Turn02 セラエノ/16
遥か遠い昔に、人類を外宇宙へと連れ出した高次精神生命体ブラフマン。
人類がVOIDの深淵に眠るとされる“ブラフマン”と直接対話を果したことはなく、その存在を知るに至ったのは、太陽系に最初に現れたオリジナル一○八基のストラリアクターの存在が有ればこそだ。
そのオリジナルリアクターから最初に構築された第一世代骨格艦が、ジルヴァラのような、六千年級骨格艦であった。
不老種のような宇宙適応化人種も含めた全ての人類は、ストラリアクターによって恒星間航海時代を向え、それは今も新たな恒星系の発見や、星団、銀河渦状腕すらも超えて、幾つもの超国家組織が鬩ぎ合うまでに、共に旅を続けてきた。
「“彼”なら、たとえ私が居なくなっても、君を“太陽系”まで連れて行ってくれるかもしれないよ。アトマ」
何故か嬉しそうにアトマの消えた床を見つめていると、
「この程度の窮地で、容易に生存を諦められても困るのですが……」
ユーリが呆れ顔を作って言った。
「相手はクヴァル最強の十天船団なんですけど。アレ、張り子の虎って訳じゃないのよ? 知ってた?」
「知ってます。伊達に航海士はやっていません」
平然とユーリ。
「まったく、厳しいなぁ――状況」
容赦のないユーリを横目に、目を閉じて、再び開くとセラエノは戦士の表情になっていた。
「敵骨格艦三隻、左舷コンテナ艦に着弾したアンカーユニットAに取り付きます!」
「中央下部コンテナ艦へ向かう四隻の敵戦隊に、旗艦シュタルメラーラを確認」
光学映像処理を施したレーダー映像。七隻の骨格艦が四つと三つに分かれて、フィラディルフィアに取り付く様子が戦術卓に表示される。
大型モニターに映る光学映像を見ると、先頭を飛翔する骨格艦シュタルメラーラの肩の外装甲板だけが、一回り大きく、異なる形状をしていた。
頭部艦橋の側面を覆うように、左右に突き出た光学観測探信儀の下、可動アームを使わない、直接固定式の外装甲板の隙間に埋め込まれたセンサーの光源が、さながら真紅の眼光の如き輝きを放つ。
「赤眼のジゼル!」
映像に、オペレータの一人が畏怖を込めて叫んだ。
「……ユーリ、後の指揮お願い。ジルヴァラをVOIDに逃がすまで時間が稼げれば、それでいいよ。その後、アンカーに捕まった船体後部のコンテナ艦を全て分離。無事なコンテナ艦とリアクター艦でそのまま離脱して。フィラディルフィアは連結建造型だから、規格通りなら多少コンテナ艦を切り離しても、転移航路は使えるはずよね?」
「ええ、コンテナ艦ごとアンカーユニットを切り離せれば、問題なく離脱できます……けど、船長はどうなさるんです?」
ユーリが珍しく曇った表情で尋ねる。
「アンカーを振りほどけても、ジゼルの足止めは要るからね。あいつの狙いはアトマだけじゃなくて、私もだから、囮には丁度いい」
「赤眼のジゼルがセラエノ船長を? ……ああ……そうでした……」
踵を返したセラエノの言葉に、ユーリはすこし思案して理由に思い当たり、そして少しゲンナリした顔をした。
「――セラエノ船長が出ます。ジュディ、アストライアから戦術管制」
ユーリに呼ばれた管制官が「はい!」と返事をして席を立つと、セラエノに続く。
「ありがと……ごめんねユーリ」
「早く行って下さい。それに、フィラディルフィアを沈めるつもりはありません。こっちは私が何とかします」
ユーリは指揮所を去る船長にいつもの調子で言った。
「うん。後、よろしく」
敬礼だかチョップだか、よくわからない仕草をしたセラエノが指揮所を出て程なく、フィラディルフィアの舷側から、アストライアとエルアドレの編隊四隻が出撃する光点が戦術卓に映る。
「……どうかご無事で」
ユーリ=レドブランシュは人に聞かれぬよう呟くと、それきり、残された職務と後の方針に思考を巡らせた。