414 旧黒帝の謎
「よーし、いいぞフユ。その調子だ。全身から魔力を溢れさせつつも、それを体表に留めるイメージだ。そのままそのまま」
「……っ! はい! うぅ……!」
魔法士たちへの究極限界指導。
それが始まってから既に何日も過ぎた。
やはり六法士は有能だったようで、アイリーンや他の六法士たちはすぐに究極限界のコツを覚え、既に実用段階に移行した。
その後も、ウォレンやリナ、イデアやミドルスも習得し、自身の魔力で発動足るに至った。
そして、ようやく最後の一人であるフユが究極限界のコツを覚えた訳だ。
最後まで手こずったのはやはり経験の差が原因だろう。
フユの前はナツが残っていた。
フユやナツは優秀といっても魔法大学を経ていない。実戦で慣らす事は危険は伴うが悪い事ではない。しかし、基礎の部分がどうしても疎かになってしまう。
その点、魔法大学ではそういった事を多くやる事もあって、はぐれの魔法士でも少なからず経験がある以上、ナツやフユとはどうしても差が出てしまう。
「で、できましたぁ!」
額に汗しながら、輝かんばかりの笑みを俺に向けるフユ。
たとえ最後だろうとへこたれず頑張ったのは、紛れもなくフユ自身の努力である。
本当に、フユをここまで育ててくれたガストンには感謝してもしきれない。
「……ふぅ」
「よーし、そしたら休憩ついでにご飯にしようか。フユが頑張ったし、何か美味しい物でも食べに行こうか?」
「ご一緒していいんですか!?」
ずいと肉薄するフユ。
疲れているせいか、顔が紅潮している。無理させてしまっただろうか?
「いや、フユが疲れてるなら別々でも――」
「――い、行きます! あ、ちょっと待っててください! 着替えてきますから!」
そそくさと空間転移魔法陣を描くフユ。
はて? 別に汚れてないのにな?
しっかし安くなったもんだな、空間転移魔法。消えゆくフユを眺めながらそう思っていると、後ろからいつもの軽い調子の声が聞こえた。
「どーせ、『何で着替えに行ったんだろう?』とか思ってるんでしょう、マスター?」
「よくわかったな、流石俺の使い魔」
「伊達に八百年も一緒にいませんよ」
「何だよ、お前には理由がわかるのか?」
「とーぜんです。でも、マスターには絶対に教えませんっ」
ぷいとそっぽを向くポチ。
何故我が使い魔はこんなにも捻くれた性格に育ってしまったのだろうか?
コイツもガストンに育ててもらえばよかったかもしれない。
「あのな、俺がお前の何か知ってるか?」
「マスターです」
「そう、ご主人様だ」
「えぇ、契約上仕方なく。あ、でもその契約も契約改変の魔術で変わってますけどね!」
そう、ポチは契約改変の魔術により、正式には俺の使い魔ではない。
これは、ポチに付いていた《愚者の使い魔》という悪称号を取り外すために、トゥースの下で修行していた時に行ったものだ。
「でも、お前言ったじゃないか? マスターはマスターだって」
「えぇ、マスターはマスターです。でも、それとこれとは別です」
何て滅茶苦茶なヤツだ。主の顔が見てみたいぜ。
「そういえばマスター。午後は戦争ですって?」
「あぁ、仮想魔王役に抜擢されたからなっ!」
「何で嬉しそうなんですか! 魔王ですよ、魔王! チャッピーが聞いたら泣いちゃいますよ!」
「チャッピーはそんな小さい事気にしないさ! つーか、お前、母親といえどチャッピーより年下なんだからな! そこんとこ忘れるなよ!」
「そ、そういえばそうでした!? これはもしかしたら立場が変わってしまうかもしれません!」
「まぁ、チャッピーだからこそ、それはないと思うけどな。ところで……ちょっといいか?」
俺がこんな話題の変え方をする場合、ポチもわかってくれる。
これは、俺が少し真面目な話をする時に使う手だ。
ポチは、耳をぴくんと反応させてこちらを見る。
「何です?」
「今回の戦い、結構大きかったよな?」
「えぇ、この時代で言えばかつてない程の大きさだったと思います。何たって魔王ルシファーが自らやってきたんですから」
