Turn03 アトマ/2
【んー……ここは骨格艦ジルヴァラ胸部居住区。現在、ツァーリ恒星系惑星レンドラを周回する衛星ファーンの極天座標に向けて、小転移航路を航行中。そろそろ離脱点かな。で、私はジルヴァラのストラコア、自我顕現体ヒューレイ、個体名はアトマ。あと、わからないことは?】
「全部、全く。意味が分からない……僕は昨日、家で寝たよね、たしか。なにこれ」
カノエは額を覆って項垂れた。
ミニチュアとかフィギュアの類が流暢に喋り、昨日までゲームの背景映像に過ぎなかった場所に、自分が立っている。
なまじ目の前に座り慣れたクラウンシェル筐体の座席があるのが、カノエの混乱の度合いを深めていた。
【おーけー、おーけー、君の名前は?】
「ええと……三雲庚、遠野高校の二年……ですよ?」
【それって確か、プラネットエミュレーション内の設定だよね。そっちの記憶が残って、元の記憶がないってことは……やっぱり覚醒手順間違ったかなぁ】
筐体の座席に付属したコンソールに備え付けられた専用の座席の中で、アトマはだらしなく突っ伏した。
「そういえば、ジルヴァラって名前の骨格艦は知らないな……」
ふらふらと部屋の中を歩き回ってみるが、そこは確かに現実だった。ゲームの映像などではない。
【血圧、脈拍正常。基本身体能力の蘇生に問題はなし、と。プラネットエミュレーションの記憶に元の記憶が上書きされてる感じだから、状況認識の精神負荷で精神経路に悪い影響が出てないといいんだけど】
「記憶の上書きとか、怖いこと言わないでくれる?」
ゲーマーであり、SFファンでもあるカノエは、その言葉の意味するところはなんとなくは理解できた。
それもあって、それに見慣れた空間でもあるせいか、異常な状況にしては、自分でも比較的落ち着いている。
もう少し取り乱してもおかしくないと思えたが、そう考えを巡らせる程度にはカノエは冷静だった。
「夢でも見てるのか、僕は」
何より状況を知ると思しきアトマに掴みかかろうにも、相手は身長二十cmほどのミニチュアだ。
【ここは夢じゃなくて現実だよ】
「ゲームとかで良くある“異世界に飛ばされた”とかってやつ?」
【そういうのとも、違うかな……プラネットエミュレーションの記憶をそのまま受け継いじゃってるから、なんて説明したもんか……んー】
アトマは真面目に言葉を捜しているようだった。次の言葉を待ちながら、ふと、カノエは以前観たSF映画を思い出していた。
タイトルは忘れてしまったが、学校で珍しくセラが話しかけてきて薦められた映画だ。
そのSF映画はディストピア物で、主人公が今まで生活していたのは実はAIが見せていた夢の中。何かの拍子に目を覚ました主人公は宇宙船の中に――
「……今までの生活が、コンピュータが見せていた僕の夢の話……とか言うんじゃないだろうな」
【そうそう、そんな感じ。見せてたのはあたしじゃないんだけどね】
思いつきの言葉に、返事は随分と軽薄に返ってきた。
「いや、ふざけ――あー……もう」
あっけらかんとしたアトマに怒鳴りそびれて、語尾が宙を舞った。