Turn02 セラエノ/9
「それでアトマ、“彼”から太陽系行きの転移航路図は引き出せそうなの?」
ひと段落して、セラエノは戦術卓の後ろにある船長席に腰を下ろすと、ひじ掛けに座るアトマに問いかけた。
【んー、航海士の素質はあるみたいだけど……でも、炭素冷却封印された地点から精神経路が途絶えてるから、“彼”を当てにするなら、封印される前の記憶がある恒星系までは接近しないとかなぁ】
「とにかく、オリオンアームに渡らないことには仕様がないってことか……」
アトマと反対側のひじ掛けに持たれて、セラエノは頬に細い指を当てる。
【オリオンアーム行の大転移航路図、あてはある? あたしは本体が骨格艦だから、転移航路の座標とかはサッパリだよ?】
「ここの惑星侯は知り合いでね。彼女に頼むつもり。シンザはそもそも大転移航路を仕切って儲けてる組織だし、まあ、なんとかなるでしょ」
知り合いと言う割には、憂鬱そうな顔でセラエノは言った。
「また、そんな行き当たりばったりな――そういえば船長。無事に太陽系行きの転移航路図が引き出せたとして、その後はどうするんです? “彼”」
横で聞いていたユーリが口を挟んだ。
「……仮に、宇宙に投棄したところで、どこの組織に登録されてるわけでもなし、どこに咎められることもないんだけど……」
頬杖をついたセラエノは、天井に表示されているペルセウスアーム=シンザ領リューベック星団の全天を記した星図を見ながら言った。
「彼もジルヴァラやアトマさん同様、六千年前に太陽系で生まれた貴重な太陽系人類の生き残りには代わりありませんから、シンザの歴史研究施設にでも引き渡せば喜ばれるでしょうけども……」
いわゆる人権。或いは生存権。
これらは宇宙開拓の時代となる恒星歴に移って以降、六千年経った今でも、太陽系時代よりも劣悪な状況であるとされる。
それらを“保証”しているのはクヴァル超帝国やシンザ同盟などの、幾つもある超国家組織なのだが、それらは全く持って“保障”されていないのだ。
その原因となっているのは“広大な宇宙そのもの”だった。
中央権力による統治統制を行うにはあまりに広すぎ、特に情報伝達手段が、外宇宙船や骨格艦などの貴重な艦艇を用いた連絡艇頼みであることが、相対的に電波通信時代以前の状況を作り出していた。
そのために、外宇宙船や居住可能惑星のような“多数のヒトが居住するオブジェクト”には国家級の自治権が認められている。
そして、その中には交戦権も含まれる。
それは自治権と言うよりも、“自分の身は自分で守れ”といった意味合いが強いものだった。