◆299 師から譲り受けたモノ
2018/2/28 本日六話目の投稿です。ご注意ください。
「そう、そうだ……その悪魔の名はバディン!」
身の焼ける臭いと共に、煙を漂わせながら赤い目を見開くビリー。
「儂は今……何をした?」
――宿主よ、人の身でありながら悪魔に立ち向かう気概、大したものよ。宿主のこれまでに敬意を表し、この戦闘……邪魔させてもらう。
「この声は……一体……っ?」
未だ自身に起きた事に理解が追いつかないガストン。
発動した未知の魔術。頭に届く声。ビリーが見ている自分ではない自分。
だからガストンは……、
「もう一度……!」
――何?
「もう一度だっ!」
――はっ! 考える事をやめたか! それでこそ我が宿主。その熱い魂、我にとってはまだぬるいが……悪いものでもなかったぞ! 所詮これは神が語り……誰かが紡いだ物語! 燃えるのならば、いっそ全てを燃やし尽くすまで! 倣え!
「『炎極地獄!』」
光る指でバディンの意思に倣い描く宙図。荒々しく、しかし繊細な宙図にビリーすら目を奪われる。
「っ!? ぐぉおおっ!?」
咄嗟に身を逸らして魔術をかわすビリーにバディンが笑う。
――クハハハハハ! 木っ端悪魔が我に盾突くなど千年早いわ!
「やかましい! 声より先に知識を出せ!」
――……ふっ。宿主の考えはまだ甘い。
「何?」
――この戦闘、我の知識が宿ったところで勝ち目はない。
「…………魔力か」
ガストンは己が手を握りながらそう呟いた。
――左様。悪魔が扱う魔術はそれ相応の魔力が必要だ。宿主の魔力は確かに強い。だがそれは人間としてだ。これ以上の魔力を求めるのであれば覚醒が必要だ。
「限界突破の事か」
――人間の間ではそう呼ばれているそうだな。
「なるほどな」
身体をよろめかせながらガストンがビリーを見据える。
その眼光は凄まじく、未だ心が折れていない事をビリーに知らせた。
「くっ! まさか悪魔の魂を宿していたとはな……。道理で攻撃に熱が籠る訳だ。だが、貴様の魔力は風前の灯火。私の勝ちが揺らぐ事はない! はぁああああっ!」
そう叫ぶや否や、ビリーはガストンとの距離を一瞬で縮めた。
「『魔力の運びが甘い』」
まるで透過したかのようにビリーの身体がすり抜ける。
「くっ! はき違えるな! 今どちらが高みにいるのかを!」
「『当然それは貴様だ。しかし忘れるな。弱者が持つ強かさを……』」
「講釈ならばあの世で部下にしてやれ! カァアアアアアアッ!」
ビリーが大きく口を開け吐いた強力なブレス。
これに対しガストンとバディンは腰を深く落とした。
「『必要なのは魔力ではない! 的確なコントロールだ!』」
真正面に迫ったブレス。ガストンの腕はまるでブレスの通り道を作るかのように、それを優しく持ち上げたのだ。直後、ブレスはガストンの髭を少しだけ焦がし、天高く上がっていった。
「『ふん、まだまだぬるい……!』」
そんな二人の言葉に、ビリーの顔が怒りに染まる。だが、ビリーはすぐにそれを治め、再び笑みを見せた。
「そんな事を言っていられるのも魔力が続く内だ……。貴様もわかっているはずだ。着実に歩を進める……死の足音を!」
――だそうだが?
「構わん。稼ぐべきは時。儂の命一つでどうにかなるのなら安いものだ」
――面白い……!
