友の画策、騎士の憂い
前回はジャンル別の日にちランキングに入り、驚いたと共に嬉しかったです。ありがとうございました。
お礼になれば良いですが、書く予定のなかったクラウディオ視点で見合い前のお話。
あれは確か3年前。
友に誘われて赴いたお茶の席で出会った。
『結婚を前提に付き合っている令嬢とやっと一緒になれる』と聞かされ『紹介するから顔を出せ』と友の屋敷へ出向いた。
そこには同じ様な理由で呼び出された、お相手の令嬢の妹もいた。
友のお相手はエルマ・シェーンベルク伯爵令嬢。
妹の名は……、ルリューシア・シェーンベルクだった。
「私が見合い…ですか。」
急に父から呼び出しを受け、帰宅後に父の書斎へ行く。で、久々に顔を見たらこれだった。
「クラウディオ、お前も妻を娶っても良いだろう。意中の相手がいる様子もないし、王家から直々に話が来てな。どうしても嫌ならマシューに行かせる。」
「……少し時間をいただけませんか?」
クラウディオは『見合い』と聞かされ固まっていたが、衝撃から立ち直り声を絞り出す。その様子にニヤリと笑い父は宣告した。
「そんなに時間はやれないぞ。明日の晩には聞かせてもらう。」
話は終わったとクラウディオに退出を促す。そのまま追いたてられる様に部屋から出され自室へ引っ込む。
ー私が、結婚…か。
そう思った時、頭の片隅にブルーブラックの緩やかな長い髪が揺れた。仕事で見かけた時はキッチリ結わえた姿しか見たことがなかった。しかし、3年前のあの日は横髪を軽く髪止めで留めただけで、後ろ髪は下ろされており、髪型一つでこうも印象が変わるのかと思ったものだ。親しい者に見せる笑顔も、時折くり出す鋭いツッコミも好感が持て、楽しい時間は早く過ぎ去っていった。
それから気になり出して、噂を聞くと『姫様第一』で仕事熱心な様子が見てとれた。姫の使いでアルトゥーロを呼びに職場に姿を現す事も増え、騎士団の他の騎士にも人気が出だした。もっとも、アルトゥーロと義兄のグレンが睨みを効かせて、アプローチする輩はいなかったが。いつしか、私もその心の片隅に置いてはもらえないか…そう想う様になった。しかし『姫様の結婚が決まるまでは、私の結婚など考えられません』と来る話来る話断り続けた彼女。ならばもう少し待とうと時間を置いたらこの体たらく。どうしたものか。今夜はぐっすり眠れそうもない。
そして翌日、件の友、グレン・ファイアスティンを訪ねた。
「ホント色恋に関してディオは情けない。」
笑いながらグレンは一刀両断する。クラウディオはそう言われる事を見越しているので苦笑する。
「我が義妹殿は手強いからなぁ。…とは言えだ。いいかディオ、今まで姫を理由に断り続けたが、姫とアルトゥーロとの結婚も決まった。これからは見合い事態を断る理由が無くなる。そうなると義妹殿も受けざる得ない。だから、捕まえたかったら迷っている暇はないぞ。しかも、お前にまで見合い話が来ている。侯爵は弟に廻すと言ってくれていても、本来はお前指名だから、よろしくないだろうな。」
うーんと思案に耽る。すると、ノックの音が聞こえ、エルマが侍女と伴いお茶を持ってきた。
「少しは休憩をされたらいかが?あまり悩んでいると良案も浮かびません。」
グレンは"ありがとう"とエルマに視線を合わせ、フワリと笑顔を見せる。対するエルマもニッコリと微笑む。ここに来ると当てられて仕方がない。まぁ、友が幸せなのは良い事だが。
「私も伺って良いお話かしら?」
エルマは小首を傾げ確認する。グレンはクラウディオを見る。当のクラウディオはため息をつくと、自分から話し出した。
「気になる方がいるんだが、私宛に見合いの話がきてね。気になる方へのアプローチについて相談に来たんだ。」
エルマはぱぁっと表情が輝きだす。やはり女性はこの手の話は好きなようだ。ついでに言えば気になる方の姉だ。何か有意義な意見も聞きやすいだろう。
