Turn03 アトマ/10
「なんだ!?」
聞き覚えの無い警報に、カノエはココへ来て、ようやく慌てたのかもしれない。
【特定のストラリアクターを観測した時に鳴るようにしておいたアラーム。見つかっちゃったかな……捕捉されてる状態での星系内の転移だったから、時間の問題だったけど】
「誰に見つかったって?」
【クヴァルのナインハーケンズ。せめてレンドラに辿り着けていたら、なんとかなったっぽいんだけど】
アトマがあっさりと諦めたような言葉を吐いた。
「僕が悠長に宇宙遊泳してたせいか……」
追われているなら追われていると、先に言っておいて欲しいものだ。
が、今更そんなことを悔やんでも仕方ない。そもそもカノエは今の自身のことすら、把握できていないないのだから。
【別に宇宙遊泳してなくても追いつかれてたよ。出現位置が相手の航海士にバレてたみたいだから。これはもうお手上げかなぁ】
アトマが両手を挙げるポーズで、事も無げに言った。
「そんな簡単に諦めるなって……ナインハーケンズって言うと、シンザ同盟のシナリオルートで出てくるやたら強い敵か。どうする?」
【どうするっていわれても】
ナインハーケンズの名は、ヘヴンズハースのストーリーミッションでも登場する。
海賊行為により、主惑星の資産を優に超える財力を溜め込むクヴァル十天船団の一隻。ストーリーミッションの後半の方に登場し、強力な装備と九機もの数の暴力で、攻略には庚も随分苦労させられた。
だがそれは、ゲームのシナリオの話。
「アトマは骨格艦で戦えないの? 自分の体みたいなもんなんじゃないっけ?」
【通常航行ならともかく、あたしの自我発現個体はまだ成長の途中で、自発的な戦闘行為が出来るほどには成長していないし、仮に出来たとしても素人同然で勝負にならないよ】
「CPU戦がどう頑張っても、対人練習にならないようなもんか」
対戦ゲーム界隈では、CPUとの対戦では駆け引きの練習はできないとされている。精々コンボ練習が関の山だ。
【わかる言葉で話そう?】
カノエの例えに、アトマが訝しそうな顔をした。
「ヘルムヘッダーが居れば、どうにかなるんだな? そうだ、この骨格艦は強いの? 出来れば強機体だと助かるんだけど」
シートを見ながらカノエは言った。
仮に初見で操作するなら、当然、相対的に操作が簡単な強機体の方がいくらか勝ち目がある。
状況は半分も判っていないと思うが、少なくとも、このままナインハーケンズに捕まると、カノエにとって良くない可能性が高いことは想像できた。
それに、アトマが即座に事態を投げ出したことが、どうにも気に食わない。
【六千年級骨格艦って種類らしいよ……って、まあ、よく知らないんだけど】
この非常時にこの妙な呑気はどこから来るのか。そもそもヒトではないので、感覚が違うのだろうか。
カノエの知る限りは、そもそも自我発現個体と言うのは、ストラリアクターの制御システムが擬人化したものとかいう設定のはずなのだが、システム要素の方がどこかへ抜けているとしか思えなかった。
「六千年級ってと、確かコストの一番重い高性能艦種だな……なら、何とかなるか?」
ヘヴンズハースでも骨格艦には等級があり、X千年級で分類され、Xが大きいほど――つまり年式の古い艦ほど総合性能が高く設定されていて、その代わりゲーム中の復活コストが高い。
今はゲームの復活コストのことは考える必要は無いから、ジルヴァラが最も総合力の高い六千年級であるならば、カノエにとっては朗報で、決断に値する事実だった。
「……よし、僕が操縦する。頭部艦橋に上げてくれ」
カノエは覚悟を決める。
腹を括ると、後は速かった。ここへ来てから、遠巻きに見ていただけの骨格艦の操縦席にいつもの様に座ると、朱音がしていたように安全バーを下ろし、体を固定する。
【いやいやいや、ヘルムヘッダーでもないのに無理だって】
カノエ自身、むちゃくちゃだとは思うが、今は思い出になってしまったセラが、いつもの笑みで囁くのだ。「勝負を仕掛けるタイミングは――躊躇わず、出し惜しみも無しだよ」と。
「まあ、よくわかんない状況だけど……ヘヴンズハースと一緒なら、どうにかこうにかやれなくも――早くあげて。急いで」
会敵する前にヘヴンズハースの経験が通用するのか、ちゃんと調べて起きたかった。
どう考えてもこんな巨大な艦を、アーケードゲームと完全に同じノリで動かせるとは思えなかったからだ。
【……壊さないでよ?】
アトマも腹を括ったようだ。或いは制御システムであるストラコアとして、他に選択の余地が無い事を認めたのかも知れない。
「まったく保障できない」
カノエは真面目、且つ真摯な表情で、キッパリと答えた。