427 適性者
「おう、イーガル。交代だぜ」
「これはブルーツ殿。春華殿。おぉ! それにアズリー様にポチ様!」
「こんばんはでーす!」
「イーガルさん、お疲れ様です」
魔法教室前までやってきた俺たち四人。
ブルーツと春華は、イーガルに簡単な挨拶をした後、引き継ぎのために出入り口に残った。それにしても、ブレイザーたちはどうしたんだ? 魔力を感じないが?
……あぁ、そういえば風呂でブルーツが「もう少しで皆やってくんぜ」とか言ってたな。
あれは俺が銀の屋敷に残ると思ったから言ったのか。
きっと行き違いで皆屋敷に戻ったんだろうな。
どうやら魔法教室の魔力も、大分少なくなっているようだ。これは選考会とやらが終わりに近付いている証拠だろう。さて、一体何の選考会なのだろう。
「おや、アズリー君。いらしたのですか」
「ウォレンさん。こんばんは。あの、俺また記憶がなくて……」
すると、ウォレンは得心した様子で口を細め、目を見開いた。
「すみません! うちのマスターがご迷惑かけます!」
前と違ってウォレンにも随分慣れてきた様子のポチ。
まぁ、これについては正にその通りなので文句も言えない。
「結構です。でしたら覗かれて行くといいでしょう。選考会は既に終わっていますが、適性者は揃っていますので」
「てきせい……しゃ?」
俺とポチは見合って首を傾げ、魔法教室の広場に進み始めたウォレンの背中を追った。
広場に行ってまず目に入ったのは、トゥースだった。当然、あの大きな身体は目を引くが、トゥースが見ていたのは、比較対象にすらならない華奢な二人だった。
「そうだ、ナツ、フユ。その感覚は間違っちゃいねぇ。お前ぇらはその呼吸で描いた方が上手くはまる。大丈夫、後は大人連中が合わせる」
「「はい!」」
肩で息をする少女二人と怪物トゥース。何だろう、この見世物は?
「ん? なんでぇ、アズリー。来てたのか?」
「たった今来たんだよ。それにしてもお前とこの二人は異色もいいとこだな」
「はん! お前ぇなんかよりよっぽど筋がいいからな!」
「反論の余地がないな」
「嫌味かよ。あぁだりぃ。おいウォレン、もういいんだろう?」
「結構です。ありがとうございました、トゥース様」
ウォレンがトゥースに頭を下げる。すると、トゥースは足下に空間転移魔法陣を描いて消えて行った。はて、あいつは一体何をしてたんだろう?
「はぁはぁはぁ……アズリーさん。お、お久しぶり……です……――」
「っておい! フユ!? だ、大丈夫か!?」
「ナツさんも倒れちゃいましたー!?」
俺はフユを抱え、ナツはポチの背に身体を預けた。
瞬間、俺は二人の魔力が枯渇状態にあった事に気付く。
「ほい、ギヴィンマジック・カウント2&リモートコントロール! ほい、聖生結界・カウント2&リモートコントロール!」
魔法教室の縁側に二人を寝かせ、その下にギヴィンマジックと聖生結界を発動する。
ポチは進んで枕役を買って出て、疲弊した二人の様子を心配そうに見守っている。
「ほい、ストアルーム。二人が目を覚ましたら飲ませてやれ」
ストアルームから出したポチビタンデッドをポチの脇に置く。
「わかりました」
ポチの返事を聞き終えると、俺はウォレンに振り向いていた。
「一体何をしたんです?」
ウォレンが彼女たちに何かを強いるという事は考えにくい。
しかし、ウォレンが何かを提示し、彼女たちが受け入れたのであれば、この結果は想像がつく。だが、一体何を? 彼女たちが自分をコレほどまで追い込む何かとは一体?
