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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
第二章 ~色食街編~

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◆052 ベイラネーアの夜

 ―― ベイラネーア魔法大学 学長室 ――


 時刻は間もなく二十一時に差し掛かるというところ。アイリーンは後ろにトレースを連れ、テンガロンの部屋に訪れていた。

 その顔は怒りを通り越してもはや平然としているかのように見える。流石のトレースもどうやらアイリーンを抑えられているという訳ではなさそうだ。


「どういう事よ! なんでアズリーが捕まらなくちゃいけないのよ! 偽造硬貨ですって!? 本当に証拠として出たの!?」


 やはり怒っているようだ。


「証拠なぞいくらでも用意出来る。問題は被害者がいて、その被害者がアズリーを訴えている事だ」

「その被害者ってのは誰よ! 花鳥風月の主人を介して娘を買ってるんだから被害の与えようがないじゃない!」

「その被害者をでっちあげる事も可能なのだ。それくらいお前にもわかるだろうアイリーン? 警備の者は金さえ渡せばなんでもする。そして我々……いや、お前(、、)にはアズリーを救う程の資金力はない」

「お前って……どういう事? 魔法大学が協力すれば釈放は出来るはずよっ!?」


 アイリーンは学長の机を大きく叩いてテンガロンに肉薄した。

 しかし、アイリーンの六法士ならではの重圧をさらりとかわすようにテンガロンは冷やかな目でそれを返した。


「六法士とはいえ誰に向かって口をきいていると思っているんだ、アイリーン?」

「……っ」

「魔法大学はアズリーを庇うつもりはない。ベイラネーアの権威をここで揺るがす訳にはいかぬ。助けたければお前一人でやるんだな」

「アズリーは優秀な学生よ! 今魔法大学は彼を手放すべきではないの! 今後の国にとっての損失になるわよ!」

「そんな先見の明があるならば今回の件、何故見抜けなかった?」

「このっ……」

「アイリーン様、それ以上はお控えくださいっ!」


 トレースの声が二人の間に入り、アイリーンの背中を引っ張った。その声にピタリと止まったアイリーンだったが、その顔は今にもテンガロンに食って掛かりそうな表情だった。

 テンガロンはその目を終始流し続け、最後にこう言った。


「罪状が確定次第アズリーは魔法大学を退学処分とする。私は忙しいのでこれで失礼する」


 アイリーンを横目にこの一言を伝えると、テンガロンは自室を静かに出ていった。

 アイリーンは先程の鋭い目つきのまま目を伏せている。肩が小刻みに震え、どうしようもない憤りが背中から溢れ出ている。

 瞬間、トレースがアイリーンを心配する声を掻き消す程の衝撃音が部屋を包んだ。

 片目を瞑ったトレースのもう片方の目に入ったのは、憤りが塊となった拳がテンガロンの机を大きく叩いた姿だった。


「ア、アイリーン様……」

「はぁはぁ、はぁ…………っ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ―― ベイラネーアの冒険者ギルド ――


「いるじゃないか!」

「いないわよ」


 同時刻、ギルドのカウンターにはいつも通りダンカンが立ち、正面に立つストラッグを相手に口論をしていた。


「だからそこにいるじゃないか! あの娘たちは偽造の金で買われたんだ! 支払われた金が偽造だと判明した今、その娘たちを元の主の下へ返さなくてはならん!」


 ストラッグはギルドの奥で怯える娘たちを指差しながらダンカンを怒鳴っている。

 しかしその娘たちを守るように前に出て、毅然と立つのは春華(はるはな)、ナツ、フユだった。

 そしてそれらを囲むように立っているのが、ブレイザーやブルーツ、そしてベティーを含めた冒険者ギルドの仲間だった。


「何言ってるのよ、あの子たちはついさっき登録を済ませたランクFの冒険者(、、、)よ~? 色食街(しきしょくがい)の子だったらここへは来れないはずよん」

「何をぬけぬけと! ――っ!」


 ストラッグが一瞬感じたのは殺気。それは眼前で陽気に話していた顎鬚目立つ男であり女。そして側面からかかる強大なプレッシャーを発しているのはブレイザーたちだけではないだろう。

