◆411 信頼の月夜
「あ、起きましたっ!」
意識を取り戻したアズリーが最初に目にしたのは、エッドにある銀の屋敷。その中にあるアズリーの自室の天井だった。
後頭部に感じるのは使い魔ポチの、柔らかいお腹。
左手にある温かい感覚。それは、最初の弟子であるリナが両手で優しく包んでいたからだ。
右手にある温かい感覚。それは、二番目の弟子であるティファが心配そうに、強く握っていたからだ。
瞬間、アズリーは上体を起こす。
「っ!! 皆は!?」
語気を強くして聞いたアズリーの言葉を、誰も驚く事はなかった。それは、アズリーが皆を心配しているからこそ出た言葉だと知っていたからだ。
上体を起こしたアズリーの眼前には、見慣れた顔が数多くいた。
ポチ、リナ、ティファ、ブルーツ、ベティー、フユ、イデア、ミドルス、そしてアイリーンが立ちながら、アズリーの回復を見守っていたのだ。
「おぅ、目ぇ覚めたか?」
ブルーツの言葉を受け、アズリーがブルーツに再度聞く。
「皆は!? 無事なのか!?」
「っと、おいおい落ち着けよ。白銀の何人か、それと冒険者ギルドのヤツらが何人かやられたが、銀に大きな被害は出てねぇよ」
「本当か!?」
「本当さ、何だったらそこのアイリーン様に聞いてみりゃいいじゃねぇか?」
ブルーツが親指でアイリーンを差す。
「ホッとしてるんじゃないわよ。身内に死者が出なかっただけで、死者は確かにいるの。アージェントがここにいたらぶん殴られるわよ?」
「あ、いや……すみません」
「…………いいわ、アナタはそれだけの事を言える。言っておつりがくるくらい人類に貢献してる。アージェントが殴ろうとしたら、私がアージェントを殴って止めるわ」
「あ、え? はい……ありがとうございます?」
余りにも意外なアイリーンの反応に、アズリーは拍子抜けした表情をする。
「それにブルーツは言ったはずよ? 『銀に大きな被害は出てない』って」
バッとブルーツの顔を見るアズリー。
ブルーツは頬をポリポリと掻きながら、天上を見つめてる。
「被害がゼロとは……まぁ言ってねぇな」
「誰に!? 何があった!?」
「ウチはブレイザーとライアンだ。ブレイザーはクリートに狙われたナツを庇って、腹に大穴開けてたな? ライアンはアドルフを庇って利き手を吹き飛ばされてたよ。まぁ、トゥースのオッサンが治したから大事はねぇ。だからナツとアドルフは二人の傍にいる。あぁ、レイナはライアンの妻になったから、もうベッタリよ」
「そうか………………ん? はぁっ!?」
「かぁ~~~っ!? いちいちうるせぇな! しょうがねぇだろ! 転がったライアンの右腕抱えて、戦場で求婚したんだよ!」
「レイナが!? ライアンに!?」
アズリーは意味がわからぬまま、ブルーツに聞き返す。
ブルーツはうんうんと頷き、隣にいたベティーがニヤニヤと零す。
「ホント、おっかしかったわよ。『死なないでください! 私の旦那となる人は貴方しかいないんです!』って叫んでたわ。当のライアンは目ぇ丸くしちゃってさ、戦場だってのに、私笑っちゃったわよ。ま、それでクリートがキレて大変だったんだけどね」
「っ!? そ、そういえば春華は!? 何で彼女がここにいない!?」
「そうそう、春華。クリートが狙った中には春華もいてね?」
「無事なのか!?」
「ピンピンしてるわよ。まぁ、庇った男共が何人がアッチの世界に行っちゃったけどね」
「えっ!?」
「さっき言ったろ? 冒険者が何人かやられたって」
ブルーツがアズリーの疑問を解く。
「あの子、身内の私が言うのもなんだけど世界一美人じゃない? 当然、冒険者にもファンが多くて、ええかっこしいな男共が、クリートの前に立って盾になったのよ。クリートが驚いてたわ。『春華さーん!』って言って一斉に冒険者が集まるんだもの。あれじゃまるで奇襲よ。クリートは何も出来ずに後退したわ。んで、後退するクリートを最後まで追いかけて、食い下がった何人かがやられちゃったって訳。まぁ引くタイミングを読めなかった判断ミスでもあるから、掛けてあげられる言葉はないけど、守ってもらった春華は今、死んだ冒険者に手を合わせに行ってるわ」
