6 颯爽と馬で駆け付けるで侍
ここは江戸より二里ばかり離れた小さな村。舗装されていない道を二人の男が歩いている。
「オジキぃ、腹がへった!」
「さっき食ったばかりだろう……」
腹を減らした男は身の丈が普通の倍はありそうな大男。背中に大黒柱のような木の箱を背負っている。隣の中年の男は、威厳ある顔で周りを睨み、何かを探しているようだった。
「そんな怖い顔をしたら、目的のものが逃げてしまうぞ……」
「これが普段の顔だ」
昔は町を歩けば、因縁をつけられるか逃げられるかの二択だったが、今はそれに職務質問をされるが増えた。さっきも近くであった事件について、警察に話しかけられたが、同業者だと話して難を逃れたのである。
「それで慶次、どう思った?」
「オジキ、あいつはまだ生きとる」
江戸からやって来た中虎晴信と金剛院慶次は、先日起きた事件を追っていた。
あれは、月の綺麗な夜だった。村の外れの小さな小屋で、若い女が殺されていたのだ。死因は、全身の皮を剥がされたことによる失血死。しかし、痛々しさとは裏腹に、女の顔は安らかで、今にも目を開けそうだったそうな。
この犯人に二人は身に覚えがあった。中虎にしてみれば、大事な娘の右腕を奪った張本人でもある。
「殺す場所や手口もそうだが、そこで殺したことすら分からぬほどの潔癖さが、懐かしさすら感じた」
「……私もそう思った」
中虎の手に力がこもった。あの時切り捨て、谷底に落ちた筈だったのだが、やはり死体を確認すればよかったと、今改めて感じていた。
「だが、何故今になってまた出てきたんじゃ?」
「もしかしたら、これまでにも警察に届いていないだけで、もう何人も殺されているかもしれん」
「周りの村にも行くのか?」
「可能性があるなら行くしかなかろう」
「御意っと。……しかしまずは飯を喰おう!」
丁度昼を告げる鐘の音が聞こえた。慶次の顔も反応し、中虎は仕方なく了承した。
しかし近くに飯屋はなく、歩き回った二人はやっと村外れにあった飯屋に入ることとなった。
「邪魔するぜぇ!」
外観の古さを裏切らず、中も相当な古さである。
「いらっしゃいませ……」
店の奥から、老婆の声がした。一人で切り盛りしているのだろう。
「婆さん、茶漬けをもらおう!」
「はいな……」
慶次は床にどかっと座ると、背中の木箱を脇においた。
「最近、使っているのか?」
中虎が箱を見ながら尋ねた。
「いいや、拳のほうが先にでる!」
「そうか……」
体の大きな慶次が身につけるそれは、昔自らの力で勝ち取ったものだった。その結果、慶次が以前にも増して強くなったのだが、制御できなくなることも多くなっていた。鬼に金棒とはよく言ったものだが、金棒が慶次を鬼にしてしまったのだ。
それを知った慶次は、それを木箱に収めるようになった。これを開けるのは、自分が本当に扱えるようになった時だと決めているのだ。
中虎にしてみれば、すでに慶次は箱を開けてもいい頃だと思っていた。数年ぶりに見た慶次は、すでに漢となっていたからである。
「お待たせしました……」
頭巾で顔を隠した老婆が、腰を曲げながらお椀を2つ持ってきた。
「私は頼んでないが?」
「ありゃ、そいでしたかの?最近は呆けてしもうての。まぁ作ったから、ついでに食べてくだされ。茶も今よういしてきますんで……」
そう言うと、老婆はまた店の奥へと消えていった。
「オジキ……」
「……やる」
「さすがオジキじゃぁ!!」
茶漬けが水のように慶次の胃に流れていく。瞬く間に、空の茶碗が転がった。
「それでオジキ、次はどこにいくんじゃ?」
「この先にも村があるらしい。そこで行方がわからなくなった若い女がいないか尋ねてみよう」
「よし、じゃあ行くか!」
慶次が立ち上がったその時だった。
「ありゃ、早いですの……」
老婆が茶を持って帰ってきた。
「おぉ婆さん、うまかったぞ!」
「そりゃ、よろしゅうございました」
「失礼。貴女は、この先の村の事も知っているか?」
中虎が老婆に尋ねた。
