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◇いざなぎの姫◇  作者: 振木岳人
私立青嵐学園、学園生活編
9/113

溝口涼子の失敗





「遅い!」

「遅いですねえ」


「遅い!もう校門が閉まるぞ!」

「閉まりますねえ」


私立青嵐学園正門。


校舎の壁にかかった巨大デジタル時計は「8:41」を表示している。

時間に厳格なこの学園は、8時45分に校門を閉じて、遅刻者を校内に入れる事を一切許さない。


【時間の概念に甘い者は、既に己に負けた負け犬】

【時間を守れない者は社会動物ではない、単なる獣である】


厳しい言葉ではあるが、学園創設以来の指針であり、遅刻者は授業を受ける事が出来なくなるのだ。


今、その学園正門の内側、学園内の敷地側で、閉まる直前の校門と自分の腕時計を凝視しながら、

慌てて校内に入って来る、生徒達の顔を一人一人確認する…そんな一組の男女の姿があった。


「本当に今日から登校して来るのか?」

「登校するって聞いてます」


肩にかかるストレートの黒髪と、左右に別けた前髪、両耳の前に垂れた髪が春風に揺れる女子生徒。

非常に理知的で気品の漂う女性ではあるのだが、今この場所…この時間帯において、

その女子生徒はイライラを隠そうともせずに、「誰か」を待っていた。


しかも、攻撃的な眼差しで正門側を睨み、足を開き、腕を組むセーラー服姿の少女。まさにそれは「仁王立ち」。


その「攻撃的」な女子生徒の隣でちんやりと立つ、詰襟の男子生徒の影の薄さが…更に、余計薄くなっていた。


「和田、あと何分だ?」


女子生徒に和田と呼ばれた影の薄い男子。

自分の腕時計を確認しながら、気が荒立っている女子生徒に報告する。




和田「あと一分で8時45分です」




「むうう…」




和田「会長、今日はもう来ないのでは?」




【会長】と呼ばれた女子生徒、酷く不機嫌な顔付きで「チッ」っと小さく舌打ち。

身体をひるがえし校内に戻ろうとする。




会長「戻るぞ、和田」




和田「会長…?」




会長「このままでは我々が授業に遅れる。

緋後会長ゴリ押しの…【不可侵】生徒が来ると聞いたから、ここまで待ってみたが、

どうやら、時間に緩い俗な人物らしいな」




そう言って歩き始める二人の背後。

ゴゴゴ…と言う鈍い音とともに、校門の巨大なフェンスが閉まり始めた時、

校内に戻ろうとする会長と和田の脇をいきなり、空挺部隊のコートを羽織った、詰襟の男子生徒が走り抜けたのだ。




会長「あっ!」

和田「!」




軽快なステップで閉まる直前の校門をすり抜け、「会長」と「和田」に目もくれず、校内に向かって行く男子生徒。




会長「あっ!あっ!ちょ、ちょっと待てそこの男子生徒!」




男子生徒「?」




振り返る男子生徒。平均よりも高い身長、細めの身体つき。

風になびくゆるやかなくせ毛、少年の様なあどけない瞳の輝きと、

大人の様な鋭く細い精悍な顔付き。


そして何より…何度も修羅場を潜って来たかの様な、見た目ではなく内面的な【強さ】と、

そして暴力的な雰囲気を一切表面に出さない【知的】な空気を醸し出すこの生徒。


効果音的には「ドキッ!」ではなく、「ズキュゥン!!」


その男子生徒が振り向いた瞬間、会長の胸の奥に、

この男子生徒を注視せざるを得ない、新たな理由が「激しい」動悸とともに誕生する。


それはもちろん、それまで全くもって表情の険しかった会長が、

急に身体中が熱くなり、男子生徒に見詰められるだけで、

血液が沸騰しそうな感覚に襲われ、つい…理由も無く顔を赤らめ、

男子生徒の瞳に「吸い込まれてしまう!」と、自覚してしまう程に。


ただ、その振り向いた男子生徒が、「何だ、何か用か?」と、問いかけて来た事で、

会長は自分自身の内面で起こった、「何かしら」の異変を即座に封印。

あらためて本来、自分に与えられた役目と、自分が今ここにいる理由を思い出して、

再び鋭い顔付きを「作り」、苛烈な視線を男子生徒に向けた。




会長「君は、転校生…か?」




「そうだが?」




会長「名前は?」




そう質問された男子生徒は、その質問の仕方が余程気に食わなかったのか、

顔だけ振り向いた状態からあらためて、

身体全体を質問者に振り向け、右の拳を腰を当てて、呆れた顔付きで溜め息を一つつく。


「…常識的な話、人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るもんだが…」




会長「!?」




突然突っ込まれた「正論中の正論」にたじろいだ会長ではあったが、




会長「失礼した、非礼をご容赦頂きたい。」




素直に、気品高く、たじろぐ様を一切隠して非礼を詫びる。