「こちらを」
ウォレンから渡された一枚の羊皮紙。
そこには、誰が書いたかわからないような整然とした字で、複雑難解……いやそれ以上の超難度と呼べる魔法式が書き込まれていた。
「これは?」
「アズリー君が作った魔法です」
「はぁ? 俺の字じゃないですよ?」
「当然です。この魔法式はドラガン様の手によって一ミリの誤差なく書き直されたもの。ですが、あの時のアズリー君は一瞬でそれを模しました。素晴らしい瞬発力と集中力です」
「じゃ、じゃあ、本当にこれを俺が作ったと?」
「えぇ」
ウォレンはにこやかに笑ってそう言った。
しかし何だこの魔法は? ……いや、段々思い出して来たぞ?
「っ! そうか、対ルシファー用の魔力低下魔法!」
「お~、アズリー君にしては珍しいですね」
「いや、魔法式見たら流石に思い出しますって! そうか、これをルシファーに…………って、これ、出来なくないですか?」
渡された羊皮紙に書いてあった内容は、確かに俺が書いたものだったが、ルシファー相手に戦っている最中、俺がこの魔法陣を描く事は非常に難しい。いや、無理だと言って過言ではないだろう。
「えぇ、それはまだアズリー君が完成させただけの魔法式です」
「へ?」
「こちらが、アズリー君が改良した、新たな認証型魔法陣です」
別の羊皮紙を渡され、俺はそれに目を通す。
「っ! これは!?」
「そうです、他者が行う認証型魔法陣。当然、これを一人の魔法士に託すのは無理があります。トゥース様をしてやっと……というレベルの超高難度の魔法式。しかし、戦争が始まってしまえば、トゥース様の役割は別の意味で重要。これをこなす時間を得られるとは考えにくい。当然、簡単な宙図であれば可能でしょう。トゥース様ならばそのくらいの時間を取る事は可能。まぁ、そのためには選考会で残る必要がありましたがそんな心配なんて意味を成さなかった。彼は二番目に通過されましたよ。その十二等分された魔法陣を描く適性者に」
「複雑魔法式の分割化! 確かに、これなら俺がルシファーに魔法陣を叩き込んだ後、皆で発動する事が出来る! ……ん? 二番目? トゥースが二番目に通過!?」
俺の驚きを予想していたのか、ウォレンの笑みは微笑み程度だった。
「まったく、私は素晴らしい後輩を持ちましたよ」
眼鏡をくいとあげるウォレン。
「後輩っ?」
ウォレンの後輩って事は、おそらく魔法大学の後輩って事だ。
それでいてトゥースを凌ぐ速度で魔法を覚えられる人間?
俺の頭が答えを出す前に、背後から声が聞こえた。
「アズリーさん!」
振り向くとそこには……リナがいた。
「どうしたんです? お疲れだって聞いてたのに? あ、フユもナツも疲れ切ってますね。でも嬉しそうに寝ちゃって……あははは、私もこんな妹欲しかったなぁ」
ナツとフユの頬をつんつんしながら微笑むリナ。
それを見て、先のウォレンの言った「後輩」という言葉と、リナの姿が一致したのだ。
「ま、まさか……?」
俺はリナを指差しながらウォレンを見る。
するとウォレンは静かに、そしてしっかりと肯定の頷きを見せたのだ。
「えぇ、彼女が一番の適性者でした」
「うへぇ……」
俺が感嘆の息を漏らしていると、ウォレンが補足するように言った。
「魔法公式の難度は、ただ難しいだけに収まりません。それは、魔法発案者の個性です。今回の魔法も、当然アズリー君の個性があります。それはもうふんだんに」
「は、ははは……」
「リナさんは誰よりアズリー君の魔法を見ていた。だからこその適性者という事です」
確かに、トゥースといる期間よりリナと一緒にいた期間の方が長いし、リナには特別な魔法指導も沢山した。そうか、魔法士の癖が魔法式にも出るようなものか。リナだからこそ、その速度で選考会を通過した……――ん?
「って、ナツとフユも残ったんですか!?」
「えぇ、彼女たち二人も、選考会を通過した上位十二名です。これもやはり、アズリー君と共にいた時間が原因と思われます。六法士であるアミル様やラッセル様、テンガロン大学長が不可能だった事をやってのけたのですから」
「す、凄い……! そ、それで一体誰がこの十二の魔法式を!?」
「リナさん、ナツさん、フユさん。そしてトゥース様以外……とても興味深い八名となりました」