 一瞬にして萎縮したストラッグは次のダンカンの言葉まで何も言う事が出来なかった。


「冒険者に手を出すのであればアタシたち全員とやり合うつもりでいらっしゃい。いいわね?」


 低くどすの掛かった声がぽんと肩を叩かれたストラッグの耳元に届く。


「出直してきな、坊や♪」


 この殺意のこもった一言が決め手となり、ストラッグはそそくさとギルドを後にした。外に出たストラッグが待機していた部下たちに喚き散らすように恫喝すると、ギルドの中で盛大な笑い声が聞こえた。


「はっはっはっは、おととい来やがれボケナスが!」

「二度とギルドの敷居を跨ぐんじゃないよ、オタンコナス!」

「流石兄妹だな、いつもの事ながら悪態までそっくりじゃないか」


 ブレイザーがそう言うと、ブルーツとベティーがちらりと互いを見た。目が合うと二人は少し赤くなり、恥ずかしそうに目を逸らした。

 そんな二人を見て春華(はるはな)がくすりと笑うと、続けてナツとフユがお腹を抱えて笑った。


「あー怖かったー! あははははは!」

「ふふふふ、凄く緊張しました」

「あい、まさかあちきが冒険者になるとは思いんせんでありんした」


 三人はほっと一息安堵を漏らすと、その場にへたり込んだ。

 それを見てダンカンが微笑むと、後ろで怯えてた娘たちが春華(はるはな)の下に集まってきた。


「華ねーちゃんかっこよかったー!」

「もう大丈夫なのー?」


 小さな手が春華(はるはな)の背中や手を包む。感じた事のない感覚に春華(はるはな)が戸惑っていると、ブルーツがぽんと一つ肩を叩いて微笑んだ。

「立派だった」……その一言を伝えると、春華(はるはな)は震える肩を止めて娘たちを見るのだった。


「…………あい、大丈夫でありんす」


 娘たちにパアッと明るい表情が灯ると、周りの冒険者たちが春華(はるはな)を、いや、皆を称賛した。


「ハッハッハッハ、やるじゃねーか嬢ちゃん!」

「ストラッグのあの顔はしばらく語り草だな! ギャハハ!」

「ダンカンさんおっかねーな! この子たちが怖がってたの、実はダンカンさんじゃねーの!? ははははは!」

「いや~ね〜、淑女は粛々しているものなのよ〜?」


「「ははははははははっ!!」」


 もう大丈夫だと思ったのか、ここでブルーツは、ブレイザーとベティーに一言、「んじゃ、行ってくる」と伝えると、ギルドを出て行った。

 アズリーから預かった羊皮紙を片手に持って。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ―― ベイラネーア魔法大学  女子寮 ――


 アイリーンから知らせを聞いたリナは、心配そうな面持ちで手を組み合わせ、祈るようにしゃがみ込んでいた。

 雨は一層強さを増し、窓を叩くように水滴が弾けている。

 すると、遠くで何かが聞こえる。リナはおもむろに窓に近づき、止まない雨の向こうから聞こえる音に耳を澄ませてみた。視界はぼやけているが、確かに聞こえるのは何かの……遠吠え。


「これは……ポチさんの声っ!」


 リナは勢いよく窓を開けると、魔法大学に近づくポチの声の方向を特定した。

 暗く霞む景色からその方向を見守ると、そこには巨大なポチに騎乗する影が見えた。


「アズリーさん!」


 そう思ったのも束の間、その影の正体はアズリーでない事がすぐにわかった。


「あれは……ブルーツ……さん?」


 雨に濡れながらポチは魔法大学の塀を一跳びし、その塀の上から、リナの窓に向かって更に跳んだ。

 瞬間、ブルーツが手に持っていた羊皮紙をリナに渡し、一言「アズリーからだっ」と告げる。


「あっ……」


 女子寮下の芝生にポチに乗ったブルーツが着地すると、そのままリナを少しの間見てから闇夜に走り、そして跳び去って行った。

 その背中を見守るように見つめた後、リナは少し濡れて丸められた羊皮紙を開いた。

 しかし――


「……え? 何も……書いてない?」


 意味や意図を考えても、リナには回答に行きつく事が出来ず、ブルーツの体温が残る羊皮紙をギュッと握りしめてベライネーア東の空を見上げた。


(アズリーさん……)

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