は嫌うので、敵を散らして隊列を乱すことは出来る。
複数に囲い込まれない為の対多数におけるセオリーだ。
四肢の関節と同じ、N字型をした大型のアームで接続された可動式格納庫が、腰部側面へ可動すると、外装の一部が開いて機関砲の短銃身が覗く。
開いた銃口はすぐさま小型の重力子弾を連射。紫電を曳いて、飛来する三隻の骨格艦へと飛んだ。
ヘヴンズハースであれば――ジジジ――と言う電磁加速による発射音が聞こえるところだが、ここは真空の宇宙でゲームのように音は響かない。
「どう?」
【散らばった】
「うん、まあ。もうちょっと雰囲気っていうか」
【敵艦散開! ……こう?】
「うん、そんな感じ。一番近いのにロックオン。跳躍突撃……は足場が無いから無理か。偏向重力推進で推力突撃を……」
【まって、一機向ってくる!】
「――! 後退回避!」
三隻のうち、散開時に重力子弾とすれ違うように突撃してきた一隻が、既に剣戟戦圏内まで侵入していた。
咄嗟に防御入力された半刃半柄鉈槍が、骨格艦クロムナインの艦上曲刀を受け止める。
「機関砲なんぞばら撒きやがってッ! ビビってんのかッ! てめぇッ!」
敵骨格艦のヘルムヘッダーの怒声が、等方性通信波に乗ってジルヴァラの頭部艦橋に響き渡った。
「うぇ? えっと、割とセオリーだと思うんだけど」
ほとんど手癖で放った攻撃を、そう卑下されるとは思わなかったカノエは困惑した。
「セオリーだぁ? ざけてんじゃねえぞッ! 漢なら最速の推力突撃で頭カチ割るのがセオリーだろうがッ! このカスがッ!」
その最速の突撃で詰りすぎ、鍔迫り合いになった間合いを放す為、その男の骨格艦は蹴りを放って、ジルヴァラを押し飛ばす。
「なんつー大雑把なヤツ!」
蹴飛ばされた勢いで宇宙を旋回するジルヴァラの姿勢を、アトマが立て直すのを見計らって、半刃半柄鉈槍を腰溜めにし、カノエは最大斬撃の予備動作を入力。
しかし、足場が無い宇宙では姿勢が安定しない。
【踏ん張りが利かなくて、姿勢が制御しきれないってば】
「そうだった。最大斬撃もダメか」
振りかぶった勢いで、ジルヴァラがグラリと傾き旋回しかける。姿勢制御していたアトマが悲鳴を上げた。
「宙空戦でッ! 最大斬撃が振れるわきゃッ! ねぇだろうがヨォッ!」
威勢のいい怒号と共に、エーテルのスラスト光を曳くクロムナインが強襲する。