「そうか……」
「安心した? あとでアンタからも春華に何か言ってやりなさい。最後のは……まぁ別に報告しなくてもいいか」
「ほ、他にも被害が!?」
何度も聞くアズリーに、アイリーンが再び告げる。
「ブルーツは言ったわよ。『銀に』って」
「えっ!? じゃあ誰が!?」
「我輩だ」
アズリーの右下。ティファの足下にいたタラヲ……のような存在から声が聞こえた。
「…………タラヲ?」
「そ、そんなに変ではあるまい!? そうであろう、アズリーよ!?」
アズリーがタラヲを見間違えそうになった理由。
それは、タラヲの背面から後頭部にかけて、全てが禿げ、チリチリになっていたからである。
「えっと……お前は一体どうしてそうなったんだ?」
アズリーがタラヲに直接聞くも、タラヲは恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。
主人であるティファに視線を向けるも、ティファは『別に……』とアズリーに返すばかりである。
アズリーは答えを得るために、周りを見る。
イデアとミドルスの前で視線が止まるも――
「アタシを見るんじゃないよ」
「だな、俺からも何も言えねぇ」
――と、答えを渋った。
リナに視線を向けるも、困った表情を浮かべるばかりである。
ベティーとブルーツがクスクスと笑っているが、アズリーが目を向けると、精一杯笑いを堪えて明後日の方角を見る。
欲しい答えが得られず、アズリーの顔が渋くなると同時に、部屋の襖が開く。
現れたのは、戦士リーリア。
「アズリー、回復したのね。お疲れ様」
「あ、あぁ。ありがとう。ところでリーリア、タラヲが何でこうなったか……知ってるか?」
「名誉の負傷よ。私がもう少し早ければ助けられたわ」
淡々と語るリーリアに、アズリーが首を捻る。
「あ、ん? 助ける? 聞いておいてなんだが、今回の作戦にリーリアは入っていなかっただろう?」
「別動隊よ」
その疑問に割って入ったのは、アイリーンだった。
「そういえば最後まで解放軍の動きを、俺に教えてくれませんでしたね?」
「アナタとポチに教えてたらルシファーに狙いがバレちゃうでしょう」
「バレるって……信用ゼロじゃないですか……」
「ウォレンも言ったでしょう。『お二人の性格を熟知した采配』ってね。バレるって信頼してるのよ。だから逆の手が打てるって訳」
「……うぅ、とても嬉しくないですが…………じゃあ別動隊って一体何をしてたんです?」
「救出ですよ、アズリー君」
リーリアの後ろから首を出したのは、解放軍の参謀ウォレン。
「ウォレンさん、救出って?」
「王都レガリアの住民を、トウエッドに運んだのです」
笑顔で語るウォレンの言葉に、アズリーは寒気を覚える。
「……え?」
やはり、アズリーの理解はまだ追い付いていなかった。
「そしてリーリア様には、予めトウエッドの南門付近に待機してもらっていました。クリートがアズリー君の身近な人物を狙う事はわかっていましたから」
「わかってた!?」
「おや、わからないとでも?」
ウォレンの言葉を聞き、アズリーは先日のウォレンを思い出す。
――――……猪口才ですねぇ。
魔王ルシファーの策に苛立ちを覚えたであろうウォレンの、黒帝らしい一言。アズリーはその事を思い出し、全てを看破していたウォレンに驚きを隠せない様子だ。
「つ、つまり……ルシファーがここに来る事も、クリートが俺の身内を狙ってる事も、最初からわかってたって事か?」
