Turn03 アトマ/6
【星間物質を感じ取れるの、君?】
「エーテル?」
【星になり損ねて、宇宙に漂う無尽の塵やガス……それが星間物質】
「この、体を通り抜けるものが?」
【宇宙は星を生み出す星間物質に満ちている。それらのただの塵に過ぎないけど、その小さな重力を集めて、最初にストラリアクターが生まれて、それに宿る形で、あたしたちはこの宇宙に出現した】
アトマは先ほどまでとは打って変わって、真面目な調子で説いた。
ゆっくりと宇宙を遊泳する船外活動ユニットから、自分の足がはみでてフラフラと揺れている。その足の向こうには、映像でしか見たことの無い、宇宙から見る蒼い星の姿。
その全部が両手で掴めそうだ。
【そうして、あたしたちは君達人類に出会って、自我というものを知った。そして】
アトマが操作したのか、カノエが動いた反動か、船外活動ユニットがゆっくり旋回し、蒼い星が視界の外に流れ、入れ替わりに、骨格艦ジルヴァラとその後ろに衛星ファーンの姿が目に入る。
黒い影。
恒星ツァーリから注ぐ光が、骨格艦ジルヴァラを暗闇の中に半分ほど浮かび上がらせていた。
黒に近い紫紺の骨格フレーム。銀色に統一された外装甲板。その外装甲板各所を、優美な金細工と菫色の装飾が彩っている。
頭部艦橋からは大きな外装甲板が二枚、長い髪のように後方へ大きく流れ、先ほどカノエが出てきたエアロックのある小さなキャビンを覆ってなお、さらに後ろへ伸びている。
前面は三角柱の一本角。その下、光学観測探信儀を挟むように、上部パーツとマスクのような下部パーツに分かれ、竜のような鋭角なフェイスの固定式外装甲板の隙間から、蒼く発光する瞳のような光学センサーが覗く。
上腕部から生えるアームが保持する、肩を守る外装甲板はやや小ぶり。
大腿部の大型外装甲板と、可動式格納庫の外装のシルエットラインが繋がって見えるようにデザインされた船体下部は、ロングコートの裾のようにも見えた。
裾の膨らんだドレスを纏った痩躯の女性のようでもあり、捻れたN字関節から連想されるのは、翼を生やし、直立した痩身の銀竜のようでもある。
鋼の骨格と銀の鎧を纏う竜人。その頭部艦橋の両側合せて六つの連なる碧いセンサーが発光し、瞳のようにギョロリとカノエを睨んだ。
それは単に、光学観測探信儀が浮遊する物体を捕捉しただけのことであったのかもしれないが、カノエには意思の光に感じられた。
全高百m超の巨躯が、月のような衛星ファーンを背後に、光と影に彩られて宇宙を舞っていた。
人類とストラコアが宇宙を旅する為に形創られた新しい体。未知の宇宙を探索し、新たな地平を求める鋼の身体。
ヘヴンズハースの設定と同じなら、コレはそういう存在だ。
「僕は……これからどうしたらいいんだろう」
今まで当たり前のようにあり続けた全てが消え去り、カノエは文字通り、何も無い宙に浮いた状態であった。
目の前にあるのは、広大な宇宙と、銀紫の骨格艦だけ。
父も母も友人も生活も最早、遠い幻。
「セラ……」
【どうしたら、って言っても。あたしもどうしたらいいか、よく判らないんだよね】
「うぉい」
感傷に浸るカノエへ、アトマは平然と冷や水を浴びせかける。
内心、水先案内人ぐらいはしてくれるだろうと当てにしていたのが、その任をさっさと投げ出したので慌てた。
寝て起きたら宇宙に放り出された状態のカノエに取って、頼りはこのアトマと骨格艦ジルヴァラだけなのだ。
「……なんで僕はここに浮いてるんだ。理不尽にも程がある」
【とりあえず船内に戻ってそこらへん、話そうか?】
喫茶店にでも入ろうかという気安さで、アトマは言った。