412 ポチの寝癖
お久しぶりです。
最終章の幕開けです。
「……よし」
朝起きてブーツの紐を締め、そして立ち上がる。
もう何万回も繰り返してきた、当たり前の作業。
魔王ルシファーとの激戦の翌日、俺の身体はすっかり回復した。
ポチビタンデッドを飲み、聖生結界の魔術を使い回復したというのもあるが、精神的に参ってたところも回復したとなると、やはり昨日の皆の心配に感謝しないといけない。何より皆が無事であった事が、安堵に繋がったのだ。
「うーん……よくないですっ!」
鏡を見ながらそう言ったのは、我が使い魔ポチ。
「何だよ、別にいつも通りだろ?」
「そんな事ありません! 見てくださいここ! ちょっとだけ跳ねちゃってます!」
ポチは自分の頭部の体毛を両前脚でアピールしてきた。
確かに、ポチが何度押さえても、前脚を放すとピコンピコンと体毛が飛び跳ねている。
「お気に入りの櫛で梳いてもダメなんです。マスター! どうにかしてください!」
「いや、水付けとけば大丈夫だろう」
「レディーに対してそれはどうかと思います!」
「齢八百超えてレディーとか言うなよ」
「五千超えてる人が! ちょっと前に学生さんしてましたよね!?」
「なっ、今は室長様だ!」
「だったら私は室長秘書ですよ!」
「食って寝るだけの毎日送る秘書がいてたまるか!」
「新ジャンルです! マスターはいつも新しい事に挑戦するのに、私の時は認めてくれないんですかっ!?」
「いいじゃねぇか! 認めてやるよ! 寝てりゃその寝癖も気にならねぇだろ!」
「違います! 今は食べる時です!」
「食べる時に寝癖が気になるのかお前は!?」
「だから! それがレディーに対する言葉ですか!?」
「齢八百超えてレディーとか言うなよ!」
「五千超えてる人が! ちょっと前に学生さんしてましたよね!?」
「なっ、今は室長様だ!」
「だったら私は室長秘書ですよ!」
「それはさっき聞いたんだよ!!」
「マスターだって聞きましたぁ!!」
「レディーが声荒げてるんじゃねぇよ!!」
「馬鹿マスター!!」
「犬ッコロ!!」
「おはようございます♪」
部屋の襖を開けたのは、我が一番弟子であり、静かなる魔法士とも称されるリナだった。
俺たちの言い合い、その間を縫うような登場に、リナの成長を感じてしまう。
「おはよう、リナ」
「お、おはようございます……」
ポチはやはり寝癖を気にして、頭から手を放さない。
そんなポチの異変に、当然リナは気付く。
「あら、どうしたんですか、ポチさん?」
「こ、これは……その」
切りの良いタイミングはわかっても、話の要の部分は聞いていなかったようだ。
「そうです! マ、マスターがぶったんですー!」
「何でそうなる!?」
「あ、ホラ! 見てください! 拳握っちゃってますー! 危険ですー!」
「にゃろう……」
俺がポチに怒りを覚えていると、リナはちょこんと腰を落とし、ポチを見つめる。
「ポチさん、ちょっと見せてください」
「はぇ!?」
ふっ、どうやら付き合いの長いリナにその嘘は通じなかったようだな。
そんな涙目のポチにほくそ笑んでいると、リナの後ろから我が二番弟子であり、現魔法大学風紀担当のティファが現れた。ブルーツで聞いたが、魔法大学では闇の支配者とも呼ばれているとか。まぁ、何かの間違いだと思うが。
「アズリーさん、ポチさん、ご飯ですよー」
朝食の知らせに来たティファは、リナがポチの頭部を見た時にちょうど居合わせたのだった。
そして言い放った一言が――
「――うわ、中々にこんもりですね」
リナの隣にティファも腰を下ろす。
「うぅ……恥ずかしいですぅ……」
ポチは両前脚で目を隠し、二人の顔を直視出来ないでいるようだ。
「あ、ティファ! 私が知らせに行くって言ったのにー!」
朝食の連絡に、当番制でもあるのだろうか。ティファに文句がありそうな様子でやってきたのは、元王都守護魔法兵団の司令官――焔の大魔法士ガストンの右腕とも称されたフユだった。
「うわぁ~」
そんなフユも、ポチの寝癖にはその一言しか出て来なかったようだ。
リナ、ティファ、フユが三人でポチの寝癖を押さえたり、倒したり、チロチロと指で撫でたりするも、やはり寝癖はどうにもならない。
そんな三人の間を割って入って来たのは、冒険者の間で銀の美姫とも呼ばれる元色食街の花魁、春華だった。俺の魔力感知が正しければ、今現在、銀の屋敷では春華の出待ちをしているであろう冒険者や一般人が何人かいるようだ。世界が大変だっていうのに、元気な事だ。いや、世界が大変だからこそなのか?
