◆443 前夜祭り
銀の屋敷には魔法教室程ではないが敷地内に広場がある。
そこには常に置かれる魔法陣がいくつもある。それらは全て空間転移魔法陣であり、その行き先は、魔法教室、解放軍のアジト、エッドの南など様々である。些細な時間でも惜しいとアズリーたちが考えた苦肉の策である。
当然、空間転移魔法陣以外にもモノはある。それは、屋敷を購入した際にはじめから設置されていた踏み石であったり、風情豊かな池や木々。
そして、踏み石の間……いや、広場に敷き詰められた砂利もまた然りである。
「あの、これは中々に痛いんですけど……」
一面の砂利の上に正座をする者が五人。
正座一号のアズリーが手を挙げ、足の痛みを訴えかける。
その前に立つ、少女と見紛うような常成無敗のアイリーン。
その顔には、いつものように静かなる怒気が溢れている。
アズリーの言葉に何の返答もしないアイリーンに、正座二号のブレイザーが首を傾げる。
「アイリーン様は、今のが聞こえてないのだろうか?」
真顔で言い切ったブレイザーに正座三号のブルーツが答える。
「いんやぁ? 今しがた青筋がピクリとお動きなさったぜ?」
正座四号のベティーは、まるで内緒話でもするかのように頬に手を当て小声で話す。
「アタシたち。何で今怒られてるのかしら?」
ボソりと四号が言うも、二号と三号はまるで心当たりがない様子で首を傾げる。
「いいから……! お前らは黙ってろっ……!」
一号は三人を制止するも、彼らは「ん~?」と言いながら首を逆に捻るばかりだ。
「そこ」
アイリーンから発せられた言葉は、ブレイザーが自慢していたドリニウム鋼の剣より鋭かった。
アズリーはピンと背筋を伸ばし、両手で×の字を作り口を押さえる。
アズリーの沈黙を確認すると、アイリーンの視線は二、三、四号をすり抜けて正座五号へ向かった。
「アナタがいながら何を呑気に鬼ごっこをしてるのかしら、ウォレン?」
五号とは即ち……黒帝ウォレンの事である。
「はははは、鬼が四人いるような鬼ごっこは聞いた事がありませんねぇ」
アイリーンの叱責もなんのその。ウォレンは涼しい顔でアイリーンの言葉を受け流す。
直後、ベティーがぽんと手を鳴らす。
「そっか」
続いてブルーツが。
「そういう事か」
最後にブレイザーが締めくくる。
「得心した」
三人は何かに納得し、すくりと立ち上がったのだ。
それを見上げるアズリーが慌てる。
「ちょ、おい! まずいって……!」
アズリー以上に、アイリーンの目が更に強さを増す。
しかし、彼らもチーム銀の精鋭。これをくぐり抜ける手段は残しているのだ。
「アイリーン様! ごめんなさい! ちょっと今から子供たちのご飯作らなくちゃいけないんです~~~~っ!」
と、最初に言ったのはベティー。
子供を盾にとられたのが痛かったのか、用事を盾にとられたのが痛かったのか、或いはそのどちらもなのか、アイリーンは拍子抜けした様子で目を丸くする。
「そ、そうっ? なら仕方ないわね! 行ってよし!」
「どうもすみませ~~ん」
申し訳なさそうに言いながら、ベティーはアイリーンを横切る。
「あ、ずりっ!」
アズリーは自己紹介をしたのか、ベティーを非難したのか、或いはそのどちらもなのか、とにかくベティーの後ろ姿を見送る他なかった。
そんなベティーはアズリーの非難を背中で感じながらも、全く意識していない。
踏み石の上でくるりと反転したベティーは、舌をぺろりと出した後、口だけを動かした。
アズリーが読唇術でベティーの口を読む。
(い・ち・ぬ・け……だと!?)
アズリーが口を読んでいるが最後、ベティーは廊下をスキップしながら……外へ向かった。
(にゃろう……! 食事の準備すらブラフか!)
アズリーの顔がヒクついていると、二番目に動いたのは三号、もといブルーツだった。
しかし、相手は常成無敗のアイリーン。ブルーツが動く前に口を開いたのだ。
「駄目よ」
そんな先手すら予期していたかのように、ブルーツは身体ではなく表情を動かしたのだ。
ブルーツが選択した演出は、今にも燃え尽きそうな武人の顔。何を悟る訳でもなく、何かを悟ったような表情を浮かべたブルーツが、小さく零す。
そう、彼は銀狼ブルーツ。明日の決戦の地にて一番槍を志願した屈強な戦士である。
「すんません。最後の夜……どうか一人にさせちゃあくれませんか…………っ!」
唇を少し噛み、血すらも演出してみせたブルーツに、アイリーンが何かを言えるはずもなかった。
「……くっ! しょうがないわね! 行きなさい!」
「かたじけないっす……!」
ブルーツはアイリーンを横切り、ベティーと同じく踏み石の上で反転して見せる。
流石は兄妹である。最早武人の顔は綺麗さっぱり消え去っていた。アズリーが見たのは、満面の笑みを浮かべる……いつもの特攻隊長。アイリーンという壁を突き破った、銀の特攻隊長だった。
(に・ぬ・け……! くそ! 上手くやりやがったな!?)
