◆405 謁見
―― 戦魔暦九十六年 七月二十九日 午前九時 ――
トウエッドの首都エッド――その南門には、屈強な戦士、魔法士たちが立ち、眼前に並ぶ歴戦の勇士たちと対峙していた。
エッドの外壁上、外壁前には天獣である紫死鳥、灰虎、黄龍、黒亀が守護獣のようにエッドを守っている。
「リナさーん! リナさんどこー!? リナさぁあああん!?」
そんな中、戦魔国の王都守護勇士兵団の団長補佐であるエッグが意中の相手――リナの姿を探していた。しかし、南門付近にはトゥース、ブル、銀、白銀、エッドの猪共。各町村から集まった有能な戦士、魔法士しかいなかった。
「ったく、相変わらずだな、アイツは……」
「あれ助けたら……私、後悔しそう」
「静かに。使者殿に聞こえるぞ」
「へいへい、使者殿ね……」
ブルーツとベティーのエッグへの苦言を制止したブレイザー。
使者と思しき者は、フードを纏ったまま南門に近付く。
「これより我らが神殿に案内する」
案内役を任命されたのは、エッドでも信の厚いチーム――エッドの猪共。
そのリーダーであるイーガルが一歩前に出て使者に名乗る。
「トウエッド国代表チーム、リーダーのイーガルです。失礼ですが使者殿にはそのフードを外して頂きたく――」
イーガルが全てを言い切る前に、使者はフードを外した。
それは、灰色のローブを纏い、大柄で髭を蓄えた中年男だった。
「っ!? ……度重なる非礼申し訳ありません。使者殿の名を伺いたい」
「戦魔国十二士会より参った。六法士が一人――シュトッフェル」
一瞬、皆の顔が強張る。
曲者揃いの六法士の中で、無の化面と称されるシュトッフェル。その名を知らない者はいなかった。
シュトッフェルの表情は笑顔のまま固まり、微動だにしない。
「あ、シュトッフェルのおっさん! 使者ってシュトッフェルのおっさんだったのか! 俺気付かなかったよ!」
遠方から手を振るエッグ。勇士兵団はそれを静かに殴って止める。
そんな雰囲気を目にして、トゥースが呟く。
「あいつら、自分たちが人質だと理解してねぇな?」
「だろうな。逃亡されて困るのは向こうだ」
小声で呟くトゥース。使い魔であるブルも、声の調子をトゥースに合わせてその考えを肯定する。
「こちらも非礼を詫びますぞ。あれで十二士の一人だというのだから笑ってしまう」
イーガルに向けられるシュトッフェルの顔。
やはり顔はフードを取ってから微動だにしない。
「エッグ殿の勇猛さ、シュトッフェル殿の気高さ……お二方の勇名、このエッドにも届いております。お会い出来て光栄です」
「何、私は使者の務めを果たしに来たまで。……よろしいかな?」
「は! 神殿までご案内致します!」
イーガル含む五人のチームメンバーがシュトッフェルを囲うように歩き、神殿を目指し歩き始める。
「スタートだ」
そう呟いたのはトゥース。
トゥースは静かに目を瞑り、念話連絡の魔術陣を発動させた。
『行ったぞ』
『使者はどなたです?』
『シュトッフェルってガキだ』
『えぇ!? シュトッフェル!? それって誰です!?』
『知らん。十二士の一人らしいぞ』
『マスター! 十二士の一人のシュトッフェルって人が使者さんらしいです!』
『……肉声で伝えろ』
『はい! お肉は大好きです!』
トゥースの念話相手はポチ。
「……ったく、ポチじゃなくてもいいだろうに」
「仕方なかろう。薫には荷が重い。それに、アイツは今――」
トゥースの愚痴に、ブルがフォローを入れる中、リードが組んでいた腕を外す。
すると、ライアンがその肩を持つ。
「まだだリード。神殿までの約十五分……我らが動くのはその後だ」
「わ、わかってますよ長……」
リードは再び腕を組み、勇士兵団を鋭い目付きで見ていた。
(あの中に、悪魔が……!)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――戦魔国の使者、シュトッフェルを待つ神殿。
「だから! お肉を強請れってトゥースさんが!」
「絶対そんな事言ってねぇよ! こんな時にあのトゥースがふざけるか!」
「あ、でも!」
「でもなんだよ!?」
「その前に何か言ってたような!?」
「おぉ、そうだよ! それが聞きたかったんだよ!」
「そうです! ジューシーなシュークリームがどうとか言ってました!」
「んなわけあるか! どんなシュークリームだそれ!?」
「食べてみたいじゃないですか! どんと来いですよ!」
「えぇい! 聞き直せ犬ッコロ!」
「ちゃんと伝えましたよ! 馬鹿マスター!」
薫を挟み、アズリーとポチの二人はいつもの問答を繰り広げていた。
そのやり取りを聞き、薫は零す。
「……なるほどね、十二士のシュトッフェルか」
「あ! そうです! その人です!」
「てめ! 何がジューシーなシュークリームだ!? 全然違うじゃねぇか!!」
