Turn03 アトマ/4
百m級の艦船としては、骨格艦の胸部居住区はさほど広くない。
その中にコックピットシートと、船体を縦に貫き頭部艦橋と臀部動力炉区画を繋ぐ脊椎フレームが通っており、横幅となると外観で十数mほどの上に、もろもろのスペースや壁面構造の事情で、居住スペースは八畳間ほどの広さしかない。
カノエの記憶しているヘヴンズハースの設定と同じなら、背面の扉の向こうは搭乗者用の資材と、背部の小さなデッキスペースへの通路、脊椎フレーム内の整備用通用口に繋がっているはずだ。
「座っても?」
【どうぞ】
カノエは一先ず、設置された小さめのソファに腰をかけて一息ついた。
体にピッタリとしたボディスーツなど、生まれてこの方着たこともなかったからか、どうにも落ち着かない。
「外を見たりは出来ない?」
窓の無い部屋は、ゲームの時は気にならなかったのだが、現実に座ると息苦しく感じられた。
【VOIDの中は光も逃げられない超重力空間だから、何も見えないよ。って、そういえば基本的な知識のインストも失敗してるんだっけ。ああーもう……】
アトマが、ひどく人間臭い溜息をついた。
「VOIDの設定は知ってる。そうか、超重力だと何も見えないのか」
【VOID内は深淵に光が吸収されて光学センサーの意味がないし、非ユークリッド空間だから、前もって航海士が転移航路図をエミュレーションで解析した転移航路を、入り口から出口まで偏向重力推進で直進しか出来ない――って、設定ってなに? 頭にバグとか出てないよね? 大丈夫かな】
この小さな妖精との会話はさっきから今ひとつかみ合わず、しばらく沈黙が流れた。
ミニチュアサイズの妖精と言うと、アニメやゲームではよく出てくるが、実際にヒトのように喋られると違和感しかない。
曖昧な自己と、妙な現実感、そして不自然な妖精に囲まれて、落ち着かない気持ちのままカノエは待った。
“判断付かない時は、よく観察。焦って突撃はダメ”
カノエが落ち着いているのは、セラのそんな言葉を思い出していたからだ。
もちろんソレは“ゲームプレイの心得”の話なのだが。
この外がヘヴンズハースの設定通りの超重力空間VOIDなら、カノエはここから出るだけで死んでしまう。
外が尋常の宇宙だとしても同じことだ。
骨格艦の制御は当然、アトマがやっているはずだから、このアトマがヘソを曲げるだけで、命の危険だってありえる。
カノエに出来ることは、今はまだ、ジッと待つことだけだった。