「まぁ、まぁ‼ついにクラウディオ様にも春が来たのね‼私も応援致します‼‼」
その様子に苦笑する男性二人。クラウディオの好きな相手がルリューシアであることは伏せて状況を説明する。エルマは聞き終えると考えつつ意見を出す。
「とりあえずは侯爵様に気になる方の存在を伝える事と、お見合いの相手が誰なのか確認された方が良いかと思います。気になる方は今のところ、お付き合いされている様な方もいらっしゃらないようですし、早目に侯爵様を説得して、気になる方へ見合いを申込み致しましょう。気になる方はそう言ったお話が多くある様ですし、鷹揚にしていて、出遅れたらどうしようもないバカですわ。」
…夫婦は似ると言うが遠慮のなさは似なくて良いと思う。しかし、背中を押してもらえて覚悟ができた。
「聞いてくれてありがとう、グレン、エルマ。」
礼を伝え、クラウディオは帰宅の途についた。
「いらっしゃった時はどうしようかと思いましたが…。」
エルマは夫にクスクスと笑いかける。グレンは友をフォローしつつ肩を竦める。
「勘弁してやってくれ。最良物件と散々突撃を受けた我々としては、妙齢の女性を如何に躱すか悩みの種だ。そういう相手から大事な女性を守るのも覚悟が出来ないと無理だよ。」
グレンは言い終えると妻の肩を抱く。
「私の妹はそんなに柔じゃないわ。……始めは妹を心配して、せめて出会いだけでもと、貴方にお願いしたけれど大事にしてもらえそうで良かった。根回しするのに時間がかかったわ。最後は姫様の鶴の一声で決まったけれど。」
夫婦で苦笑する。
「姫のワガママにも困ったものだ。しかし今回ばかりは助かった。アルトゥーロからも探りが入るし、本人達にバレないかヒヤヒヤしたよ。」
後は見合い当日を待つばかり、とニヤニヤが止まらないファイアスティン侯爵次期当主夫妻だった。
そして、時間は過ぎてローレンツ侯爵家当主の書斎。
「クラウディオ、決心は着いたか?」
父の問いに頷く。
「私には気になる方がいます。…しかしながら王家からの直々のお話、受ける受けないをお答えする前に確認したいのですが、お相手はどなたなのです?」
もっともな問いに父は鷹揚に頷く。
「昨夜聞かれるかと思ったがな。…シェーンベルク伯爵家の令嬢、ルリューシア嬢だ。」
聞かされた事実にポカンとしてしまう。ルリューシアが相手だったのか…。昨日確認しなかった自分を責める。悩む必要なかったじゃないか!
父はここで一旦区切るとため息を着き話し出す。
「オリヴィア様が『私が結婚するのだから、ルルも結婚して幸せにならなければいけないの!』とワガママを仰られて、シェーンベルク家当主シャルル殿に了承させ、見合い相手を探していたそうだ。オリヴィア様が白羽の矢を立てたのは、クラウディオ、お前だ。私としてもルリューシア嬢ならば願ってもない縁だ。シェーンベルクが伯爵だとしてもだ。幸いお前は次男、他家も文句は言えまい。」
ニヤリと人の悪い笑顔を浮かべる。
「クラウディオ、気になる方がいると言ったが誰だ?ルリューシア嬢以上に有能でお前を支える事ができる令嬢でなければ認めない。」
「私の表情を見て、誰かなど言わなくても察しているでしょう、人の悪い父上にお伝え致しましょう。私はルリューシア・シェーンベルク嬢を好いております。ですから、この話は私がお受致します。」
キリッと表情を引き締め誰が弟に譲るか!と言外に匂わす。
「見合いで断られないよう、しっかりやるように。…ファイアスティン侯爵次期当主夫妻には礼を伝えよう。わが息子に良い嫁を紹介してくれた。更には妻が姉妹なのだ、今まで以上に有意義な付き合いができるな。」
そう言うと退出するよう促され自室に引っ込む。
…3年前から包囲網がかけられ徐々に狭められた。手のひらで踊らされた感が否めず、なんとも嫌な気分にならなくもない。しかし自分と妹の幸せを願っての事だ。今回ばかりは水に流し、来るべき見合い攻略の為、キリキリと忙しくさせてチャラにしようと思う。