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4 惡の親玉で侍。

暗い場所はいつでも悪が潜むと言うがそれは間違いではない。そんな悪がここにはいた!悪の根源ともいえるお方は西洋から仕入れた脚のついた布団”べっと”でお休みになっている。


「zzz………」


聞こえるだろうか、この凶悪な寝息!異界に住むという竜は巣穴でこんな寝息をたてると言われるんだが、この方もそれだ!


「ん……んん……」


今にも怒りを爆発させそうな寝言、なんと威厳に溢れているのだろう。


「眠い……」


おぉ!この欲望を正直に言葉にできるこの傲慢さ!悪という言葉が一番似合うのはあなた様以外おりません。


「うるさいぞ半蔵……」


そう言ってお目覚めになったのは我が主。その鍛え抜かれた御体、男の私でも抱かれたいと思うほどです。


「半蔵……心の声はもうよい」


「失礼しました。門左衛門様」


「お前無口だが、心の声が駄々漏れすぎるぞ……」


「失礼しました」


門左衛門と呼ばれた男の体は七尺はありそうなほど大きい。さらにはその鍛え抜かれた筋肉のお陰でさらに大きく見える。顔は四十代くらいに見えるが彫りが深いはっきりとした目鼻立ちをしていて異性が見ればすぐにでも飛び付いてきそうな顔をしていた。


「それで何の用だ」


「例の件で探っている者がおります」


「……誰だ」


「中虎晴信」


名前を聞いて笑顔を見せた門左衛門は口端を上げた。


「猫か……ふふ、おもしろい。童もいるのだろう?」


半蔵が首を縦に振ると門左衛門は近くにあった羽織を纏い、奥へと消えていく。


「暫く泳がせておけ」


「わかりました」


そうして残ったのは半蔵と大きな”べっと”になった


やべぇ、超かっこいい!!惚れる!笑った顔も素敵だ!あぁ、もう!!


心の声が態度とは裏腹に爆発している半蔵だった。


門左衛門は暗い通路を歩いていき、その先にある鉄の扉の前に辿り着いた。


大きな鉄の扉はとても古く、斑についた茶色い錆がその年月を表していた。取っ手を握ると軽々と開けていくのだが、建て付けの悪そうな音が通路中に響きとても煩い。


「そろそろ変えるか……」


そんな声も閉まる扉の音に掻き消されながら入った先は、彼の研究室であった。


「ただいま、我が愛する妻たち……」


そこにはおびただしい数の女性達が色々な場所に寝たり座ったり、はたまた逆さになって夫を迎えていた。女性達は全て裸で白い肌を露にしているがそのどれも生気が感じられない。


「整理もしないとな……」


と言いつつも奥に進む為に女性達を放り投げていく。生身の体とは思えない家具を放り投げたような音がするが、投げた本人も女性達も驚かない。


道をつくりそれを進んでいく門左衛門はある部屋の前に来た。可愛らしい赤い扉には 最愛 と書かれた板が掛けられていた。


音もなく開いた先には一体の人形が椅子に座っていた。木でできたその人形は子供くらいの大きさで女性のように脚を揃え手は品良く上に添えられていた。


「ただいま」


門左衛門の言葉に反応するはずもなく人形は沈黙で答えた。


「今日は真っ直ぐ帰ってきたんだよ」


門左衛門の手は人形の右手をとった。白魚のように細く柔らかな指が絡み、あるはずのない温もりを感じさせた。


そう、その人形は右腕が人であったのだ。細かく言うと木の表面に人間の皮を張っているのである。先程の部屋の女達もそうだ。門左衛門は人形の手を自らの頬に当て、命の温かさを感じた。


門左衛門は人形浄瑠璃で使う人形技師を生業としていた。一つ一つの間接が人の動きを精密に再現する。門左衛門は人形技師のなかでも一際その動きを把握し、再現することに長けた人間であったのだ。


しかし……いつしかそれは人間という物への執着となっていった。かといって骨や筋肉、臓器には興味がない。表面たる「皮」に興味を惹かれたのだ。木や鋼にはない質感。絹や綿にはない命の温かみ。「皮」こそが門左衛門の人形の命となっていったのである。


門左衛門は昔、一人の侍と一緒に暮らしていた。元々武士だった彼は大政奉還が成って数ヵ月、浮浪者として全国を旅していた。そこである道場を見つけたのだが、そこで一人の男と子供達がこれからの日本について話合っていたのだ。成り行きで一緒に暮らす事になった門左衛門は、手先の器用さを生かし子供を楽します人形を作った。


これが思った以上に流行り、すぐに近くの町で人形職人として働けるようになった。そこからだろうか、門左衛門が人形というものに溺れていったのは。


人形に命を吹き込む。職人の境地があらぬ方向に向いてしまった。彼はそこから何度も何度も人形を作り、人ではないそれを何度も何度も壊した。そして、とうとうあの考え方に行き着いたのだ。


