039 バラードの乱
リナの指示を求めたバラードが鋭い目つきでオルネルをけん制している。
蒼い瞳がオルネルを捉え、その動きを確実に御している。
これは蛙を睨んだ蛇、蛇に睨まれた蛙だな。
「くっ!」
オルネルが焦りながらも重いプレッシャーに耐えている。
ゆっくり上がった手が震えながら宙図を始める。
「フリーズファイアッ!」
中級系火魔法。
冷たい炎と言われる竜族に効果のある魔法だ。これをバラードはどうする?
パンッ
暖簾をかきわけるように弾いたぞアイツ。
「なんだあの戦闘力は」
「わ、私にだってあれくらい出来ますよっ」
「お前はレベル100だろ、バラードのレベルは……」
すぐに鑑定眼鏡を発動してバラードを視る。
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バラード
LV:18
HP:1413
MP:368
EXP:18020
特殊:ブレス・空間干渉
称号:四翼の竜・上級使い魔・ランクB
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ざ、タフネス。
なんだあの生命力は?
およそレベル18のHPじゃないな。空間干渉は俺の部屋の窓を開けたあの超能力の事か。
ランクB相当の実力って事か。モンスターならこの称号は付いて然るべきか。ポチは動物だからランクの称号が当てられない。
ここで差が出ているのもあるが、何よりも既に上級使い魔ってところが引っかかる。
やはり頭が良いからか。なんて羨ましいんだ、リナッ!
「今、私に対してなんか失礼な事考えませんでした?」
「今じゃない。常にだ!」
「奇遇ですね、私もです!」
「なんて使い魔だ!」
「とんだマスターですよ!」
「それより来月、バラードどうやって倒すんだよ。絶対強敵だぞっ」
「アズリーって人がきっとなんとかしますよっ」
なんだ、それなら安心――
「――な訳ねーだろ!」
「あ、リナさんが動きますよ!」
まったく、これ以上オルネルを虐めたら可哀想じゃないか?
あれ、リナの顔が……いつもより怖いぞ?
「今までアズリーさんにしてきた行いを少しだけお返ししますっ!」
なるほど、俺への虐め行為がリナの方に溜まってたみたいだな。
まぁ、「少しだけ」ってところがリナらしいけど。
「あ、アジュリーしゃまー! ポチしゃーん! お久しぶりでしゅー!」
あんな図体で可愛らしく手を振ってる。
ま、そこは生後数ヶ月って事か。
「なんでマスターだけ様付けで呼ばれてるんですかっ!」
「ふ、あいつはわかってるんだよ。俺とポチの器の違いをな」
しかしやたらと注目を集めてしまったな。
まったく、皆試合に集中しろよ。
「シールド! マジックシールド!」
ポチのやかましい反撃が起こる前に、オルネルが先に動いた。
やはり少ない魔力でもここは固めるか。
「スピードアップ!」
リナがバラードに速度上昇魔法を掛けた。
「うっきゃー! アジュリーしゃまの仇ーっ!」
勝手に殺されたぞ。
バラードの接近にオルネルが跳躍して後退。だが、バラードは駆けながらブレスを吐いた!
火色のブレスがオルネルを捉える。
「っだあっ!」
片手で杖を回転させブレスを受ける。しかしその威力を完全に抑える事は出来ない。両手にすれば……いやっ、
「バーストッ!」
杖の回転力が向上。やるなアイツ。
上手くブレスを受け切ったオルネルがホッとしたのも束の間、背後にはリナが回り込んでいた。
「――のほい、サンダー!」
「ぐぁっ!」
直撃し、オルネルは不安定な着地を強いられる。
息が切れているが、前方から迫るバラードを視界に捉えるとすぐにクロスウィンドを放った。
確かにこの距離ならスウィフトマジックに頼るしかない。
パンッ
……今度ははたき落としたな。とんでもない竜だ。
「うきゃー!」
「はあっ!」
「くっ!」
オルネルが両目を閉じ、リナの杖の刃と、バラードの人差し指の爪が首に当てられる。
その時、
「勝負ありっ!」
ビリーの試合終了の声が魔育館に響く。
「「「うぉおおおおっ!! すげぇーっ!!」」」
全校生徒の大きな声が波となって辺りを包んだ。
使い魔で差が付いたが、それが無ければ確実にオルネルの勝ちだっただろう。
オルネルの実力はこの段階で三年生の並以上か。片手での宙図に、あの杖術、そして戦闘の状況判断能力。バラードが召喚された後の対処。どれをとっても素晴らしい。
首席は伊達じゃないって事だな。
対してリナ。
杖の性能差をバラードで補ったか。もちろん手を借りずに勝つ事を望んでいただろうが、それ程までに負けられない戦いだったという事か。
ここ数ヶ月は普通の教養にも力を入れてたから仕方ないが、バラードを召喚するまでの健闘は大したものだった。
オルネルが使い魔を手に入れたら勝負はわからないだろうな。
あれ、そういえば入学試験の時、アイリーンだかトレースが、俺以外に使い魔持ちの魔法士が後一人いるとか言ってたような?