「失礼、ポチさん。これをお使いくんなまし」
春華がポチの前に差し出したのは、一つの櫛。
「え、え……でも、私の櫛でもダメだったんですぅ……」
困った顔を見せるポチに、春華は静かに微笑む。
「大丈夫でありんす」
そう言って、春華は自らポチの頭をその櫛で何度か梳いたのだ。
すると、みるみる内に寝癖が萎んでいったのだ。
それを見る女性陣の感嘆たるや、見事に揃っていた。
「「おぉ~……」」
寄り目になって驚くポチは、春華の細腕を掴み、肉薄する。
「凄いです! 何が起こったんですか!? もしかして魔法ですか!?」
本当に凄いな。あんなに頑固だったポチの寝癖が一瞬で直っちまった。
その感動は皆同じようで、ポチと同じ現象が、他の三人の女性に移るのは一瞬だった。
「春華! その櫛どこで買ったのっ!?」
ポチとは違い、櫛に謎があると踏んだリナ。
「それ思いました! 華姉さん教えてください!」
リナに同意するフユ。
「後で買いに行こう。うん」
便乗し、既に買いに行く事を決めているティファ。
そんな三人の食い付き具合に、春華がくすりと笑う。
「椿油を染み込ませて仕上げた、梳き櫛でありんす。商業区の外れにある店で求めんした」
「つばき! あぶら! 何か凄そうです! 欲しいですー!」
「ご飯食べ終わったら連れてって!」
「行きましょう!」
「私も行く」
ポチ、リナ、フユ、ティファは興奮した様子で春華に迫り、春華は春華で大人の余裕みたいな表情で、皆の懇願を受け入れていた。ホント、リナと一つしか違わないのに凄いな。
しかし、今は魔王の時代。ちょっとだけ忠告をしとくか。
「おいおい。今は大変な時期なんだから、櫛くらい――――っ!?!?」
言いかけた瞬間、四人の目が俺を鋭く突き刺した。
これはまるで、魔王ルシファーと対峙した時のような緊張感……! 一体何故!? 何故櫛を求めた四人はあれだけ睨み、何故春華はあんなに深い溜め息を吐いているのだ!?
「マスター! 女の子を前にして言っていい言葉と悪い言葉があります!!」
「アズリーさん! さっきの口喧嘩はわかりませんけど、今のは言っちゃダメなんですよ!」
「女の子にとって、これは極めて重要な案件なんです!」
「ちょっとだけアズリーさんにタラヲの陰を見ました」
さっきまで自分の事をレディーとか言ってたのに女の子と言い換えたポチよ、
あれ程内気だったのに俺にここまで言うようになったリナよ、
禿と呼ばれる仕事を淡々とこなしていたあの時と見違える程活発になったフユよ、
あんなに小さくて可愛い少女だったのに狼王ガルムに対して物凄く冷たい目を向けるようになったティファよ、
今じゃ多くのファンを抱える程にまで成長し美しくなった春華よ、
「……あの、俺、何か悪い事言った?」
「「全部ですっ!!」」
一体何がいけなかったのか?
椿櫛ほしー。
5月中は
「使い魔は使い魔使い」
「半端でハンパないおっさんの吸血鬼生 ~最強を目指す吸血鬼の第三勢力~」
「善良なる隣人 ~魔王よ、勇者よ、これが獣だ~」
の更新をしておりました。
物語もかなり進んだと思うので、是非読んでみてください。
あ、勿論アズリーも書き溜めてましたよ!
では、明日からも『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ』をよろしくお願いします!




