◆275 聖戦士の帰還
アズリーたちが魔王ルシファーを倒した後、気を失った主の頭を腹部に置き、その頰をひと舐めするポチ。
「んー、マスター……また血の味変えました?」
カタリと首を傾けるポチを見て、対面で腰を下ろしていたジョルノがクスリと笑う。
そんなジョルノの背後で、リーリアが耳に手を当てながら目を瞑っている。その目が開かれ、ほっと一息吐く。
「どうやらルシファーが倒された事で、魔王軍のモンスターたちは散り散りになったらしいわ。ポルコが応援に来てくれたそうだから一安心ね」
「ポルコさんが来てくれたんですか! それはよかったですー!」
嬉しそうに尻尾を振るポチ。
それをジョルノが微笑みながら見つめた後、真剣な面持ちとなる。
「さて、ポチ君」
「はい! ん? あれ? シロです! ……よ?」
「君が気を失っていた時、ルシファーがアズリーさんとポチ君の存在について話してたのを聞いてたんだ。僕はあの時倒れてて、耳でしか情報を集められなかったからね」
「あわわのわですー!?」
アズリーの身体を動かせないせいか、首だけが色んな方向に傾き焦りを表すポチ。
「そして聞いたよー? 悠久の刻を生きる者だって。道理で身に余る知識量だと思ったよ。特にアズリーさんはね」
「悠久の刻…………トウエッドの巫女と同じく、あの悠久の雫を飲んだのね?」
リーリアの推測にジョルノが頷く。
「まぁそんな事は僕からしたら結構どうでもいいんだけど、一つだけ解せない事があるんだ」
「歳を隠すのはまだわかるけれど、偽名を使う理由……かしらね?」
「何も聞こえないですー!」
へたりと耳を畳んだポチが目を瞑って顔を伏せる。
少しの沈黙が流れた後、ポチの腹部から小さな声が聞こえた。
「いい……ポチ。俺が、話す…………」
「マスター!? も、もう少し休んでていいんですよ!? 今動ける状態じゃないでしょう!」
「聖生結界とギヴィンマジックを使えば……多分大丈夫だろう」
「でも!」
ポチの言葉では止まらないアズリーは、宙図を始め、言葉通り聖生結界とギヴィンマジックを自身に向け発動した。
「すみません、俺だけ」
「簡単な回復はポチ君にしてもらったから気にしないでいいよ。アズリーさんは、魔王戦の最大功労者なんだから。ね、リーリアっ?」
「そうね。楽にするといいわ」
「それに、まだ見えてないんでしょっ? その目」
「流石ですね」
ジョルノの指摘に苦笑するアズリーは、ポチに身体を預けたまま語り始めた。
自分とポチ二人は時を超えて来た事。
時を超えた理由。限界突破の魔術を手に入れるため。この時代で生き抜くため。ポチによってポーアと名付けられたため。自分の時代での聖戦士の伝説。
あくまでも掻い摘んで。自分の存在や周りの存在に影響しないように、アズリーは慎重に伝えた。
「あぁ~~話しちゃいましたー…………」
「俺が話す事も、あの爺さんはわかってるさ」
「「…………」」
黙り続けるジョルノとリーリア。
そんな二人の気持ちをわかってか、わからずか……アズリーは再び口を開く。
「まぁ……その、つまり…………多分、もうすぐお別れって事、ですかね」
はにかみながら笑うアズリー。
すると、二人がすっと立ち上がり、アズリーの眼前へと移動した。まるで、互いの位置を揃えるように。
「っ!」
目の見えないアズリーに代わるように驚いたのはポチ。
アズリーの前に跪き、頭を垂れるのは勇者ジョルノと戦士リーリア。
ポチの異変を感じたアズリーが、魔力の揺らめきから二人の行動を知る。
「な……何を?」
「僕たちがいない世で、更なる敵との戦いを決めている者への礼儀…………だと、僕は思ってる」
「また魔王と戦えと言われて、戦える者はそうはいないわ。その身体、その心、その知識、その経験、アズリーの全てが尊敬に値するわ」
「どうか、その境遇を知らずにアズリーさんを軽んじた僕たちを許して欲しい」
「ごめんなさい……」
敬愛の心と、かつての非礼を詫びる二人。
「な、なーに言ってるんですか! マスターはそんな――――」
「「――――偉大な魔法士アズリーと、その使い魔ポチに幸多からんことを……」」
ポチの言葉を遮るように揃った二人の言葉。
目を丸くするポチと、静かに驚き、そして苦笑し、頬を掻くアズリー。