一年生にそんな奴いたっけ?
「マスター、マスター。バラードどうやって倒すんです?」
「ん、あぁ……とりあえず対策は考えておくよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の夜、俺とポチは、また寮を抜け出し、ベイラネーアの冒険者ギルドへ来ていた。
簡単な討伐を済ませた後、ブレイザー達を見かけたので、現状の報告と、親善試合の事を話そうと思ってたのでちょうど良かった。
「――という訳で、弟子との親善試合が決定しましたっ!」
「「「乾杯っ!」」」
エールの入ったジョッキがカツンと音を鳴らす。
銀のメンバー三人と、ダンカンは自分の事のように喜んでくれる。
確かに俺も嬉しいが、それを喜んでくれる仲間がいるのも嬉しいものだ。
こういったのは確かに久しぶりだな。
「でもホント、リナちゃん頑張ってるわよね〜。そう遠くないうちにランクBのテスト受けられるかもしれないわよ?」
「これは師匠も負けてられないな?」
「本当ですよ。まさか使い魔を実用段階で召喚出来ると思いませんでした……」
「リナちゃんならこのギルドでも有名だからな。人を惹きつけるし、ありゃ良い女になるぞアズリー?」
「兄貴、言い方が下衆いわよ」
「はははは、こりゃ失敬っ」
ブルーツとベティーのいつものやり取りに皆が笑う。
「しかしマスター、本当にバラード対策はどうするんです? 親善試合のルールでは中級魔法までしか使えないですし、その魔法の中からバラードを制するって難しいんじゃ?」
「作戦名『ポチの犠牲の果て』でいけばなんとかなるんじゃないか?」
「それなら作戦名『アズリー、墓までの最短ルート』を使いましょう」
「勝手に殺すなやっ!」
「はははは、こりゃ失敬っ」
おでこにポンと前足を置くポチに、また皆の笑いが誘われる。
このメンバーの中では、ポチはしっかりと溶け込んでいる。ダンカンも使い魔に対して偏見しないから、最初は嫌がってたポチも大分慣れた感じだ。
「なんにせよ、この冒険者ギルドの二人が出るんだ。当日は応援に行かせてもらうよ」
「はい、ありがとうございます」
「え、応援してくれるんですかっ?」
ブレイザーの言葉にポチが嬉しそうに尻尾を振る。
確かにこれは嬉しいよな。俺にも尻尾があればきっと振っているだろう。
「あ、何言ってんだよ?」
「へ?」
「そうよ、応援するのはリナちゃんに決まってるでしょ?」
「えー、ベティーさんまでっ!?」
「師匠が強いのは当たり前、ならば弟子の方を応援するのは必然だぞ、アズリー」
「リナちゃんはここのアイドルだしね~。アタシも行けたら行こうかしら?」
……どうやら、これはいよいよ孤立無援のようだ。
その後、話は弾み、時間は過ぎていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「で……なんですかブルーツさん? 二人で外に出ようだなんて?」
「実は……だな……その……」
ここまで歯切れの悪いブルーツも珍しい。
一体どうしたと言うのだろう?
「……い、いいからちょっと付き合えよ」
「え、ちょっとちょっとっ、一体どこに行くんですかっ」
「イイ所だよ!」
「だからそれがどこか聞いてるんですよ」
「ゆ……」
「ゆ?」
「ゆ、遊郭だ……」
Oh。