「冒険者ギルドが手引きしてくれたおかげで、レガリアでの護衛はまったく必要ありませんでしたから、リーリア様を南門へ回せました」
「……時間稼ぎをしてたのはルシファーじゃなく、俺たちだった?」
「そういう事です♪」
笑顔で語るウォレンを見ていたくなかったアズリーは、リーリアに向き直る。
「ナツの時も、アドルフの時も、助けに入った二人は生き残る事も視野に入れて動いていたわ。だから私が入るのは避けた。最悪が起こって欲しくなかったから」
リーリアの存在は、最後の最後までクリートに気付かせる訳にはいかなかった。アズリーの身近な存在……仲間の命が絶命を免れない状況となるその時まで、リーリアの存在を隠す必要があったのだ。
「勿論、春華の時も同じ。けど、ティファの時は、盾になろうと助けに入ったタラヲの狼王化が直前で解けてしまったの。狼王化が解けた瞬間、タラヲの頭の上をクリートの極ブレスが通ったのよ」
「あぁ、道理で……」
ようやく理解し、改めてタラヲの禿げている部分を見つめるアズリー。
「げ、解せぬぞ……」
「似合ってるじゃない」
頭部を抱えながら禿げを隠そうとするタラヲに、ティファがそう言った。
「…………はぇ?」
「似合ってるって言ったのよ。いいじゃない、どうせ狼王化したら体毛ふっさふさなんだから。それに……誰も何も言わないわ」
ふんすと息を吐き、タラヲから目を背けながらティファが言った。当のタラヲはティファの意外な言葉を受け、目を丸くしたままである。
それを見たアズリーがくすりと笑う。
「良かったな、タラヲ。カッコイイってさ」
「なんとっ!?」
「ちょ、ちょっとっ。アズリーさん……!」
照れながら怒るティファに、アズリーが苦笑で応える。
「そうか。それで、回避出来そうになかったティファを、リーリアが助けたって事か」
「えぇ、何もなければクリートの命を狙いたかったけど、あいつはいつでも逃げられるように動いてたからね。まぁ、そこからは、私とウェルダンも戦闘に参加して……解放軍のメンバーが徐々に戻り始めた頃には、クリートも逃げ出してたわ。今頃はルシファーに殺されてるかもね」
そうリーリアが言うと、アズリーが一瞬だけ硬直した。
その一瞬の硬直を、この場にいる誰もが見逃さなかった。
「……さってと、俺らはそろそろ戻るわ。あんまり長居しちゃ悪いしな」
「そね~。あ、リナとティファ、それとフユはいいのよー。その方がアズリーも嬉しいでしょうから~」
「あ、え? は、はい!」
「「はい!」」
ブルーツが退散し、ベティーもそれに続く。去り際のベティーの言葉に赤面するリナとティファとフユ。三人がもじもじしながら俯いていると、リーリアがアズリーのベッドの正面に座った。
「ふん」
そんなリーリアを見て、ウォレンがくすりと笑いアイリーンの方を見る。アイリーンは、壁に寄りかかったまま動こうとしなかった。
両手のポジションこそ逃したものの、アズリーの枕元に一番近い位置を陣取ったフユも、アズリーを心配そうな目で見つめる。
やれやれと肩を上げて、イデア、ミドルス、ウォレンも立ち去ろうとしたその時、三人を横切る美女の姿。
「アズリーさん! 目を覚ましたんでありんすか!?」
「おやおや……これはこれは」
「退散退散。はははははっ」
「だねぇ」
ウォレンは楽しそうに、ミドルスは逃げるように、イデアは苦笑しながら立ち去って行く。
部屋に入った春華が、アズリーの顔を見て嬉しそうに顔を綻ばせる。
リナの前を横切り、ベッドに座る春華。
「ふぇ? えっと春華? み、見えないんだけど? アズリーさんが」
「お静かに」
リナの言葉も空を切り、春華はアズリーの額に手を当てる。
「ほっ、良かった。熱は引きましたね」
「え、俺って熱出してたの?」
「そうでありんす。皆――私、心配したんでありんすっ」
春華の言葉に、この場の女性陣が固まる。
((言い直したっ!?))