言葉を失ったポチの腹部から、アズリーが離れ、そして立ち上がる。
ふらふらになりながらも頭を下げる二人の下へ歩いて行くアズリーを見て、ポチも巨大化を解きその隣に小走りで向かった。
膝を突き、腰を下ろしたアズリーが、二人の肩にその両手を静かに置いた。
ジョルノの顔が、リーリアの顔が、ゆっくりとアズリーに向けられる。
「お二人に会えて……本当によかった」
恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに笑みを零すアズリーと、
「色々助けてもらっちゃいましたね! 私、お二人との時間、とても楽しかったです!」
尻尾を振るわせながらニカリと微笑むポチ。
ジョルノとリーリアはアズリーの手を取り、支えながら三人で立ち上がる。
そして、中央に三人の右手を置き重ね、
「あー、私もですー!」
三人の右手と、一人の右前脚を置き重ね、ジョルノが空を見上げながら口を開く。
「我ら四人。たとえ時は違えど悠久の友情を結ばん。その結束、幾千万年を超えても綻びはしない!」
次にリーリアが、
「最高の絆と誇りを胸に、いばらの道を歩む友たちに力を!」
アズリーが続く。
「聖戦士としてではない。ただただ友として。俺はこの友情を、この瞬間を忘れはしない!」
「で、ですーっ!!」
アズリーとポチの瞳から零れる雫。
それは決して悲しみだけの涙ではなかった。
これまでの全てが、頼るところのないアズリーとポチの、大冒険だったからである。
「っ…………っ……」
涙を堪えるアズリーに、ジョルノがいつもの調子で聞く。
「何か僕に出来る事はあるかな~?」
「皆に…………ありがとうと……」
「伝えるだけか~い? っ! あれ、アズリーさん?」
ジョルノがアズリーの身体を指差す。
「あれ!? あれ!? 何か私たち透けちゃってますよ!? どうなっちゃってるんですか! マスター!?」
「これは……」
アズリーは俯き、自分の手を強く握る。
「…………時間って事かな」
ジョルノが察したように言うと、ポチが慌ててアズリーのドリニウム・ロッドを取りに行く。
アズリーはそれを受け取った後、静かに呟いた。
「そう……みたいですね……」
悲しそうな様子のアズリー。
すると、目の前のリーリアが恥ずかしそうに叫んだ。
「ア、アズリー!」
きょとんとするアズリーとポチ。
「そ、その…………出来れば何か、アズリーとの繋がりが欲しい」
「…………へ~、あのリーリアがねぇ~?」
茶化すように言ったジョルノの頬を、拳でどつくリーリア。
「あいてっ」
「エルフは仲間との別れの時、相手との繋がりを大事にするのよっ」
そんな二人のやりとりにくすりと笑ったアズリー。
「そうか、そういう事か」
そう言ったアズリーは、指で宙図を始めた。
「ほい、ストアルーム」
黒く深い空間からアズリーが取り出したモノ。
それは、一枚の羊皮紙だった。
その羊皮紙に、アズリーが魔力を込めて何かを書いた。
「ではこれを」
きょとんとするリーリアがその羊皮紙を受け取る。
「何も……書かれてないけど?」
「後でわかりますよ」
含んだ笑みを浮かべたアズリーは、仲間との最後の時を感じ、ポチの頭に手を置いて、満面の笑みを浮かべて見せた。
そしてそれは、ポチも同様だったのだ。
光に包まれたアズリーとポチが二人の前から消える。
どこに消えたかもわからない。しかし、二人は揃って空を見上げる。
「いや~、面白い人たちだったね~……」
「えぇ、本当に…………」
「う~ん、やっぱりらしくないな~。ひょっとして本当にアズリーさんを~?」
「そんなはずある訳ないでしょう!」
「本当かな~?」
「……で、でも今まで会った男の中では一番…………だったわね」
そんなリーリアの言葉を受けて、目を丸くするジョルノ。
直後、激戦地の上空に大きな笑い声が木霊した。
激怒するリーリアの声と共に……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おかしい」
ぽつんと一人立つアズリー。
未だ透けている身体。
右手にはドリニウム・ロッド。
そして左手はポチの頭に載せていた。はずだった。
「ポチが……いない? それにここは…………っ!」
聖生結界のおかげか、微かに見えた周りの景色は、アズリーにとってとても懐かしい場所だった。
