Turn01 カノエ/5
「あ、〈アトマ〉じゃん。買うの?」
公式サイトを閉じかけた所で、唐突に背後から声が掛かった。
いつのまにか背後に立っていたのは、綺麗な黒髪と栗色の瞳をした少女。
校内で美人コンテストでも開催すれば、上位間違いなしの美少女を一瞥するが、庚は別段、驚いた様子もなく、
「なんだ、世良か」
と返した。
隣のクラスの佐原世良。
二年に上がったばかりの頃、遠野ミストランドで会った時、同級生とは思わずに“さん”付けして、敬語で話してしまい、「隣のクラスだよ。面白いね、君」と随分笑われて、それ以来の付き合いだ。
クラスの男子たちは、このお嬢様然とした世良にちょっとした憧れを抱いているが、残念ながらこのお嬢様モドキは、近所のアミューズメントセンター“ミストランド遠野店”にたむろするスパイク勢の中でも、全国大会出場経験もある生え抜きのスパイクプレイヤー。
知っているのは庚だけ……と言いたいところだが、世良が重度のゲーマーなのは、近しい人間には割と有名な話だ。
それでも夢を見たい層が、一定数居るらしいけども。
「珍しいね。学校で話しかけて来るなんて」
そんな周囲を知ってか知らずか、いままで世良は、人目のある校内で庚に話し掛けてきたことはなかった。丁度今、教室に二人きりだからだろうか。
――逢魔ヶ時。
そんな言葉が浮かぶ、夕闇迫る赤い時間。
夕日を浴びて、すこし色素の薄い栗色の瞳が黄金色に輝いて見える。庚は内心、ドキリとしていた。
のだが――
「で、買うの?」
外見やイメージとは裏腹に雰囲気もへったくれもなく、スパイクプレイヤーらしい、端的なザックバランとした喋りで世良は改めて聞いてきた。
「いや、買わない」
「あらなんで? かわいいじゃん。あたしに似て」
自分を指差し、そんなことを言う。
確かに世良の黒髪と栗色の瞳を、菫色の髪と翠色の瞳にすれば、容姿も似ているように思ったりもしたのだが、それはあえて口には出さなかった。
大体、普通ゲームのキャラクターなどと言うものは、美化して表現してあるものだ。それを堂々と「自分に似ている」と言える胆力は、さすがと言う他無い。
彼女はガチガチのスパイクプレイヤーだから、フレーバーなどには見向きもしないと思って居たので、庚は返事に困っていた。
「だいたい、世良の薦めで鍛錬鋼刃買ったから、お金がないんだって」
お陰で彼女と絡むためにスパイク勢に片足を突っ込み、駅前にあるミストランド遠野店のスパイクプレイヤー達に揉まれる日々が続いている。