解禁、白銀の槍。2
「この槍には、別の顔があるのよね……?」
『――! なぜお前がそれを知っている。やめておけ。いくら私でも責任は取れないぞ』
「一回やってみたかったのよね。大霊術も使わず、究極大霊術も使わず、それでいながら最大限の力を発揮してみたいんだ」
『……SS級Esがその槍には封印されている。お前のような特一級が二十人集まって倒せるかどうかの相手だ。もし力を開放するのなら、責任を取って一人で再封印、または従える事を前提とする。期間は三ヵ月。絶対にしくじるな。万一失敗した場合、その時は……最悪の事態を想定していろ』
「上等。……マスター・チェンジ。我は汝、汝は我に十三秒の力を授ける。目覚めよ、真の力よ」
その言葉がキーになっていたのか、白銀の槍は姿を変えていく。気体なのか液体なのかも分からない。霊体とも違う。ただ、とてつもなく強大な力なのは確かなようだ。
白銀の槍は仮の姿だったとでもいうのだろうか。今まで封印していたからこそ、本当の力はそのSS級のEsに集中していたのであって、解放された今は本来の力を取り戻しているらしい。
周囲の悪魔たちの様子が変わっていく。野生の本能がもし悪魔にもあるのだとしたら、それで予感がしたのだろう。眼前に突然現れたこいつだけは、絶対に敵に回してはいけない、と。
一瞬で鼓膜が破れそうな獣の咆哮が、大気を震わせて上空からビリビリ響く。その雄叫びの強烈な波動にて雲は一瞬にして蒸発してしまった。
自然の光によって写されたのは、真黒な毛並みの狼だった。ただ、明らかにサイズが違いすぎる。山いくつ分あるだろうか。助走をつければ富士山は超えられそうな巨体だ。周囲にいた悪魔たちの反応も消えている。今の咆哮で消滅してしまったらしい。
「……ちょッ……こんなの、聞いてない」
『いや言ったから。私ちゃんと言ったから。ほらあと七秒どうするんだ? 私、しーらない』
この巨体で七秒もあれば、東京の半数は壊滅させられるだろう。ちなみに、今の彼女の戦力ではどうにもならない。いくら本当の力を開放した槍だったとしても、使い方を誤れば本来の力を発揮できず持て余すだけ。世界一速い車を手に入れたとしてもドライバーがポンコツだったら、公道で軽自動車のプロドライバーに煽られるようなものだ。
彼女は、折れているであろう脇腹を押えたまま、フラリと立ち上がり、据わった目でジッと巨大な狼の目を見続けた。ただ、ひたすらに。時間が流れるままに。
彼女には、満月がやけに小さく見えていた。喉が渇いていく。
彼女がごくりと固唾を飲む。
陸番隊により桧原村を囲む結界が強化された、その直後。その巨大な狼は視線を合わせたまま、煙のようにフッと消えるのだった。