そう、ここは――――
「――――フルブライド家」
正面に見えたのは、かつてジュンと蜂蜜酒を呑み交わした部屋。
偶然か必然か、その扉がゆっくりと開かれる。
俯くジュンが、足下の自分以外の影を発見する。
「っ!」
言葉を失うジュン。両の手で口を塞ぎ、ボロボロのアズリーをただ見つめている。
次第に潤む瞳と歪む顔。
「えーっと…………――っ!?」
アズリーが次の言葉を発する前に、自分の胸に置かれた細い両腕。
眼下に見えるジュンの震える肩。
それは、長くも短い……別れの抱擁。
それは、ジュンにだってわかっていたのだ。
「すまない……ポーア殿…………」
アズリーの胸の中で、精一杯震える声を絞り出すジュン。
「……えっと、アズリーって呼んでください」
「…………そうか」
アズリーは全てを言わず、ジュンは全てを聞かなかった。
ただ一時の静寂だけ。それが二人の会話だった。
やがて俯くジュンの口が開く。
「魔王は……倒したのだな」
「ははは、何とか……」
「そうか……」
再び訪れた沈黙はそう長くはなかった。
身体の震えを止め、静かにアズリーを見つめるジュン。
その顔は儚げで、辛そうな……女の顔。
「勇気を…………くれないか?」
ジュンの不思議な言葉の正体。
それは、今後訪れる政略結婚に理由があった。
それを言えないジュンと、聞けないアズリー。
しかしその意味がわからないアズリーではなかった。
ジュンの両の肩を抱えていたアズリーの手が後ろへと回る。
その逞しくも優しい抱擁に、ジュンの顔が安堵の色に染まっていく。
アズリーの胸に置かれるジュンの頬。
ほんの一瞬。しかし確かに訪れた幸せの笑み。
「ありがとう……」
消えゆくアズリーに掛けた最後の言葉。
そして見つめ合い、やはりアズリーは笑顔を選んで消えていった。
後に残ったのは……ほんの少しの獣臭。
「ふふふ……この匂い。好き」
天井を見つめ、涙を堪えながら言うも、その雫は止めどなく溢れ、頬を伝っていく。
「ありがとう……!」
再び呟くジュン。
涙を拭い、歩き出す背中は既に、誇り高き騎士の背中となっていた。
これにて、『第八章 ~聖戦士編・後編~』が幕となります。
次回は……………………戻るぞ現代! 多分!
【ガチな後書き】
本当はジュンとの別れを入れるつもりはなかったんですが、せめて……少しでもジュンが報われて欲しいなと思って書きました。
読者の皆様にも、是非ジュンの気持ちが伝わればいいなーと思ってます。
さて、まだまだ続くアズリーとポチの珍道中。
まだまだ残る謎は一杯。私の力量もいっぱいいっぱい。
おそらく今章は全ての章を通して最も多く書いたと思います。そもそも聖戦士編が三章に及ぶなんて考えてなかったよ!
しかし、物語の根幹の部分とアズリーの成長の面では本当に必要な事だったので、念入りに書かせて頂きました。
聖戦士編、いかがだったでしょうか? もし、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
本当は少しお休みしたいところですが、今月15話を更新すると言い切ったあとなので、明日以降も物語は続きます。
願わくば、面白いと思って頂いた方は是非、書籍も手にとって頂ければ嬉しいです。
ほら! モチベーションあがるし! 普通に私の糧に繋がるし! WINWINじゃないすか!? え、違う?
「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ」1~7巻、自称絶賛発売中なので、是非是非宜しくお願い致します。
それでは皆さん! 『第九章 ~激動編(仮題)~』も宜しくお願いします! 壱弐参
「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ」ノベルの1~7巻・コミックス1巻発売中。
※是非ご購入くださいっ!(切実)
※ニコニコ静画でアズリーの漫画第六話が公開中。コメント見るの楽しい!
※コミック アース・スターではその続きの第七話が公開中。ダイナマイト回です。
『がけっぷち冒険者の魔王体験』、宜しくお願い致します。
⇒https://ncode.syosetu.com/n7920ei/