会長「私は当学園の生徒会長兼、風紀委員長の溝口涼子だ。

隣にいるのは風紀委員の副委員長、和田則正。改めて見知りおきを。」




「…3年に編入する、高槻徹平だ」




(生徒会長がわざわざ、何の用だ?)怪訝な面持ちで、生徒会長の溝口に向かって挨拶する徹平。




溝口「とりあえず、まずは一件指摘させてもらう」




溝口の隣に立つ風紀委員副委員長の和田は、相変わらず影が薄く、何も喋らないまま。

ただ、徹平から視線を外す事は無く、和田は徹平を「徹底的」に観察している様にも見える。


溝口の出方を探る為、沈黙する徹平。しかし徹平は徹平で(胸、でっかいな…)と、別の観察をもしていた。




溝口「学園指定のコートを何故着ない?」




徹平「え…?」




溝口「風紀委員として指摘している。詰襟の上に羽織って良いのは、学園指定のコートだけのはず、

生徒手帳の【生徒心得】の3項2条にしっかり記載されているぞ」




様々な学園のルールが記載された、私立青嵐学園の生徒手帳を、確かに受け取っていた徹平。


編入にあたって、会長の緋後松蔵からは、【教科書と筆記用具さえ持って来れば良し、後は君の好きにしたまえ】と、

豪快な笑いと共に後押しされていた。


だが、別にルールを率先して破り、アウトローを気取る積もりも無いし、

ことさら波風を立てて、学園内で目立つ存在になってしまうのも、徹平の本意では無い。


それと、松蔵がいくら「好きにやれ」と言って、背中を押したとしても、

生徒手帳にある学園のルールを呼んでいなかったのは、

間違いなく徹平自身なのだ。




徹平「わかった」




憮然ともせず、敵対的な視線で溝口達を睨む事も無く、徹平はゆっくりと空挺部隊のコートを脱ぎ、

鞄と弁当を持っていない、右腕の脇に抱え込む様にコートを持った。




徹平「コートは脱いだ。今後はこれを、荷物として判断してくれないか?」




溝口「認めよう。ただし、勉学に関係無い私物及び、荷物の持ち込みも学園生活条項で禁止されている。

明日からは持ち込まぬ様に、警告しておく」




徹平「わかった」




(用事は済んだ)とばかりに、徹平は再び校舎側へ振り向き、歩き出そうとする。




溝口「ま、待て!」





慌てて溝口は大きな声で、徹平に制止を求めた。




徹平「まだ何か用があるのか?」




再び振り向き、怪訝な表情で溝口達を見詰める徹平。




溝口「君は…、緋後会長の…ご子息なのか?」




口ごもりながら徹平に問う溝口。


【不可侵の生徒】


生徒会顧問の教師から直接、「彼に関しては一切触れるべからず」と、

溝口以下生徒会執行部は指示を受けている。


それはもちろん、生徒会顧問の「独断命令」ではなく、もっと…もっと上の存在からの命令のはず。


ましてや、私立青嵐学園の生徒として、逸脱した行為・問題行動を起こしても、

生徒会執行部は目を瞑れと言う程の【特別な存在】ならば、学園経営者の縁者ではないかとの憶測が生じても不思議ではない。


溝口の質問はそれを確認する為の質問であり、学園の自治を努めとする生徒会執行部とすれば、

学園生の自治活動に多大な影響を及ぼす、危険な存在であるとの認識の元に、

【いくら経営者の後ろ楯があっても、生徒会執行部は絶対に特別扱いはしない】と言う、

宣戦布告的な内容を伴った質問だったのだ。


しかし、この質問に対して徹平が答えた内容が、溝口達の思考を、完全に停止させる事となる。




徹平「いや、血なんか繋がってないよ」




溝口「へ?」

和田「…」




(じゃあ一体、こいつは何者?)思わず見合わせる溝口と和田。

動揺している溝口と和田を、徹平は微かに笑いながら、




徹平「全く、おかしな質問をする。職員室に呼ばれてるんだ、そろそろ良いかな?」




この場からの解放を溝口に求めて来た。

溝口は溝口で、崩壊した思考回路を急ピッチで復旧させながら




溝口「ちょっと待て。まだ聞きたい事が…」




と、引き止め工作に必死だ。


だが、徹平が




徹平「話は時間がある時ゆっくり聞いてやる。またな」




屈託の無い笑顔でそう言われてしまうと、再び溝口の内面で【異性】としての感情が生じてしまい、

結局は釈然としないまま、小さくなって行く徹平の後ろ姿を見詰めるだけとなってしまった。




溝口「おのれ…高槻徹平。いずれ、化けの皮をはいでやる…」




和田「そんな事より会長…」




溝口「何だ?」




和田「ホームルーム…始まって…ます」




溝口「があぁぁん…」




頭脳明晰、容姿端麗、学園生憧れの生徒会長、

溝口涼子人生最大の失敗であった。







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