Turn02 セラエノ/18
ナインハーケンズとの戦端が開いた報告は、資源小惑星で採掘作業にあたっていたライゼンにも届いていた。
「ライゼン=リンドブルムッ!」
等方性通信波を使って放たれた咆哮が、骨格艦エルアドレの頭部艦橋に鳴り響く。
「やかましいぞジゼルの鉄砲玉が! なんで俺の名を知ってる!?」
偏向重力推進のスラスト光を曳いて飛来する影を確認しながら、ライゼンも怒号をもって応じた。
モニターに映るのは、宇宙に半分溶け込みそうな暗い鈍色をした、無重力合金鋼の骨格と、可動アームで保持された外装甲板に鎧われた、惑星の力を宿す人型の悪魔。
艦種はクロムウェル級ナインハーケンズ改修型“クロムナイン”。
左肩に装備された、丸盾状の肩部外装甲板に記された識別旗は“鉤爪の一”。
通常のクロムウェル級に比べ、骨格艦の基本防御機構である可動アーム保持式の外装甲板を小型化してある為に見た目には軽装で、その隙間から、骨格艦の名の由来である|N字関節型四肢骨格構造《N・ボーンド・フレーム》が見え隠れする。
表面を覆うエーテルシュラウドが偏向重力を用いて、巧みに骨格を動かし艦上曲刀を構える様はまるで骸骨剣士のソレだ。
「ナインハーケンズの一番。切込み隊長アーチボルト=グリスだ! 前にディエスマルティスの表層外壁で斬りあっただろうが! 忘れたのかテメエ!」
クロムナインの手にした全長六十mほどの艦上曲刀は、とても切れ味が良さそうには見えない。
しかし、エーテル導体がプリント基板状の構造をしており、ストラリアクターからエーテルシュラウドを通わせる事で、攻性偏向重力に特化した超高密度のエーテルシュラウド――超構造体を破壊できる唯一の武器“重力刃”を発生させる。
刃と言うには無骨な、刃紋と言うには歪な、青白い幾何学模様の燐光で覆われた巨大な曲刀が、宇宙を飛翔するクロムナインの推力を上乗せし、小惑星ごと両断しようという勢いでエルアドレに襲い掛る。
待ち構えたライゼンの藍緑色の外装甲板を纏う骨格艦エルアドレは、手にした刃と柄が半々の半刃半柄鉈槍でこれを受け止めた。
全長は約百m、全備重量は千tから千五百t。その骨格艦が放つ重力刃の斬撃の威力は、質量火砲換算で小惑星の質量にも等しいと言われている。
小惑星上でぶつかり合った重力刃が星間物質に還元されて弾け飛び、紫電を宇宙に散らし、余剰となったエネルギーが脚部フレーム先端のシ足状ランディングギアを伝って、資源小惑星の地表を抉った。
「フィラディルフィアのライゼン=リンドブルムだ。すまん、誰だか忘れた!」
【半刃半柄鉈槍の重力刃、十八%(パーセント)減衰。リアクターよりリロードします】
「いい度胸だテメエ……なら、また忘れないうちに、ここでケリをつけてやるヨ!」
熱量はもちろん、物理的な衝撃や破壊にすら耐性を持つ超構造体化した骨格艦を撃破するには、船体中枢を守る外装甲板を突破し、重力刃で相手の|N字関節型四肢骨格構造《N・ボーンド・フレーム》を両断する必要がある。
その為に、エーテルシュラウドに守られた骨格艦の戦闘は、重力刃を継続供給できる剣戟兵装によって行われる剣激戦。
「船長には適当に引き付けてから逃げろって言われてるんだけどねぇ……頭数でも負けてるし」
それは六千年の間、今日まで変らず、骨格艦は重力を武器に纏い、音速を超える剣先を振るって泥臭い斬り合いを演じていた。