「よく知っていますよ……」
「最近、この手前の村で女が殺された話は?」
「えぇ、存じていますよ……」
「この先の村でも同じような事がなかったか?」
「さて、どうでしたかの……」
老婆は床に湯呑みを置くと、中虎の顔をじっと見た。
「お侍様方はそれをお調べなさってるんで?」
「あぁ……」
「婆の独り言です。触らぬ神に祟りなし……」
「その割には手が老けていないが?」
中虎の言葉に老婆の動きが止まった。
「顔を隠したのはいいが、手までは気が及ばなかったようだな。貴様は誰だ?」
中虎の言葉に、老婆からは薄気味悪い笑いが溢れた。
「よく気付いたな猫!そして馬鹿猿」
ゆっくりと頭巾を剥がすと、そこに見えたのは若い女だった。
「この間殺された女か!!」
「そうだ。ついでに言うと、この先の村でも一人、我の妻となった女がいる。この女は貴様らを呼ぶための餌だ」
「やはり生きていたか、門左衛門!!」
「猫が吠えるな。すぐにアキも我が妻としてやるぞ」
「ほざけ!!アキには指一本触れさせん!」
顔は恐いが温厚な中虎が、女の奥に見える仇の影に激昂し、その鋭い眼光をぶつけていた。
「まぁいい、時間の問題だ。今はお前らに用があったんだ。毒入りの飯は美味しかったか?」
「?! 慶次!!」
見ると、慶次は腹を抱えてその場に踞っていた。
「馬鹿猿が。一杯でも死ぬ茶漬けを二杯も食うとは。猫が死なぬのは面白くないが、これから殺すとしよう」
女は懐から大きな包丁を取り出すと、自分の顔に流すように当てた。捲れる皮膚の下は、よく鉋がけされた杉だった。
「猫よ。剣を握らぬお前は人以下だ。ここで死ねぇ!!」
女が腰に構えた包丁が一直線に中虎を襲う。しかし。
次の瞬間、女が吹き飛んでいた。地面に打ち付けられた体は、およそ人体が鳴らさぬ音を発した。関節は逆に曲がり、首に至っては首の皮一枚で繋がっているだけだった。
「あぁ、治った!」
女を殴ったのは慶次だった。もちろん女を殴るような男ではないが、先ほど見た木の肌で、殴る気になったらしい。
「慶次、大丈夫なのか!?」
「オジキ、俺を舐めるなよ?この位の毒、この間食った蛙に比べたら屁でもないわ!」
「……馬鹿猿が」
女は腹を背にして四つん這いになっていた。今にも取れそうな首が、揺ら揺らと慶次を見ていた。
「それで、どうする門左衛門。お前が出てくるか?」
「舐めるなよ。すでにこの小屋の周りは我が人形達で囲んでいる。それに、本当に大丈夫か馬鹿猿?」
中虎が慶次を見ると、額に脂汗を滲ませ、体が震えていた。
「馬鹿垂れ、大丈夫ではないではないか!」
「すまんオジキ。蛙の時も三日寝込んだんじゃ……」
「これで二匹、駆除できたな」
壁を外側から叩く音がする。それも一方向からではなく、屋根を含む全方向からだ。段々と強くなる音は古い建物を揺らし、腐った柱を砕いていた。
「せいぜい苦しんで死ぬことだ。……やれ」
その瞬間。地震のような揺れとともに、轟音が飯屋の真上に直撃した。当然屋根は抜け、上にいたであろう人形が地面へと叩きつけられていた。すでに体は粉々になっていたのだが。
「おい神馬、いくら人形がいるからと言って、家を壊してどうする!!」
「こんな古屋に人などおらん。それより晴信を探せ」
砂埃の漂う室内に堂々と舞い降りたのは、朝二人に置いて行かれた黒堂勘助と、普通の二倍はありそうな機械の馬”神馬“だった。
「仕方ない馬じゃ……。オジキ、オジキぃ!!」
「ここだ馬鹿垂れ!」
あともう少しで巻き添えになりそうな場所で中虎は慶次を抱えていた。
「おぉオジキ。ん?どうした慶次、何があった?!」
「それより門左衛門だ!!気をつけろ、近くにいるぞ!」
勘助の顔が、一瞬で変わった。獲物を狙う目が、砂埃の中の敵を探した。
一瞬も気を許さぬ緊張感が続くなか、砂埃が晴れるとその中に首の取れた人形が一体あった。
「……これか?」
颯爽と駆け付けたのはいいが、手掛かりも一瞬で吹き飛ばしてしまったのである……。