「概ね合ってるじゃないですか!」
「戦時下だぞ!? 概ねじゃ困るんだよ!」
「腹が減っては戦は出来ないんですよ!」
「ご尤もだよ、まったく!」
「けど、無の化面シュトッフェルか。それが本当なら面倒だねぇ」
薫は顔に脂汗をにじませながら呟く。
「お、お疲れですー?」
そんな薫をポチが気遣う。
「いや、緊張だよ。逆に聞きたいけどアンタたちは大丈夫そうだね?」
「あ、いや。緊張はしてますけど、今までが今までですからね」
アズリーの説明に薫は小さな笑みを見せる。
「ふふふふ、確かに……今までが緊張の連続。これくらいはへっちゃらか。いや、二人は知らないんだったね……」
「へ? 今何か言いました?」
「いんや、こっちの話さ」
「ですか!」
ポチはぱあっと明るい表情を薫に見せた。
「まったく、二人と話してると、今が戦時下だって事を忘れてしまうね」
薫の嬉しそうな愚痴に、アズリーは苦笑し、ポチはにぱっと笑った。
直後、アズリーの目に鋭さが宿る。
遅れてポチが気付き、二人は正面にある襖を睨むように見据えた。
「来たか……」
薫が深呼吸をすると、襖の奥からイーガルの声が届いた。
『薫様、戦魔国が使者――十二士のシュトッフェル殿をご案内致しました』
「入って頂きなさい」
『はっ!』
イーガルの返事の直後、アズリーたちの前にある襖が静かに開かれた。
ゆっくりと入ってくるシュトッフェルを見て、ポチが声にならないような悲鳴を上げる。
「ひっ!?」
余りにも気味の悪いシュトッフェルの表情に、ポチは思わず声を出してしまったのだ。犬狼というポチだからこそ、一切の変化の見えない氷のような顔を見て、恐怖を覚えたのだ。
アズリーはポチの口を塞ぎ、乾いた笑いをもってシュトッフェルを迎えた。
するとシュトッフェルは真顔のまま言った。
「使者を受け入れる際、トウエッドは犬を同席させるので?」
これにはアズリーの顔も固まる。
しかし、薫は焦りなどおくびにも出さないで堂々と言い切る。
「何か問題が?」
シュトッフェルは薫の言葉を聞き、ほんの少しの沈黙を見せる。
「それがこの国の文化……という事であればそれは受け入れましょう。ふむ、挨拶が遅れましたな。十二士会より参りましたシュトッフェルにございます」
「トウエッド将軍代理、薫です」
直後、アズリーの手を通し、再びポチから悲鳴が出る。
一瞬で変わるシュトッフェルの表情。アズリー、ポチ、薫の三人の目が捉えたのは……シュトッフェルの怒りの顔。
(お人形みたいですー!?)
(これが無の化面シュトッフェルか……なんともまぁ……!)
アズリーがシュトッフェルの表情を気味悪がる。
「さて、早速本題に入らせて頂きましょう。トウエッドにて当国の反乱軍を匿っているという話……本当でしょうかな? 本日はそれを確認させて頂きたく馳せ参じた次第」
「……さて、何の事かわかりかねますね」
「これは異な事を?」
「第一、戦魔国はそれをどう知り得たのですか? 我らも知らぬ情報を」
とぼけて見せる薫の言葉には芯があり、アズリーたちへの信があった。
いつ戦闘に発展しても、アズリーとポチが薫を助けるという信頼が。
「まさか、我がトウエッドに草でも紛れ込んでいるのですか?」
「はて、何の事か?」
「では、その情報はどこから? 誰からにございましょうか?」
「ある筋……としか申し上げられませんなぁ」
「なんとおかしい事ですか。まさか一国の代表が確たる証拠なく、ここへいらしたのですか?」
薫とシュトッフェルの問答は続く。
そしてアズリーが気付く。その問答に中身がまるでない事に。
(おかしい。シュトッフェルはただ怒って帰ればいいだけ、決裂させればいいだけなのに? いや、違う。話の流れをコントロールしているのは薫だ。早く帰らせればいいのにそれをしない? 一体何故? 絶妙なところで決裂させない話運びをしている。まるで……時間を稼いでいる……?)
それは、一瞬の出来事だった。
話し巧みに流れをコントロールする薫に怒ったのか、はたまた薫の狙いに気付いたのか、シュトッフェルから強い魔力が発生したのだ。
直後、シュトッフェルの口調が変わる。
「……まさか、トウエッドの巫女、薫がこう出るとは思わなかった」
声の圧も、魔力の圧も、何もかもが変わっていく。
そんな圧を受けながら、脂汗を大量に噴き出しながら、正面にいる悪魔への鋭い目付きを変えなかった薫が静かに、震えながら、恐怖を押し殺しながら呟く。
「……出番だよ、アズリー」
「「え?」」
未だ状況を理解していない愚者とその使い魔。
「そいつはシュトッフェルじゃない」
「「え?」」
直後、神殿の床を踏み抜き薫に迫ったのは――――
「クカカッ!」
「ぐっ!? ルシファー!?」
――――魔王を名乗る者だった。




