プロローグ
こんにちは旋風寺です。
内容チェンジです。
ちょっと年齢層高めです。
文明開化。それは侍がいなくなった時代。髷を落とし腰につけていた魂を奪われ、主人ではなく国の為に何かを成す時代。
西洋からの文化が多く入り、町には“がす灯”なる明るい行燈が立ち並び、家は“れんが”なる強き土で強固なものとなった。道も格段に歩きやすく土すら“れんが”なるものに移り変わってしまった。ふと見れば絢爛な馬車が通り、ふと見れば西洋の服を服を着た人が町を歩く。
ボォーーーー!!
あの音は機関車と言うらしい。鉄の塊がすさまじい速さで多くの人間を運ぶ。便利な世の中になったものだ。
明治の日本はまだまだ進歩を続ける。
しかし、まだまだそれは人が集まる場所のみであり町を一歩出ればそこは森と獣の住みかとなる。
その森を歩く若者が一人。彼の目的は今まさに紹介した都、東京にいるある人物に会うことでる。がっしりとした肉付きのいい体にしては顔が幼く、右目に眼帯をつけている。痛々しい右目の傷は眼帯に隠しきれないほどだ。眉のあたりから下は唇のあたりまで。一直線に入っている傷はおそらく刀傷だろう。
和装に身を包み、手には唐笠、腰には握り飯の入った笹の葉と刀が二本。一本は長く一本は短い。世に言う二本差しと言うやつだ。
長いほうは純白が闇に映え、鍔に大きな車輪がついている。短いほうは逆に黒く闇に溶け、柄の先端が潰れたように平らで、“斬”という文字が刻んであった。
闇夜に歩く若者は月を見、風に流れる草の音を静かに聞いていた。
その柔らかな音を邪魔するように何かが近づいてくる音がする。
ザザッ……
犬か、猪か、はたまた人間か。その影は若者に向かい一直線に向かってくる。殺気を放ち牙を鳴らし、命を奪う為にそれはやってきていた。
「やめとけよ」
不意に若者から声が届いた。やはり若く十七、八に聞こえる。しかしその物言いには三十半ばの落ち着きも感じられた。
闇より出しものはその忠告を全く聞かず…いや聞こえておらず、ただ若者の命を奪おうと草むらより飛び出した。
グギャァアアアア!!
鬼か化け物か……。
「お主に儂は倒せん。心を持たぬ人形よ」
月夜に照らされた姿は木で出来た人形だった。人型で四肢も頭もある裸の人形。四肢をあらぬ方向に曲げ化け物ともとれる。さらにはその大きさ、人の十倍はありそうな巨体は鬼ともとれる。
異形の存在というのが正しい見解だろう。異形は若者目掛け潰すように体をぶつけた。
グギャギャギャギャギャギャギャギャ!!
口のパーツをパカパカと動かして笑うように手を叩いた異形だが目的の者はすぐ目の前で何事もなかったように立っていた。
「やめろ。お前では勝てん」
その声に異形はすぐさま腕を伸ばし若者を掴もうとした。が掴めなかった。
丸太ほどの指が絶ち斬られゴトンと音をたて地面に落ちる。若者は腰の刀を一本抜きその露を払った。
ギャアアアアア!!
痛みなのか悔しさなのか異形は立ち上がり両拳で地面を殴り付ける。
暗がりによく響く轟音と月夜を濁す砂埃が一体に舞う。
グギャギャギャギャギャギャギャギャ!!
草花は散り大地が窪んでいく。流れるそれらが風に舞い異形の者へと吹きすさぶ。
「騒がしいぞ」
声は異形の肩から聞こえ、異形の腕は切り落とされた。
「敵わぬと思えど向かってきた粋はよし!しかし……」
若者はもう一本の刀を抜き、長刀を右手に短刀を左手に握り月でも描くように頭の上で二刀の鋒を合わせた。
グギャギャギャギャギャギャギャギャ!!
異形は口をバカバカ鳴らし若者目掛け首を伸ばす。
「自らの罪を知れ!!」
鬼神の如き表情に刀が応える。白き刀の鍔車輪が超回転し刀身が輝き始める。
踏み込んだ若者は迫りくる顎を避け下顎に刀を突き刺す。
「うぉおおおおお!!!」
そのまま後ろまで斬り込むと木で出来た異形の顎はだらしなく垂れ下がった。若者は怒りに任せ逆の顎も絶ち斬ると重い重い下顎は地面に落下した。
ぐ、ががが……
言葉にならない声を出しながら獲物をみる異形は初めて恐れを知った。自分を作ってくれた方にはそんな事を教えてもらっていないからだ。人間を殺す為に作られた異形に悲哀はいらない。
しかし今、目の前にいる男は違う。
「死ね!」
若者は短刀を構え一直線に異形の眉間にぶちこんだ。短刀の柄の先は潰れたように平たく、そこには”斬”の文字が刻んである。それが今赤く光る。地獄の暗さに豪炎の血の池、頭に過ったイメージである。
「苦しめ!」
血の池が刀身に沿って異形に流れ込むとグジュグジュと音を立て木の組織が破壊されていく。
あああああああああ!!!!!
今度の叫びは苦しみだ。しかし鬼神の如き若者にはすでに哀れみは微塵もない。
「許すと思うなぁあああ!!!」
長刀を振りかぶるとその柄を短刀の柄に叩きつけた。力は短刀に流れ込み血の池は豪炎の如く異形の体を包んでいった。
ボコボコと溶け出す体に痛みを感じているが既に頭部はない。胴と脚だけが無惨に暴れ、段々とその形を小さくしていく。
血の池は罪が湧き出す拷問の池。体に染み付いた罪を流すと同時に罪を痛みとして体と精神に刻み込むもの。
それに耐えられぬもの、それは重罪のものでありその者の行き先は更なる地獄のみ。
「俺は道鬼、お前らを地獄に導くものだ……」