二人は会話の通り、精一杯時間を稼いだ。その間、ビリーは絶え間なくガストンを狙い、そして巧みな魔力操作によってかわされた。
稼がれた時間に行われたアルファ討伐。
オルネルに加勢したリッキーが、リナに加勢したバルンが、的確な指示を飛ばし奮戦する団長ヴィオラは確実にアルファの数を減らしていった。
そしてリナとオルネルはアルファの減少に伴って隊を後退させ始めた。
既に精鋭部隊の六割は、アルファによって無残な姿に変えられてしまっている。
寝食を共に過ごした友たちとの別れに、オルネルは歯を食いしばり、リナは涙を堪えながら杖を振るった。
やがてバルンとリッキーが合流する。それ程までに両隊が退避しながら近づいていったのだ。
身体に無理を重ねたジャンヌは既に深いダメージを負い、そんなジャンヌをヴィオラが支える。
フユはその中心から優先度の高い者へ回復魔法を施した。
精鋭部隊は密集しながら、激しい戦闘を繰り広げながら、前方に見える司令官の死闘を見守った。
「カカカカカッ! わかる! わかるぞ! みるみる魔力が減っていくのが!」
「『まだ……まだまだだ……!』」
悪魔化したビリーを前に、ガストンが回復魔法を発動出来る余裕はない。今ガストンを支えているのはこれまでに培った魔力とバディンの知識のみ。肉体は人間。限界突破していない身体だという事実は動かないのだ。
「よし! フユ! 空間転移魔法の準備!」
「はい!」
遂にアルファの数が精鋭部隊の数を下回った。これを機とみたヴィオラがフユに指示を出す。
この間、オルネルとリナ、バルンが全力でフユの動きを守った。
「ほいのほいの……ほいの――――」
「――――させるかっ! カァアアアアアアアアアッ!」
そんなフユの動きに気付いたビリーが再び巨大なブレスを吐く。
「『はぁあああああああああああああっっ!!』」
強引に振り上げられた岩のような拳。ボロボロの身体に鞭を打ちながら全力で駆け、届いた左拳。
ビリーのブレスはまたも空を駆け上がる。
「ちっ! ……ふふふふ」
ビリーが舌打ちをするも、その顔はすぐに笑みに変わった。
そしてそれはガストンをいつも傍で支えたヴィオラが叫ぶ程の衝撃だったのだ。
ガストンの左腕は…………無くなっていた。
「ガストン様ぁあああああっ!」
悲鳴のようなヴィオラの声を聞き、激痛に辛そうなガストンは、ヴィオラに、いや、王都守護魔法兵団全員に向かって笑みを送った。
「後を頼むっ!!」
そう……笑って叫んだのだ。
「「…………っ!!」」
戦闘に集中していた者も、ガストンを見守っていた者も、王都守護魔法兵団の人間は誰もが歯を食いしばった。自らを盾とし、皆を守ったガストンの別れの言葉に。
王都守護魔法兵団の父親とも呼べる存在に……。
「――――ほい!」
直後、フユの空間転移魔法陣が起動する。
フユは目に涙を溜め、そして零しながら空間転移魔法を完成させた。
「重傷者から!」
回復魔法をここで放っている場合ではない。こうしている間にもガストンの体力は削られていく。
誰もが悲しみを背負いながら、ガストンが戦う偉大な背中を見ながら、空間転移魔法陣に乗って、そして消えていく。
一人、一人と消えていき、ガストンの傷は一つ、また一つと増えていった。
「ヴィオラ様! お早く!」
ヴィオラ自身の傷は大した事はないが、その肩にいたジャンヌの傷は深刻なものだ。
フユはそう叫んでヴィオラの転移を促す。
しかし、
「ガストン様が! ガストン様がぁっ!」
「ご主人! ご主人っ!」
オルネルがその動きを抑えるも、ヴィオラとその肩に乗るコノハの悲しみを御せるものではなかった。
だからこそその役目は、父親が買って出たのだろう。
「ヴィオラ!」
「…………っ!」
舞う血飛沫。無数の傷。幾千もの……思い出。
ガストンの言葉はヴィオラの名前だけ。しかし、それだけでヴィオラの心は決まった。
歯を食いしばり、口を切って垂れる血は……まるで涙のようだった。
だからこそ、ヴィオラは涙を流さず……父親が娘に言い聞かせるような言葉に従ったのだ。
潤む瞳はいつまでも輝き、ガストンの戦いを見守り続けた。その身が転移した後も。
「よし!」
オルネルがそう叫びながらリナの肩を掴んだ。
アルファの掃討は終わった。残るはオルネルとマイガー、バルンとリッキー、転移魔法の作成者であるフユとスターホースのプラチナ。そして、リナとバラードだった。
フユは空間転移魔法陣の作成者。万が一の事があれば魔力が残っているフユがもう一度空間転移魔法陣を描かなければならない。
オルネルはそう思い、次はリナだとその肩を掴んだのだ。
しかし、リナの足は動かなかった。
「……っ、リナ!」
そう、リナの目は……先程、ガストンとの別れを決意したヴィオラのものとは違った。
リナの目にあったもの、それはガストンの心配だけではなかった。
「リナ! おい、リナ!」
オルネルがリナの肩を揺すりながら叫ぶ。
だが、オルネルの方を向かず、リナは戦うガストンだけを見ている。
「――――……げないと思うんです」
かろうじて拾ったリナの言葉に、皆が耳を傾ける。
「アズリーさんだったら、逃げないと思うんです」
リナの目にあったのは……師から譲り受けた。信念という名の決意。




