ライバル。4
ぱちくり、と瞬きして少年を見つめている。
「いいよ、気にしないで。私は千秋。改めて、よろしく」
そして学校に行く道すがら、彼女は色々と話をしてくれた。
お互い孤児で、幼い頃から二人は一つ屋根の下で生活している事。高校生活とは、指示があるまでトイレの用具室で一日ずっと固まっている事。彼は話の矛盾点にも気付いていない。
(なんて素晴らしい人なんだ。右も左も分からない僕に、ここまで教えてくれるなんて)
騙されている事にも気付いていない。親が子供に、みかんの存在を『これはメロンだ』と教えるくらいまで酷い。
高校生活初日が終わってしばらく。千秋に言われた通り一時間くらい待っていると、帰ってきた。男ものの下着と服を紙袋に下げて。
「どうしたんですか、こんなに」
「買ってきたに決まってんでしょ? 下着買うの、超恥ずかしかったんだからね!?」
ほら、いいから早く着替えて! という言葉を聞きながら一から十まで教えられ、衣服を身につけていく。パンツの履き方、シャツの着方、ズボンの履き方にベルトのつけ方、靴下の履き方、靴紐の結び方、腕時計の見方などなど。もう全部。服を着替えるだけで三十分もかけ、外はもう暗くなりかけている。
(……ありがたいけど、なんでこの人、僕にこんなに親切にしてくれるんだろう)
確かに不思議だ。
何か裏があるのではないか、とちょっと彼は疑問に思ったが、不器用ながらも一生懸命やってくれている姿を見降ろすと特にそういう感情も続かなかった。元々記憶を失う前から、こういう関係だったのかもしれない。うん、きっとそうだ。
そして、少年はふと疑問に思っていた事を問いかけた。
「僕の名前、何ですか?」
「……えっ」
視線が固まったと思った次の瞬間、千秋は顔を見上げて視線を合わせてくる。
「え、えーと、確か、あ、あれー? ド忘れしちゃった。えへへ。ここまで出てるのにね」
「ド忘れするような名前なんですか」
印象に無い名前なのだろう。可哀想に。そんな時、ふとどこかから音楽が流れてくる。プラスチック製の小さな箱を耳に当て、彼女はそれに向かって喋りだした。
「なに? 極秘回線でロリババア直々に突然どうしたの?」
『――』
「うん、大丈夫。そんなに心配しなくても情なんて移らないから。……うん。はっ? マジ? ……うん、今から向かう」
おもちゃのようなアンテナを仕舞い、ポケットの中へ。