Turn02 セラエノ/15
「敵アンカーユニットの一基が後方中央のコンテナ艦に命中……うぁ……ジルヴァラの格納庫に最短位置! マズイです船長!」
報告するオペレータは焦りの声を隠せない。
アンカーユニットは本来、外宇宙船同士を繋ぎ、移乗攻撃を行うための鉤綱だが、先端に発生する掘削用重力刃により、フィラディルフィアの表層外壁を貫通、敵艦への侵入穴を開けることも出来る。
資源小惑星のライゼンとユージンを抑えに向った三隻を除き、フィラディルフィアに向って来ているのは七隻。
「骨格艦を取りつかせるな! 着弾点付近の砲座はアンカーユニットを攻撃! ジルヴァラは空いてる機材砲でレンドラ衛星行きの小転移航路に射出。ユーリ、航路設定お願い!」
セラエノはそこで言葉を止めて、アトマに向き直った。
【セラエノ!】
セラエノの指示を聞いたアトマが、いつもののんびりとした口調ではなく、珍しいことだが、鋭い声を発した。
「案外そんな声も出せるんだねアトマ。キャラ、ブレてるよ?」
彼我の戦力比が絶望的であることはアトマも理解していたが、何故か、本来戦闘システムであるはずの彼女は“セラエノならなんとかするはず”と思い込んでいたのだ。
自我の成長の証であると同時に、それはアトマにもどかしさを与えていた。
【そうだ、セラエノがジルヴァラで出撃れば……】
「ジルヴァラには“彼”が乗っているでしょ?」
“六千年級骨格艦、乗って見たかったけど”と付け加えながら、セラエノは首を振った。
「それに、ジゼルの標的はアトマさん自身ですし――みすみす獲物を、彼女の目の前にぶら下げるのもどうかと」
ユーリが冷静な意見を差し挟んだ。
「まだ生まれたばかりの君には酷かもしれないけど、ここからは自分で考えてオリオンアームを目指すんだ。それが君の“使命”なんでしょ? アトマ」
【そんな……】
躊躇うアトマに、セラエノは快活な笑みを贈ると、へたり込んだその小さな流動金属の体を優しく持ち上げて、船長席の後ろに設置されている黒い六角柱の台座に座らせた。
スイッチを入れると、それはアトマを保護するように、六角柱の上面が透明なケースで閉じられる。
「ユーリ、アストライアの用意。それとオペレータを一人頂戴」
【ヘルムヘッダーも居ない骨格艦じゃ、どうしようもないじゃない!】
後ろでケースを“ドンドン”と叩きながら、アトマがくぐもった声で叫んだ。
動揺し叫ぶ様は、自我を獲得したばかりのヒューレイというよりも、まるで一人の人間のようであった。
「ヘルムヘッダーは居るよアトマ。六千年、君の中で眠っていた“彼”が」
【六千年寝てただけのが、何の役に立つって言うのよ】
「んふふ。役に立つかは、起こして見てのお楽しみ……かな。出来る限りのことはしたつもり」
セラエノがコンソールを引き出して入力すると、ゆっくりと六角柱は床に沈み始める。
【――セラエノ、待って!】
「アトマ、まずは惑星レンドラへ向かって。ユードラが助けになってくれると思う――必ず助けに行くから。それまで――頑張ってね」
セラエノは不敵な笑顔でアトマを見送る。
【セラエノッ!】
アトマを載せた六角柱の台座は、それきり床へを沈んで消えた。アトマの本体である、骨格艦ジルヴァラの格納庫へと送られたのだ。