アズリーの顔のヒク付き具合に拍車が掛かる。
そして、アズリーは気付く。そう、銀で残る者は後一人。
アズリーがその一人に振り返ろうとするも、その人物は既にアズリーを横切り、アイリーンを見下ろしていた。
「な……何よ?」
「アイリーン様……心中お察し致します」
「へ?」
「部下の目がどこにあるかもわからない故、このような見せかけの説教を。素晴らしい心構えです」
「へ?」
「しかし、私もチームをまとめる身。これ以上の拘束はチームの弊害と成り得ます。それはご理解頂きたい。よって、これにて失礼させて頂きます。では……!」
「え、あ、ちょ! あのっ!」
返答を聞かずにアイリーンを横切ったブレイザー。その背中を止めようとするアイリーン。
――だが、
「何か?」
振り向いたブレイザーの顔は、既に完成されていた。
ベティーやブルーツとは全く違う、完成した表情。
それは、確実に明日への覚悟を決めた表情。あまりの豹変ぶりに、アイリーンが絶句してしまう程だ。
「………………あ、えっと…………明日は頼んだわよ!」
それだけしか言う事が出来なかったアイリーン。
ブレイザーは静かに目礼をして去って行く。アズリーに拳を……いや、空に向かった親指を見せつけ、去って行ったのだ。
(………………らしいな)
銀の三者三様の脱出劇に、アズリーは完全に呆れていた。
肩を落とすアズリーにもまだ仲間はいる。「しょうもないヤツらですね」と同意を誘うような顔をウォレンに向けようとするアズリー。
しかし、アズリーはここで違和感を覚える。
振り向こうとする顔を、一瞬止めるのだ。
全ての行動を白紙にし、最初に行ったのは周囲の魔力感知。
(…………あれ? 俺とアイリーンの魔力しか反応なくね?)
見上げると、アイリーンはアズリーだけを見ている。見つめていると言っても過言ではない。ウォレンの方に視線を向ける事など、今後一切ないかのような、突き刺し、固定するような強烈な視線。
「……こほん」
アズリーはわざとらしい咳を一度する。
そして、今一度手を挙げる。
「少々よろしいでしょうか?」
笑顔でアイリーンに問いかける。
アイリーンも理解していた。アズリーの質問が、「ウォレンの確認」の是非にあった事は容易に理解出来たのだ。
アズリーの首がぎこちなく捻られ、後方にいたはずのウォレンを確認する。
(……………………いねぇな)
まるで神隠し。
ウォレンの存在など最初からなかったかのような、完璧なイリュージョン。
アズリーの硬直はほんの少しだけだった。
直後、アズリーはバッと頭を抱え己が愚行を呪った。
(や・ら・れ・たっ!!)
自身に降りかかった悲劇を後悔し、後悔し、後悔した。
ぐわんぐわんとうねるアズリーの頭。
愚者の愚者による愚者っぷりに、アイリーンは最早呆れていた。
白い髪を掻き上げながら、アズリーの前で何度吐いたかわからぬ深い溜め息を吐くアイリーン。
怒りもなく、憤りもなく、興奮もなく。アイリーンは四人と愚者の行動に毒気を抜かれ、未だ頭をぐわんぐわん動かすアズリーの前に、ちょこんとしゃがみ込んだ。
ピタリと止まる愚者。
アズリーがそーっとアイリーンの瞳を見る。
アイリーンがじーっとアズリーの瞳を見る。
「……命令よ」
「は、はい!」
条件反射のようにピンと背筋を伸ばすアズリー。
しかし、直後アイリーンの口から発せられた言葉は、かつてない程の優しさに包まれたモノだった。
「……しっかり寝なさい」
魔王ルシファーとの決戦は近い。
指揮官が最高戦力を労るのは当然の事。
しかしそれでも、アズリーは目を点にしてこう言う他なかったのだ。
「……へ、い?」
史上最大の超激戦まで、後ほんの僅か……。
次回:「◆444 それぞれの夜 〜前編〜」