ポチの目も真剣そのものだ。
「紫死鳥の伝言、覚えてるか?」
「あの後、紫死鳥さんに何回も聞きましたからね! ちゃんと覚えてますよっ!」
言いながらポチの尻尾が振られる。
「チャッピー……まぁ正確にはブライトだが、アイツは俺たちに伝言を残した。『我々が会うべき時は…………今ではない』って」
「えぇ、言ってましたね。それが何か?」
「いや…………今回でもなかったな、と」
「あー、そういう事ですか」
俺は首を縦に振り、ポチの言葉を肯定する。
「『今ではない』って、会えない理由を探してたんだけど、どうも違うような気がしないか?」
「確かにそうですね。何か違う理由があるのでしょうか?」
「時期を待っている、とか?」
「今回、結構マスター危なかったですよね?」
「それでも時期じゃない……ともなると、理由がまた違うような気がするな」
「ですね。でも、ブライトさんの事ですからきっと何かあるんですよ!」
明るくスコーンと言ったポチ。
確かに、あの子はあの時代のあの年齢で神童、天才、黒帝と呼べるだけの才を持っていた。
何か深い理由があるのかもしれない。
黒帝といえばこの時代の黒帝にも驚いたな。まさかあんな機転を働かせるとは思わなかった。プライドの高いルシファーの事だ、今頃怒ってレガリア城を壊してたり、空を割ったりしてるかもしれない。
そのウォレンを見ていると、やはりブライトには何か考えがあるんじゃないかと思ってしまう。まぁ、俺と近い年を重ねているんだ。深淵のように深い考えがある。そう信じる事にしよう。
そんな考えでとりあえず固めると、先程フユが発動した空間転移魔法陣が再び光を見せた。
同時に、ポチが俺から離れて行く。
「おい、お前は食わないのか? 珍しい」
「今日、私はリーリアさんにご飯奢ってもらうんです! 昨日の大食い勝負で勝ちましたから! それに、邪魔しちゃ悪いですから!」
ニカリと笑い、ポチが去って行く。
そうか、そういえば昨日リーリアと大食い勝負なんてしてたな。
そして忘れていた。リーリアが滅びの街ソドムの大食い女王だった事を。ポチがそれを破った事を。
そんな大食い勝負を、ブルーツたち銀の皆や、白銀、エッドの猪共、それに解放軍の皆が楽しそうに眺め、野次ったり囃し立てたりしていた。
まったく、世界が大変だってのに、本当にタフな連中だな。
………………いや、世界が大変だからこそなのかもしれないな。
「……あの、アズリーさん。そ、そんなにおかしいですか?」
転移して来たフユが恥ずかしそうに言った。
どうやら俺は昨夜の事を思い出しながら笑っていたようだ。
「あ、タイミングが悪かったね。昨日の事を思い出し笑いしてたんだ」
「昨日の……あぁ、ポチさんとリーリアさんの大食い勝負ですね!」
「そうそう…………って、フユ? それ……」
「へへへ、どうです? 似合ってますか?」
スカートを少しだけ持ち上げ、ふりふりと左右に揺れてみせるフユ。
薄紫色の肩出しのワンピースを纏ったフユは、耳元の髪を触り、ほんの少し恥ずかしそうにしながら俯く。薄い桜色の小さなバッグと、小さな桜の飾りが付いたバッグと同色のヒールタイプの靴が非常にマッチしていた。
「……凄い」
「え?」
「うん、凄く似合うよ! とても綺麗だ!」
「はぇ!? ……あ、えっと、えと……あ、ありがとうございますっ!」
「これまでずっと守護魔法兵団の制服だったから驚いたよ」
「はい、戦闘訓練とかだと、やっぱりあの服が一番気持ちが引き締まるので……へへ」
「本当によく似合ってる」
「そ、そう何度も言わないでください……」
そう言ったフユは、何故かそのまま萎んでしまいそうな程、縮こまっていた。
そんなフユは、そのままくるりと回転し、俺を見ないまま明後日の方を指差すのだ。
「さ、さぁ、行きましょうっ」
そっちは空しかないが、とりあえず同意しておくとしよう。
「おう!」
次回「415 甘味処」をお楽しみに。