ある時、一人の女を殺した。殺すのに手間取って皮に傷がついてしまった。また一人殺した。今度は皮が上手く剥がれない。また、また、また、また、また、また、また………。


綺麗に皮のみを剥ぎ取る事が出来たときには彼は大罪人になっていた。一緒に暮らしていた侍と子供達は必死に説得してきた。しかし、すでに遅かったのである。家を離れる夜、その日は激しい雨が降っていた。


何か思い出を持っていきたい。恐ろしい考えが門左衛門を動かした。


侍の姪、父親の仕事の都合で預かっている。彼女の皮を頂いていこう。家では彼女はいつも中心で笑っていた。彼女の笑顔は門左衛門が命と思うものを一番強く感じさせてくれた。彼女こそ門左衛門の身近にある理想の命だったのだ。


連れ去った。門左衛門は家から少し離れた所に秘密の部屋を作り、そこで自らの夢を追いかけていたのである。


そこに着く頃に彼女は目覚めた。何もわかっていない瞳が門左衛門の心をくすぐった。無理矢理に少女を張り付けにした。彼女の瞳が疑惑に濁った。全てを話し、道具を見せると今度は恐怖に駆り立てられ、光を強めた。美しかった。


彼女の右手にゆっくりと刃物が入ると彼女の瞳は少し光を失った。大丈夫。命を削ぎ落とし、皮へと命を移しているのだ。叫ぶと命がそちらに移ってしまうから口は封じてあるが。


肘まで作業を続けたときにはすでに彼女の意識は飛んでいた。息を確かめた。……まだ大丈夫だ。


しかし、そこで邪魔が入った。侍が飛び込んできて、門左衛門に斬りかかったのである。門左衛門は深手を負いながらも少女の右手の皮を持って逃げた。逃げ延び最初にしたことは右手のみ皮を張り付けた人形。


まだ少女の息はあった。侍が助ければ彼女は生き長られるだろう。


「……今度は、完璧な命をもらいにいくよ」


そうして門左衛門は自身の傷を癒す為、身を隠したのである………。


-------------


その夜は酷い雨だった。雷と風、いつかの夜を思い出させた。


晴信の所に厄介になっていた勘兵衛は落ち着けず、屋敷を歩き回っていた。


あの夜、勘助は彼女を守れなかった。師と仰ぐ侍と乗り込んだ小屋で彼女の痛々しい姿を見てしまったのだ。師からあれほど言われていたのに、些細な事で喧嘩をしてしまったせいで彼女は右手を失ってしまったのだ。


勘助はその時誓った。彼女を守り、あの男を殺すと。師の一撃で深手を負った筈だが、必ず何処かで生きていると思っていた。だから全国を旅して男の居場所を探っていたのだ。そしてあの巨大な人形を見たとき、勘兵衛の心は真っ直ぐ男へと向かっていったのだ。


「………や……!!」


近くで声が聞こえた。


「い、嫌!!嫌ぁあああ!!!」


「アキっ!!」


目の前の扉を開けると べっと の上でアキが右腕を押さえていた。


「か、勘助様……助け、助けてぇ!!」


彼女の虚ろな意識のまま、勘助の方に這ってくる。べっと から落ちようとも関係ない。時より後ろを見ながら見えない何かから逃げるように体を動かしている。


「アキぃ!!!」


勘助は駆け寄ると、彼女を力強く抱き締めた。


「大丈夫じゃ…!もう大丈夫じゃ…!」


「勘助様!!あ、あの男が!!」


「大丈夫じゃ、あいつは居らん。オジキと儂と皆が居る」


「勘助様……、わ、私……う、腕が…!!私の右手っ!!ないっ!」


「しっかりせぇ!儂がお前の右腕じゃ!安心せぇ!お前は儂が必ず守る!もうあの男に触れさせん!」


「いや、いや!!死にたくない!」


「アキ……すまん。すまん……!!儂のせいじゃ!!すまん!!」


「アキ!!」


そこに異変を聞いた晴信が飛び込んできた。部屋の灯りをつけ、二人に駆け寄った。


「お、お父様……?」


「アキ……」


「あれ、わ、私……」


ようやく意識がはっきりとしてきたアキは、自分を抱き締めている男を見た。


「勘、助様……?」


「アキ……、すまん!すまん!!」


男の目には涙が溢れていた。震える体で一生懸命抱き締めてくれている姿はあの時と同じだ。


「勘助……もう大丈夫だ」


そんな男の肩を優しく触った父はゆっくりと頷いた。男の力はゆっくりと緩み、体が離れると何も言わず立ち上がり部屋を出ていってしまった。


アキは何も言えず、ただ男の小さな背中を見ることしかできなかった。

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