Turn02 セラエノ/7
カシマさんはフィラディルフィアの後部に位置する居住用コンテナ艦内に農園を持ち、様々な作物を栽培している農家である。
何せ、フィラディルフィアはずっと宇宙を旅する外宇宙船で、その動力は、宇宙を漂う星間物質さえあれば、永久機関として機能するストラリアクター。
その為、自給自足が基本であり、全長三十kmもある船内には、船員の家族も含めて惑星侯の領民と同等の地位を持つ約千五百人もの人が暮らし、農場や工場、警察に消防、病院、役所まで存在する。
「高次精神生命体というより、流行娯楽のマスコットにしか見えない……」
美味しそうにゼリーを頬張るアトマを、セラエノはそう評した。
厳密には、高次精神生命体であるのは“ブラフマン”であって、ストラコアはその眷属に過ぎないのだが。
「一応、ウチのクライアントさんですが」
ゼリーを齧っているアトマをジト目で眺めていると、横合いからユーリが言った。
アトマから提供される対価は現金ではなく、骨格艦ジルヴァラそのものと、自身の研究許可。である。
「ユーリも一応とか言っちゃってるじゃないか」
太陽系内で文明的な袋小路に陥っていた人類を、広大な銀河へと導いた偉大な高次精神生命体の眷属ではあるのだが、ユーリ自身ここまでザックバランと言うか、小動物的な人柄は予想外だったらしい。
【いいのいいの。畏まられて祭り上げられても困るしね。あたしたちは元々ブラフマンの撒いた感覚器に過ぎないから、ヒューレイといっても、まだまだ人間のような自我や意識はもっていないんだよ。触覚に顔が付いてるみたいなもん?】
蜜柑ゼリーを口でもごもごさせながらも、咀嚼音を立てずに器用に喋る。
「食べ物を食べながら、気持ち悪い例えをするな。あと、食べながら喋らない」
「自我が育っていない、って割には猛烈に個性があるように見えますが……」
眼鏡がずり下がらんばかりの呆れ顔で、ユーリはアトマを見つめた。
「生まれたばっかりの子供って思えば、そんなもんなのかね……全知の眷属だけに、無駄に知識ばかりあってそうも見えないけど」
船長席の手すりで正座して、ゼリーを啜っていた小さな妖精は満足したのか、腹を撫でながら【はー、おいし】などと言っては、食事を満喫していた。
「そういうものですか……あ、それで船長、機材砲班の作業、終わりました」
「じゃ、状況お願い」
エルラド星系出身の船員に見られる頼み事の習慣を真似して、セラエノは手刀を立てる仕草をした。