そんな硬直を、ポチが嬉しそうに見る。
苦笑するアズリーに腹が立ったのか、リーリアが足を組み替えて聞く。
「それで、魔王はどうだったの? 魔王はっ?」
その発言が軽率であると、リーリア自身もわかっていた。
だが、この場でそれを聞ける立場の人間はそう多くない。
過去アズリーと魔王を倒したポチとリーリア。そして、解放軍のリーダーであるアイリーンだけだ。
勢いに任せて言ったリーリアだが、アズリーが目を覚ました時、一番聞かなければいけない情報はソレだったのだ。性急過ぎる質問だったかもしれないが、ポチとアイリーンもリーリアについて言及するつもりはなかった。
答えに困ったアズリーは……少し黙り、ポチの腹枕に再び頭を預けた。
そして、見慣れたであろう天井を睨んだ。
「……強かったよ……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜も深く、トウエッドを月明りが照らす頃、アズリーは部屋を抜け出し、屋敷の屋根に上がっていた。
そこに腰を下ろし、空高くある月をただ見つめている。
そんなアズリーの背中にドンと衝撃を与えたのは、長年連れ添った使い魔ポチの頭だった。
「……痛ぇよ」
「お腹がすーすーします……」
「どうせ腹が減って起きたんだろ」
「それは否定しません」
言いながらポチは、主の隣に腰を落とす。
「…………そうですか、強かったですか」
「あぁ」
「どれくらい?」
「果てしなく強い。正直、天と地程の差を感じたよ」
「大丈夫です。マスターは空中浮遊魔法が使えます」
「まったく、何が三割だよ。一割の数字すら高かった気がするぞ?」
「大丈夫です。たとえ一分の確率でも、マスターが諦めた事はありません」
「簡単に言うなよ。実験と戦闘じゃ試行回数に差があるだろう。多分、次に奴と戦えば、今日みたいに生かしちゃくれねぇよ」
「大丈夫です。マスターが死んだら、私も一緒に死んであげます」
「何が大丈夫なんだよ」
「大丈夫なんです」
二人はいつものような言い合いではなく、ただ月を見つめながら、互いの言葉を聞き、互いに想いをぶつけ、そして許容した。
再び静寂が訪れ、アズリーが屋根に寝転ぶ。
「……このままじゃ勝てない」
「でも、可能性はあります……」
「言うじゃねぇか、犬ッコロ」
「情けないですね、馬鹿マスター」
「ったく、張り合いがねぇな」
「信じてるからですよ。私も、皆も……マスターの、アズリーの事を」
「……ったく」
すると、アズリーは立ち上がり、空高くある月を強い目で見つめる。手を伸ばし、開き、そして――月を掴む。
「このままじゃ勝てない」
「でも、可能性はあります」
「やるぞ、犬ッコロ!」
「はい、馬鹿マスター!」
魔王ルシファーに負けた、アズリー。
望みを打ち砕かれ、一瞬なりとも地獄を見せつけられたものの、彼の目に宿る炎が消える事はない。
使い魔ポチからの信、使い魔ポチへの信。
仲間からの信、仲間への信。
何度折れようが、何度踏み潰されようが、彼の熱い魂が壊れる事はないのだ。
――彼は悠久の愚者。
諦めを知らない、愚かなる希望の光。
これにて、『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ』第十二章(地獄編)を幕とします。
次章も、出来るだけ早く始めようと思っています。
ついに次章は【最終章】です。どれだけ長くなるか、短くなるかまったく読めませんが、可能な限り、伏せられているモノを回収していったり、謎が解き明かされたりします。
どうか、それまでの間、お付き合い頂ければ幸いです・
~~~十二章のわりとまじめなあとがき~~~
十二章は本当に大変な章でした。
大きな戦争から始まり、リーリアと戦い、トゥースと戦い、ルシファーにフルボッコにされるアズリーを頑張って書いたつもりです。
前回のアズリーフルボッコの回では、ちょっと意外というか、嬉しい反応でした。
あれだけ主人公がボロ負けしたのに、ブックマーク数が全然減らなくて衝撃というが驚きというか、吃驚したというか、ホント、ビックリでした。読者様の温かい反応だとも思え、やる気が漲りました。
現在、『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ』第十二巻の「巻末特典SS」・「初回特典SS」・「カバー袖コメント」・「あとがき」・「発売時の小説家になろう書報」などを書いているので、少しだけ投稿の間隔が出来ますが、十三章=最終章も、ガツガツ書いていくつもりです。
最終章の章タイトルは…………決めてないというか、どうしようかなってなって非常に迷っています。
多分、安直に『悠久の愚者編』とかになるのかなーとも思ってます。
それがどうなるのか、アズリーがどうなるのか、これ以上強くなれるのか、どういう結末なのか、しっかり作品と向き合って、頑張っていきたいと思います。
正直……魔王ルシファーが強すぎる^^
何だよ、超越者ノ覇道って。私にも使わせろよ。そう思いながら書いています。
しかし、ルシファーも私の大好きなキャラクターの一人なので、主人公たちの見せ場、そして悪役の見せ場もしっかりと作っていきたいと思っています。
長い長い悠久の旅のような物語も、残すところ最終章のみです。
それまでの短い時間ではありますが、お付き合い頂ければ幸いです。
感想、メッセージ、ブックマーク、評価、Twitterでのリプライなど、非常に励みになっております。
これからも『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ』を宜しくお願い致します。
壱弐参




